星が六つ輝く日

桝克人

星が六つ輝く日

 どこかに消えてしまいたい。毎日そう願っていた。朝がくるのが怖かった。夜の間に闇夜に紛れてここを離れたい。どこへなんてわからないけれど、此処じゃなければどこでもいいからここから消えてしまいたかった。


 朝になれば僕の醜い顔も心も光の元に晒されて、僕を気味悪がったやつらが僕をいじめにくるんだ。パパもママも僕のことをわかってくれない。僕を可愛い可愛いって言うけれど、本当は陰で僕のことを嫌っているんだ。夜中に僕は見ちゃったんだよ。ママが泣いていたんだ。僕がいじめられているのを僕が醜いからだって泣いているんだ。パパはママを宥めていた。『そういう風に生まれたから仕方がないんだよ』って言った。


 僕はいらない子なんだ。だったらここから消えてしまった方がましなんだ。

 でも僕は死にたくないんだ。消えたいけれど死にたくないんだ。だから神様、もし存在するのならばどうか僕の存在を此処から消して?そして僕ここじゃないどこかへ連れて行って。


「それなら毎晩十一時五十九分から十二時一分の間に瞬く星を六つ見つけてごらんなさい」


 学校が終わってから街はずれの教会の影で時間をつぶすのが僕の日課。そこで出会った灰色交じり交じりの白い髭がぼうぼうに生えて、ぼろぼろのいつも同じ服を身に纏った変な匂いがするおじいちゃんが毎日よくわからない話を僕にした。殆どが理解が出来ないから僕は右から左へと受け流していたけれど、今日の話はちょっと興味がある。僕は左耳を閉じて右耳を傾けた。


「それまでは絶対に窓を開けてはいけないよ。必ず十一時五十九分になるまで窓もカーテンも閉めて待ちなさい。そして十二時一分になったら必ず窓とカーテンを閉めて布団の中に入りなさい。それを一週間続ければ君はここじゃないところへ行けるんだ」

「なにそれ。そんなわけないじゃん」


 僕は唇を尖らせて言うとおじいちゃんはほほほと笑った。


「信じたくなければそれでも構わんよ」


 おじいちゃんは立ち上がり、服についた土をはらう。土と一緒に細かい穴だらけの服の裾の一部と埃が一緒に落ちた。僕は思わず咳ばらいをする。


「ではな坊や」


 僕はそんな話信じないぞ。でも暫くおじいちゃんの話が耳に残っていた。そして何度も頭の中で勝手に反芻し僕はその話から逃れられなくなった。


 一日だけでも試しにやってみようと、僕は十時に寝たふりをして時間が来るのを待った。でもそのまま寝てしまい気付けば朝だった。

 次の日の夜今日こそやってやると、僕は布団の中で夕方に倉庫から隠し持って来た懐中電灯をつけて時間が来るのを待った。時々ママが僕がちゃんと寝たか確認するから気をつけなくちゃ。でもママのことが気になりすぎて、気付けば時間を過ぎていた。

 更に次の日、僕は時計とにらめっこして、その間眠気覚ましに体のあちこちをつねった。そして十一時五十八分から窓の傍で待機して、ついにその時間が来ると僕は一気にカーテンと窓を開けて必死に星の数を数えた。六つ位ならすぐに見つかると思ったのに、街の灯りばかりが目立ち四つまでしか見つけられなかった。


 それから毎日試したけれど、眠気に負けることもあったし、曇りの日もあった。漸く六つ見つけられた日が出来ても、次の日には時間が過ぎてしまう時もあった。

 結局僕は一回も達成できなくて、僕はここから離れることは出来なかった。



 僕は中学生になり、高校生になり、大学生になり、身体が大きくなるにつれ、そのことを忘れていた。


 そして大人になって僕はここを離れる日がやってきた。おじいちゃんのおまじないは形を変えて叶ったのである。

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星が六つ輝く日 桝克人 @katsuto_masu

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