追記・隠しクエストの裏側
――シグマレイズコーポレーション
ワンダー・エクシレル社が開発した人気VRMMOタイトル『アルターテイルズ・フロンティア・オンライン』の管理を委託され、運営しているのがこのシグマレイズコーポレーションである。
そんな会社だが、ここ2日間の運営管理でてんてこ舞いになっていた。
やれ仕様外の挙動がどうとか、未実装のシステムが何故か働いてるとか、様々な情報がプレイヤーやスタッフから提供されては、その修正に明け暮れている。
中でも一番の想定外が、とあるプレイヤーが引き起こした精霊の存在と精霊王イベントであった。次点がとあるプレイヤーが作成した戦闘人形が異様な高ランクであったことだが、あれはシステム上何一つとして、異常のない正常な動作の結果だったので、スタッフからは何も言えない。素材や本人の運がとても良かったのだろう。
精霊王イベントであるが、あれはそもそもエルフの国に行けるようになってから発生するイベントの予定で、本来はプレイヤーを右往左往させて楽しませてやろうという統括チーフの悪ノリによって、最初の方のエリアに設置されたという経緯があったのだが、結果として想定外に早いタイミングで精霊と契約したプレイヤーが出てきたことで、完全に計画は崩れることとなった。やはり☆5だからって精霊石は初回特典のランダムアイテムボックスに入れるべきじゃなかったんだ、と語るスタッフ。
とはいえ、そこはワンダー・エクシレル社が作り出した超高性能演算システム。即座にプログラムを編集し、イベントそのものを異なるパターンへと変更してみせたのだ。しかし、その過程の結果として本来ならば現時点では太刀打ちできないであろうボスエネミーが出現してしまったので、そのイベントが破綻しないよう監視していたスタッフはハラハラしながらその戦いを見守っていた。
結果的にボスエネミーは倒すことはできなかったが、パーティーメンバーの協力の下、本来の目的である精霊姫の救出で幕を閉じたのだが。
その瞬間、見守っていたスタッフは感涙を流して他のスタッフからドン引きされていたのだが、当の本人は知る由もない。
だが問題はその先で、修正されたと思っていた精霊王イベントの肝心の精霊王降臨演出が何故かそのまま残っており、本来のイベント用の特殊使役キャラが従魔士の元に渡ってしまう。その上、他のプレイヤーも精霊を要求したり、武器を要求したり、アイテムを要求したりとやりたい放題――とはいえ、褒美として要求を要望したのは精霊王というシステムAIなので、スタッフ側からは何も文句は言えないのだが――だった上に、NPCが上位精霊と契約する条件を満たすというイレギュラーが発生する。
幾らこのゲームが現実を越える世界と謳っていても、ここまで想定外が進むと頭が痛いだろう。とはいえ、彼らスタッフは別に箱庭の管理者というわけではないので、こういう細かいところはその世界の管理者たるシステムAIに任せることにして、スタッフたちはプレイヤーたちの不正等に集中することにしたのだった。
それと同じくらいのタイミングで、とあるパーティーにより第二エリアが解放されたが、実はそのタイミングは運営の想定よりは少しだけ遅いものであった。とはいえ想定していたのは夕方程度なので、誤差の範囲であった。
ただ、一つ問題があるとすれば、その攻略したパーティー、いやチームのリーダーが想定外のアビリティを多数、そして想定外のユニークジョブを習得していたということなのだが、アレも結局のところシステム上は正常な動作ということになっているので、こちらからは何も言えないというのが実情である。そもそも、こうなるのが分かってたのだから元からああいうものを存在させるなという話である。
だが、これで予定通り今度の日曜日に第二の街でイベントを開催できると安心するイベント関係の設計スタッフ。
その後、第一エリアのエリアボスのギミックが分かりにくかったことから、エリアボスそのものがシステムAIの判断で弱体化することになったが、これで少しは第二エリアに向かうプレイヤーが増えるだろう。
流石に第二エリアは複数のエリアボスが各地に存在しており、第一エリアの進行も必要になるものも用意している。他にもフィールドそのものが広くなったので移動も一苦労だろう。
そもそも、それらのエリアボスが全て出現するようになるのも、何日か日数が必要となる設定にしているので、少なくとも8月頭までは物理的に進行不可となる。これは、各種運営イベントを開催する都合、プレイヤーによって進行度が離れすぎるのを防ぐためであった。
まぁ、進行可能になるまでこの世界を十分に謳歌して貰えればいいだろう。まだ第一エリアにも誰も見ていない場所があるし、ダンジョンもある。
運営としても絶対に飽きさせないぞと強く決意するのであった。
「……こんにちは、とーちゃんいる?」
サービス開始から3日目の朝。そんな死屍累々なスタッフのモニタールームに一人の少女が現れる。こんな場には相応しくないほどの美少女である。彼女の胸にはワンダー・エクシレル社の社員ライセンスが下がっている。
彼女は悠人のクラスメートである立川朝菜その人であった。制服ではなく、ピンク色のワンピースを来ている為か、夏休み前よりも幼さを感じさせる風貌をしていた。
そんな彼女の来訪に、この部屋の責任者である
尤も、その時にまともに動けそうな状態のスタッフが統括チーフたる彼しかいなかったというのもある。逆に言うと面倒な仕事を他のスタッフに押し付けてるからでもある。
「いらっしゃい、お嬢。今日も社長に代わってゲーム状況の視察かい? いやぁ、精が出るねぇ。あと、俺は君の父ちゃんじゃないよ?」
「…………」
時矢が話しかけるものの、お嬢と呼ばれた少女は何一つ言わぬまま周囲を見ている。いつもと変わらぬ反応に、肩をすくめる時矢。朝菜は、βテストの際にもここに来ては、プレイヤーたちの活躍に目を光らせていた。
だったら自分もやればいいのにと思ったが、「関係者だから、他の人がプレイできるように我慢する」と言ってきたのである。偉いなぁと時矢は思うが、自分は3人の娘の為にβテストの枠と、浮いたファーストロット2本をあの手この手で揃えたので、流石に何も言えなかった。
すると、朝菜はある一人のスタッフが経過書を制作しているとあるプレイヤーの情報を見る。モニターにはそのプレイヤーが機械の触手を避け続けている光景が映っている。
「……あっ、この人」
「ん? あぁ、悠人……いやあそこじゃユークか。精霊と契約したプレイヤーですね」
時矢はうっかりプレイヤーの個人情報を漏らしかける。自身の甥だからとうっかり口が滑ってしまった。とはいえ、確か悠人は朝菜のクラスメートだったはずと時矢は記憶する。
その少女はユークの情報を見ながら、何かを考え込む。そのユークの姿を見て、時矢が楽しそうに遊んてやがるなぁと思ったのは内緒である。
「……ねぇ、とーちゃん」
「はいはい何でしょ、お嬢。あと俺は君の父ちゃんじゃないよ?」
「……やっぱり私もアルターテイルズ、やっていいかな?」
「うーん、そいつは君の親父さんたち……ワンダー・エクシレルの社長夫妻に聞いてくださいな。まぁ、多分二つ返事でオーケーくれるでしょうがね」
至極面倒くさそうに対応する時矢。朝菜は時矢の身も蓋もない返事に頬を膨らませるのであった。
立川朝菜はワンダー・エクシレル社の社長夫妻のご令嬢だったが、そのことはクラスメートたちは知らない。敢えて教えてなかったし、そもそも喋るのが苦手なので喋れていない。仮に知っていたら、彼女のもとにファーストロットを求めるように人が押しかけていたのかもしれない。
ただ、そのことが彼女を孤独にさせる原因になっていたのだが、それ以前に彼女自身が恥ずかしがり屋だったというのもある。いわゆるコミュ障というやつだ。話しかけられても、緊張しすぎて睨みつける形になってしまい、目つきが少し鋭かったのもあってクラスメートには避けられるようになってしまっていた。悲しい。
とはいえ、いつも興味深そうにゲームの光景を見ていた彼女がようやくプレイする気になったのはいいことだと時矢は思う。そのきっかけがまさかの甥だとは思わなかったが。
(ったく、この色男め。うちの娘たちどころか社長令嬢まで誑かしてんじゃねーぞ)
心の中で自らの甥を貶す時矢。その時、ゲーム開始しようとしていた悠人がくしゃみをしたとかしてないとか。
……因みに許可は二つ返事で「オッケー」だったようで、早くてその日の夕方にはプレイできるとのことであった。
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