空腹度と料理アイテム

「取り敢えずどうにかなったな……。一時はどうなることかと」


 取り敢えず戦闘は一段落したということで、一気に疲労感が襲ってくるような感覚に陥る。


 なんでこんなに疲れたんだろうと思っていたら、ふと視界の上の方で何かしらのアラートが鳴り響いていた。


 見るとそれは『空腹度』の減少を指し示す新しいアラートのようだった。


 そういえば、アップデートで新たに空腹度の概念が追加されるって言われていたな。さっきの項目でも書いてあったがうっかり読み飛ばしてしまっていたらしい。


 この空腹度だが、満腹状態から飢餓状態までをゲージで示しており、満腹状態が100%で飢餓状態が0%となっている。


 その空腹度のゲージは、基本的に1時間で10%減少する仕様となっており、だいたい空腹度が30%を切ると『空腹状態』となる。


 空腹状態はステータスが下がったり、行動が鈍くなったり、やたら疲労感が出たりするらしい。要するに行動がしづらくなる状態となる。戦闘中も継続するので厄介な状態異常だ。


 そして最終的に飢餓状態になると、その時点で死亡扱いとなって噴水前にリスポーンすることとなる。


 ログインした際の空腹度は宿屋やテントなどでログアウトした場合には満腹状態となるが、そうでない普通のログアウトでは50%となるらしく、その為今回は2時間程度で空腹状態となってしまったようだ。


「くぅ……これが空腹状態か! ゲーム内で腹が減るなんて感覚味わうとは思わなかったな……」

「うぅ……私も……。これ、何かしら食べたら治るのよね?」


 当然ながら、レンとリーサも同様の状態に陥ってしまっていた。食事の概念がそれまで無かったからどうすればいいのか迷ってしまっているような状態だった。


「あぁ、取り敢えず回復アイテムとか関係なく、食べられるアイテムには空腹度の回復効果が付いてるらしい」


 例えば、薬草辺りを食べても空腹度は回復する……が正直回復量は微妙となっている。


 それよりも効果があるのは食事のために作られた『料理アイテム』だろう。


 以前までは【調理】などの技能アビリティや『調理士』のジョブなどの能力でバフ効果が付くことはあれど、それ以外はただの嗜好品のようなアイテムだったのだが、アップデート後にはバフ効果に関係なく空腹度を大きく回復するアイテムとなった。


 その代わり、料理アイテムの場合は満腹度が満腹状態だと食べることができないという仕様になってしまった。


 以前までの料理アイテムでは、バフ効果で上げるステータス項目が被らなければ複数の効果を与えることができたため、それらを無制限に付けられないようにするための対策として取り入れられたようだ。


 因みに調理士や料理人などのジョブが作った料理アイテムのほうが空腹度の回復値は高くなっているので、当然ながら付けられるバフ効果は少なくなる。


 因みにそれまで好き放題に料理を食べていたのに急に食べられる量が減ってしまったと嘆くプレイヤーも少なからずいるだろうということで、空腹度を無視して従来通り幾らでも料理アイテムを食べられるモードが実装されているらしいが、その場合はバフ効果は与えられない。


 また、その間も空腹度は減少し続けるし、食べても空腹度は回復しないので、気づけば飢餓状態になってしまっていた……なんてこともあるだろう。


 だから、公式も推奨はしていなさそうだった。


「取り敢えず、こないだ買ってた焼き串を食おう」


 そう言って俺が取り出したのは先日のイベントの際にセドリックとパトリックの二人から貰った焼き串の残りだ。大量に渡されたから、祝賀会のときにみんなに振る舞っても余ってたんだよな。


 二人はちゃんとした調理系のアビリティ持ちなのだろう。なんとこれ一本で空腹度が40%も回復する。まぁ、元から一本で十分だと思っていたくらいのボリュームだから当然なのかもしれない。


 レンとリーサにも分け与えていると、ゼファーとミュア、そしてグレイとノクターンが物欲しそうな目でこっちを見ていた。仕方ないので彼らにも分け与えることにする。コルヌは草食のようなので興味はないようだ。


「……そういえば、ミュアやゼファーたちには空腹度の概念はあるのか?」


 気になってミュアとゼファー、そしてグレイに問いかけてみると、それぞれ違う形で返事がきた。


「空腹度ですか? 私の場合はお腹が空いた感じとかはありますけど、その時はエルフ族の携帯食料を食べたりしていますね」

「おいらは大気から力を蓄えてるし、相棒から力を貰ってるから空腹ってことはないぞ。でも、美味しいご飯は食べたいけどなー」

「グァウ!〔我々従魔は主殿と契約しているので主殿が飢餓状態にならなければ空腹にはなりません。無論、戴ければ嬉しいですが!〕」


 ふむ。どうやらNPCや従魔辺りには空腹度の概念は無さそうだ。まぁ、あった場合は従魔士が破産してしまうしな。


 従魔に関しては契約している従魔士自身の空腹度に連動しているようだ。つまり俺が満腹になれば食べなくても問題はない。


 とはいえ、彼らも生きているので美味しそうに食べていれば欲しがりはする。それに料理を食べさせれば、モンスターのコンディションを整えたりなつき具合を高めたりすることができるというのは以前から報告されていたりする。育成家ブリーダーが使う飼料とかがそのいい例だな。


 だから、余裕があれば食べさせる程度でいいのかもしれない。余裕があれば。


 ミュアが言っていたエルフ族の携帯食料は、NPCのエルフ族がMPを消費することで製作することができるアイテムのようで、前からも製作すること自体はできていたらしい。これ一つで結構空腹度のゲージが満たされるくらいには栄養価が高いらしい。


 以前までは特にアビリティとして表示されていなかったが、今回の空腹度追加のアップデートで【食料製作(エルフ)】として表示されるようになっていた。


 因みにただのアイテムなので、俺もミュアから分けてもらえば食べることはできるらしい。試しに食べてみたが、味の方は『苦い草の味』しかしなかったので、ホントにヤバいとき以外はお世話になりたくない一品ではあった。


 ミュアは「美味しいんですけどねぇ……」ともりもり食べていた。流石はこの世界に住むエルフ族といったところか。


「……しかし、今後はちゃんと空腹度に気をつけないと、いざフィールドエリアに行ったときに飢餓状態になったら元も子もないな」


 そう言うレンは一応、安価な携帯食料を買い込んでおくつもりらしい。まぁ、味とかを考慮しなければ安かったり手に入りやすいもののほうがいいに決まってる。味もエルフ族のそれよりはマシだろうし。


「まぁ、ログイン後に満腹状態まで上げておけば滅多に飢餓状態にならないんでしょうから、私は普通に街で食事する感じかしらね。やっぱり美味しいものは食べたいもの」


 リーサの場合は普通に街で食事を選んだようだ。まぁ金はかかるが一度満腹になればほとんどの場合7時間は保つからな。余程の事がない限りはそれで問題はないだろう。


「まずもってプレイヤーハウスを購入したりしたいところだが……フィールドエリアとかで簡易調理キットを使って調理するのも面白そうだな」


 食材アイテム自体は購入したり栽培するのがメインだが、モンスターの中にはその食材アイテムをドロップアイテムとして落とすものも存在する。


 それらの食材アイテムは通常は落ちないものの、その食材アイテムを要求する依頼を受けている場合は確定でドロップし、通常時は調理系のアビリティや調理キット等を所持している際にドロップする仕様となっている。


 俺の場合はそれらのドロップアイテムを使ってその場で料理を作るという形になる。まぁ、現地調達ってところか。


 尤も、俺はリリーみたいに【調理】のアビリティを持ってないのでバフ付きの料理アイテムは作れないし、アビリティによる補正がないリアル技能による調理なので難易度の高いレシピなどは当然ながら失敗しやすくはなる。


 とはいえ、俺が食う分にはそんなに手の込んだものを作るつもりはないので問題はないだろう。まぁ、手の込んだ料理のほうが一度で回復する空腹度のゲージも多くはなるのだが。


 そしてそこまで考えてから、俺は一つの結論に辿り着く。


「……というか、せっかく仲間に調理系アビリティ持ちのリリーが居るんだから、リリーに食材とお金を渡してから料理アイテム作ってもらうようお願いした方が、バフもかかっていいんじゃないのか?」

「「あ……」」


 そう俺が呟くと、レンとリーサもリリーが【調理】持ちだった事を思い出したようで、一緒に相槌を打っていた。


 そっちの方がリリーもアビリティレベルを上げたりするのに役立つだろう。


 まぁ依頼するにしても、そもそものリリーの都合とかもあるだろうから、二人の言う方法も必要だとは思うけどな。


 その後、そろそろリアルでもお昼になりそうということで俺たちは一旦ログアウトすることとなったのだが、ふとログアウト後に「ここでログアウトするのならさっきの焼き串食べなくても良かったのでは?」という気付きが頭をよぎる。


 まぁ、その後ちゃんと空腹度について調べれば、仕様的に当日中のログアウトでは空腹度はそのまま維持されるようなので、結果としてその時食べようが食べまいがどちらにしろ問題なかった、というオチがついたのであった。

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