緊急運営会議

※この話は裏側の話なので少し説明が多いのですが、最悪読み飛ばしてもそこまで問題はないです。関係のあることは、再度本編中で説明が入ります。

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 ――シグマレイズコーポレーション


 アルターテイルズの管理を委託され、運営している企業ではその日、朝一からワンダー・エクシレルのゲーム担当も訪れてから、緊急の会議が開かれる事となった。


 その要件というのがこの2日間ほどで運営のもとに寄せられた不満や意見などについてである。


 セカンドロットの生産自体が予想以上に早くできたこと、そしてサーバーが想定以上に安定していたことからワンダー・エクシレル社はセカンドロットの発売を前倒しし、8月の中旬に導入することを決定していた。そのため、現在までに上がっている不満点をそれまでに改善しようというのが今回の会議の目的となっている。


 因みにセカンドロット分は全て前払いとなっている為、時期が早くなる分には問題はないだろうという判断である。既にセカンドロット分を購入していたプレイヤーには通知済みで、ネットでも取り上げられているが否定的な声はそこまで見かけることはなかった。


 プレイヤーから挙げられた不満点や意見の中で、まずもって一番多かったのがチュートリアルの仕様についての意見である。


 現在、アルターテイルズのチュートリアルは完全ソロプレイで、一連の流れをレベル10になるまで体感するという仕様になっているが、そのチュートリアルを使用するとジョブの習得が難しくなるという意見が多数寄せられていたのだ。


「ジョブ習得の点に関しては、初心者戦闘訓練を利用すれば条件を満たすことも不可能ではないから、現状のままでもいいのでは?」

「いや、初心者戦闘訓練自体がチュートリアルだと開放されていないという意見があった。確認したところ、チュートリアル後に開放される機能項目の中に含まれていたみたいだ」

「おいおい、チュートリアル対象のレベルの時用の機能がチュートリアル後じゃないとできないとかダメだろ。とはいえ、この項目を弄ると他の機能も変なタイミングで開放されかねないから難しいな……」

「それなら、チュートリアルの終了タイミングを変えたほうがいいんじゃないですか? ギルドでの戦闘訓練で一通りチュートリアルイベントは終わりますし、わざわざ『神々の神殿』までにしなくてもいいかと」

「そうか、それなら初心者戦闘訓練の項目を弄らなくてすむな。タイミング自体なら変更してもそう影響はないだろう。よし、その方向でいこう」

「あとはチュートリアルでもソロプレイじゃなくて同時プレイしたいという声もありましたね。これに関してはβテスト中の同接テストのままで本サービス開始したので、変更自体は可能だと思います」

「よし、それも次のメンテで取り入れるぞ。同時にチュートリアルNPCのオンラインでの追加な。これがないとチュートリアルをやっていないプレイヤーとの辻褄が合わない」

「他には『神々の神殿』の実行を――」




 話し合いは長く続き、結果として次の大型メンテでかなり多くの項目が修正・変更・追加されることとなった。


 まずもって、チュートリアル機能は大幅にテコ入れがされることとなり、チュートリアル中に各種チュートリアルイベントを経験したことで得られる経験値を『経験値獲得アイテム』の獲得に変更し、いつでも経験値を獲得できるようにすることとなった。


 また、チュートリアルをスキップするプレイヤーにも、そのイベントと同量の経験値獲得アイテムが配布されることとなり、チュートリアルでの格差を無くすこととした。既存プレイヤーでチュートリアルをスキップしていた場合は、メンテナンス終了時に配布される。


 また、経験値が獲得できないイベントクエストなどのクリア報酬にも経験値獲得アイテムが追加することとなり、その補填も同時に行われる。


 元々のチュートリアル自体がレベル10到達時の『神々の洗礼』イベントまでであったのが、ギルド登録時の戦闘訓練終了後に変更された。また、NPCのショップや各種施設などの説明が全て移動しながら行われていたが、簡略化されてマップによる説明のみに変更となった。そのため、チュートリアル自体は今までの1/3ほどに短くなった。


 チュートリアル中は使用できなかった初心者戦闘訓練だが、戦闘訓練後に開放されるよう変更となり、これでチュートリアルを行ったプレイヤーでも使用可能となる。


 チュートリアル機能をスキップした場合、ギルド登録や装備をどう集めるのかが分からなくなるため、全プレイヤーを対象にメニュー画面のクエスト・イベントの項目に『次にやること』という項目が増え、まずは『ギルド登録』と『装備の充実』の2つが表示されるようになった。『ギルド登録』はいずれかのギルドに登録、『装備の充実』は武器や防具などを揃えていくとチェックがついていくようになる。それぞれの項目でチェックが全てつくと、この場合はお金が報酬でもらえる。


 同様のアチーブメント機能が新たに導入され、図鑑の中身や各種やるべきことを初めてやった際に報酬額貰えるようになった。中にはやりごたえのあるものもあるので、すべてのプレイヤーのやる気の源にでもなってくれるとありがたい。勿論、メンテ前までに達成済みならメンテ後に報酬がすぐ貰える。


 また、チュートリアル中も通常時と同じようにオンラインモードに接続可能となり、他のプレイヤーと同時に進行可能となる。その為、戦闘訓練時の教官NPCを始めとしたチュートリアル専用のNPCをオンラインモードでも登場させ、辻褄が合うように変更されることとなった。それらのNPCは世界観設定などを説明する役割もある為、既存のプレイヤーに対する説明役も兼ねることとなった。


 ジョブ習得イベントである『神々の神殿』の実行タイミングはレベル10になった瞬間から変更され、その実行タイミングはプレイヤーが任意に選べるようになった。これで、レベル10までに習得条件が達成できなかった場合でも続行して条件を達成できるよう挑戦することが可能になった。ただし『神々の神殿』実行までは、戦闘に勝利しても経験値やアイテムドロップは得られないよう変更となった。


 また、メニューを開いている状態で推奨レベル帯を越えたエリアに移動した際に時々アラートが鳴らない、メニューを開いているとフレンドチャットの通知にたまに気付かないなどの不具合があった為、メニューを開いていてもちゃんとアラートや通知が鳴るよう修正される予定となり、メニューを閉じてもしっかりと危険な場所や接敵を視界全体で示すように変更されることとなった。


 更に、不満がかなり多かった『テイミング』や『装備錬成』などといった、統括チーフの意図で低くされていたスキルの成功率が改善されることとなり、また種族間で習得可能なジョブやアビリティなどの格差が酷いため、それらの条件の緩和が行われることとなった。


 また、分かりづらかった武器種の説明やシステム等をシステムの図鑑メニューに最初から記載するようにし、一部チュートリアルでのみ説明されていた箇所を後から確認できるようにもすることとなった。


 他にも細々した不具合の修正や威力調整などを行うこととなる。なお、特定の杖術アーツを連続で使用した際の異常な高火力は、明らかにバグ数値ではあるのだがシステム上は不具合が見当たらず、原因は物理演算によるものだと考えられ、結果として仕様として認めざるを得ないということとなった。


 この補填で全プレイヤーに特別なジョブチェンジチケットと種族変更チケット、そして幾らかのFGが配布されることとなり、また通常のジョブチェンジチケットの所持制限が1枚から5枚までに変更、その上プレイヤーによる販売アイテムに設定できないように変更された。NPCによる売買は今まで通りだが、一度NPCから購入すると数日間は全てのNPCから購入することができないようになる。


 また、市街地エリアが薄汚いという意見が多少あり、あくまでその世界でのリアルな市街地を表現したいという意見とゲームのファーストインプレッションを大事にしたいという意見が対立することとなったが、最終的には景観は大事だということとなり、多少はキレイにしようという事で纏まった。


 同時に、救援要請のシステムが分かりづらいという意見が多数あがっており、悪意あるプレイヤーによる攻撃を危惧して導入したシステムであったが、現時点でそこまで悪質なプレイヤーが見受けられなかったこと、そして救援要請自体があまり使われていないことから、改善されることが決まった。


 まだどうなるかは不明だが、救援要請がある場合は他のプレイヤーが発生させた戦闘に介入しても経験値やアイテムドロップなどを得られるが、それ以外の場合は獲得経験値は減少し、ドロップも少なくなるという予定だ。


 後は一部の技能アビリティで習得できるアーツの名称などを変更してほしいという要望があり、幾つかは変更されることとなった。中でも【杖術】所持プレイヤーから挙げられた意見には、どう見ても徹夜テンションで決めただろうというものがあり、名称を担当したスタッフは記憶に無いと言って、責任者である統括チーフはそっぽを向いていた。


 これらの変更点は、かなりシステムから変更することとなるため、大規模なメンテとなる。予定通りなら今度行うイベントが終わった後に大型アップデートを行う予定だったので、その際に導入されることとなるだろう。スタッフは更に休みなしになりそうだが、より良いゲームを行う上では仕方ないだろう。




「問題はこれでどれだけプレイヤーが減るか、だな」


 統括チーフである九条時矢は会議の結果を見て、独り言ちる。大きく仕様を変えればそれに合わなくなったプレイヤーは離れていく。とはいえ変更しなければ、これだけの不満があるのだからセカンドロット以降は大きく客が減ってしまうだろう。尤も、そのうちの幾らかは彼の余計な判断が原因だったりするのだが。


 一応、運営委託企業ではあるのだが、正確には開発協力もしており、その際に色々手を入れたのは当時出向していた彼である。


 ワンダー・エクシレル社の理念からゲーム内での課金要素はほとんど存在せず、あるのはキャラクターを作り直すためのアイテムや、一部の外見を変更するためのチケット、そしてゲーム内通貨の購入となる。結果として大半の儲けはソフトの売上次第ということになる。


 とはいえ、プレイヤーは、ゲームの人気があればセカンドロット以降も増え続けるので、運営はプレイヤー目線に沿って調整していく必要がある。


 このゲームがこれから何年も続くとなれば、途中でダウンロードコンテンツないしエキスパンションパッケージなどを導入することになるだろう。マンネリ化を防ぐための施策として、過去にも導入されてきたことがある方法の一つだ。


 また、ダイブコネクト自体のオンラインサービスは本来合計8時間までしか無料で利用できず、それ以上利用するには月額ないし年額のプレミアプランに加入する必要があるのだが、アルターテイルズに限ってはサービス開始記念として、しばらくはそのプレミアプランに加入してなくても合計8時間以上の接続が可能となっている。それがどれだけ続くのかは不明であるが、少なくとも年内には終了することが予めアナウンスされている。


 そのプレミアプランに関しては、今までに発売されたダイブコネクト対応ソフトの一部がクラウド上で無料で遊べたり、ダウンロード版ソフトの割引や、混雑時の優先ログイン権などがあるので、結構加入者自体は多い。それでも、現在アルターテイルズをプレイしているユーザーの中では半数ほどしか加入していないのが現状だ。それはセカンドロット以降だと更に少なくなるだろう。


 無料期間が終われば間違いなくプレイヤーは減るのだが、それ以前にバグやら調整不足な点でプレイヤー人口が減ってしまったら元も子もない。運営としては、とにかくプレミアプランに入ってでも続けたいと思わせるようなゲームを作って、継続していかなくてはならないのだ。


 これらの変更がどう転ぶかは、実際にやってみなければ分からない。 特にチュートリアル関連はセカンドロットが入ってこなければ判断は難しい。


 果たして、この変更が吉と出るのか凶と出るのか……。


「ま、何にせよ面白いゲームを作っていくのが、俺たちの役目だからな……」


 まずは目先のイベントを成功させよう。そう思う時矢なのであった。

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