追記・貴族街での一幕

 ユークたちがアップデートされたアルターテイルズへとログインするよりも半日以上前。


 赤の貴族の末裔やそれに携わる者ら貴族と呼ばれる者たちが住まう貴族街において、先日発生した自治代表員による汚職事件に関して、他の自治代表員らが集まって話をしていた。


 そこにいる自治代表員は世代もバラバラであり、上はかなりの高齢の老人、下はまだ20代くらいの若い男性であった。


 それぞれが赤の貴族の末裔であり、貴族爵も白金プラチナ爵や黄金ゴールド爵の者ばかりである。


「……うむ、ワシとしてはあのデカルトがあのような些事を起こすとは思えんのだがな」

「ですが、状況証拠があのように出てきてしまっては何ともな……」

「それに聞けば、あの男自身が自ら罪を自白したという話ではないか」


 メリッサの父であるデカルト白金爵が起こしたとされる事件は、都市運営費用の私的流用と機密情報の流出である。


 ただ、彼のことをそれこそ彼が子供の頃から知る自治代表員からは、彼がそんなことをするような人間ではないことを理解していた。


 しかし、状況証拠やそれを証言する者が多く出てきた事から、司法ギルドで裁判が行われる事となった。


 オマケに捕まったデカルト自身がその犯行を認めている為、当初は裁判無しで有罪判決を下されるところを彼ら自治代表員が待ったをかけたという流れになる。


「ワシは十中八九、デカルトの弟のハルトマンの仕業だと思うのだがな」

「あやつめ。保守派の連中をうまい具合に担ぎこんで自らの不祥事を兄に被せおって」

「保守派の中には騎士団に通じているものが多いからな。我々ではどうにも出来んよ」


 赤の貴族も決して一枚岩というわけではなく、その思考の違いから革新派と保守派の2つが存在している。


 革新派については、かつての開拓時代に則って新たな文化を築き上げる為に活動をしていこうという考えを持つものたちのことである。


 逆に保守派については、現在の文化を維持するために余計な活動を抑えて従来通りに都市運営を進めようとするものたちの事である。


 前者に関しては従来では見送られていた都市運営費用の見直しやそれらの財源に関しても手を出そうとした事で保守派からの反発を受けるようになった。ここにいる自治代表員は皆、革新派となる。


 そしてこの事件の主犯ということになっているデカルトはその先導的な立ち位置の人間である。


 なので、この場にいる者たちは全員が保守派による陰謀であると理解していた。おそらくはデカルトらが行おうとしていた費用の見直しや財源に関する調査で暴かれる事が彼らにとってはとても痛い事実なのだろう。


 故に彼らはその事実を悟られないために、革新派という勢力を潰すつもりなのだろう。


「もしもデカルトが正式に有罪となれば、次は私達が共犯として捕まるのでしょうか……」

「せめて我々が参考人として出廷できれば良かったのだがな……しかし、デカルトの娘が無事に帰ってくれて何よりだ。あの子がいなければ裁判そのものが無くなっていたからな」


 今回、自治代表員たちが裁判を行うよう食い下がったものの、その裁判を行うには重要参考人となる彼の娘であるメリッサが期限までに司法ギルドで受付する必要があった。


 もしも彼女が間に合っていなければこの裁判自体が無かったことになってしまうところであった。


「うむ。何でも来訪者のパーティーと、あのアドミスと共に開拓の村から戻ってきたらしい」


 そう一人の代表員が告げると、「あのSランク冒険者か……」と代表員たちがざわめき出す。それだけアドミスの存在は広く知れ渡る存在であったようだ。


「今はアドミスと来訪者の従魔が彼女を守護しているようだな。通り魔に見せかけて彼女に襲いかかった下手人が蔦で宙吊りになっておったわ」

「あれは見ものだったのぉ。しかし、まさかあのドライアドを使役する程の従魔士がおるとはな」


 彼らは来訪者が従魔を彼女に預けているのを間者を通じて知っており、なおかつハルトマンの放った刺客がその従魔の蔦によって宙吊りになった場面に出くわしていた。


 その際にその従魔がアルラウネのレア個体であるドライアドだということを確認していたのだ。


 尤も職員の一人であるエルフ族が気付かなければ、あの場にいた誰もがアルラウネだと思っていただろう。


 彼ら現地人にとってもレア個体は珍しい存在である。討伐するにもそれなりの実力を必要とするそれを屈服させ、従魔とするのは並の実力では不可能だと言われていた。


 故にその来訪者はかなりの実力を持つのだろうと、彼らは推測していた。


 しかし、その際の職員らの反応によりハルトマン側の方にもその従魔の種族が明らかとなってしまった。


「あれを欲しがる者は多いだろうな。向こう側保守派にもこちら側革新派にも、な。いやはや、従魔士が変なイチャモンを言われなければいいが……」

「特に保守派のコインナーはああいった珍しい個体には目がないからな……」


 そう呟くと代表員らは揃って溜息をつく。


 コインナーという男は代表員ではないが、赤の貴族の分家の親戚筋に当たる青銅ブロンズ爵の貴族である。かなり血は薄いものの貴族であることには違いなく、その地位を利用して都市運営に携わる職員の一人であった。


 かなり金遣いが荒く、その私財の殆どを珍しいモンスターのコレクションに費やしており、開拓の村を初めとしたバトルス近郊のギルドでよくその手のモンスターの捕獲依頼を出している事は、貴族の間では有名である。


 その費やしている私財が本当に私財かどうか疑われたこともあったが、のらりくらりと受け流している為、変わらぬ立ち位置にい続けている。


 因みに今回の事件にも深く関わりがあり、都市運営費用の流用を指摘したのは他でもないこの男であった。


「その点はワシらも支えになってやればよかろう。……とにかくワシらにできることは明日の裁判までに改竄の証拠を見つけ出すことだ。デカルトを失うことはこの都市にとっても重大な痛手になる」


 そして老齢の男性の一言により、彼らは散乱された会計資料を確認していき、何かしらの証拠がないかどうかを夜通し探していくことになる。


「……しかし、『バトルスの秘宝』が突如紛失したという話だけで頭が痛かったのに、ここでデカルトの件が出てきたのはちとまずいな……」

「あぁ。お陰で秘宝の捜索は裁判が落ち着くまで打ち切りだからな」


 ふと、自治代表員の一人が呟いた『バトルスの秘宝』――それはこの第二の街『バトルス』において赤の貴族が開拓の為に使うようにと王族より与えられたとされる秘宝の事である。


 禍々しく光るそれには長年の歴史の積み重ねにより、魔性の何かが宿っているという噂が流れていたがあくまで噂は噂であり、その魔性の何たるかは今までのバトルスの歴史の中で現れたことは一度もなかった。


 その秘宝がデカルトの事件が発覚する前に突如として貴族院の宝物殿から無くなっていたのだった。必死に犯人探しが行われたのだが、その当時の記録も失われており、現場も痕跡が全く残っていなかったことから、捜査は難航。


 そこにデカルトの事件が起きたことでそちらの方を優先することになった。財政に関連することはこの都市の市民の生活に直結するとして、コインナー青銅爵を初めとした保守派が迅速に裁くように申し出てきたからである。


「下手すればその事件すらデカルトの仕業にされかねんな」

「させはせんよ。どうせこれもハルトマンらの仕業に決まっている」

「問題はどのようにして盗んだのか、だがな……」


 貴族院の宝物殿に飾られている秘宝は厳重に保護されており、むりやり盗もうとすれば貴族街全体にアラートが鳴り渡り、騎士団が駆けつける仕組みになっている。


 それをどうやって盗んだのかは正直誰にも分からなかった。


「……ふむ、これが悪いことに繋がらなければ良いのだが」


 自治代表員の中でも最も高齢の男性は漆黒の闇に染まった街を見ながら、そう呟いた。

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