シロップとスタンガン

フロクロ

第1話

23:00pm


ブロロロロロロ……

一台のセダンがどうにも調子の悪い音を上げながら薄汚い小道を走っていた。運転席には茶髪の少女。小柄な体躯にダボダボのTシャツ、デコ出しのミディアムヘアには逆向きにキャップがかぶさっている。

ブロロ。

セダンがあるアパートの前で停車すると、後部座席にもうひとりの少女が乗り込んできた。運転席の少女は体をひねって話しかける。

「おっ、さすがカヤ。時間ピッタリだな」

「……レレ」

「何」

「…………5分遅刻」

「……誤差だって」

運転席の少女───レレは目付きの悪いタレ目を細めながら肩をすくめる。

カヤ、と呼ばれた少女は細身の身体にワイシャツと黒スラックス、胸元では細い黒ネクタイを締め、日本人形のような長い黒髪をたたえていた。

カヤは後部座席に落ち着くとおもむろに魔法瓶とティーポットを取り出し、背筋を伸ばして器用に紅茶を淹れ始めた。

「じゃあミオ迎えに行くか」

ブロロロロロロ……

再び調子の悪い音を上げてセダンが発進した。

くっちゃくっちゃとガムを噛みながらレレが言う。

「なんか音楽かけるけどいいか?」

「……うん」

か細い声でカヤが返事する。

レレは座席の下から手探りでCDを取り出し、カーオーディオで流し始めた。

「……レッド・ツェッペリン、きらい。うるさい。ユーミン、流して」

「オレの車に邦楽はねーんだよ。……じゃあこれなら?」

「ディープ・パープル、きらい」

「じゃあこれは?」

「ガンズ・アンド・ローゼズ、もっときらい」

「なんで嫌いな割にそんな詳しーんだよオマエ!」

カヤは背筋を伸ばしてソーサー片手に澄ました表情で紅茶を啜っている。

「はぁーっ」

そうため息を付いてレレは辟易とした表情でビートルズの「アビイ・ロード」を流した。カヤは何も言ってこない。

レレはポケットをまさぐり、タバコを一本取り出した。

「タバコ、健康に悪い。やめて」

「オカンかよ」

すかさずツッコむ。

「カヤだって車ン中で紅茶飲んでんだからオレだってタバコくらい良いだろ」

「仕事前、紅茶飲まないと、落ち着かない」

「じゃあオレもそれってことで」

そう言ってレレはハンドル片手にタバコを咥えライターを取り出した。

「この前タバコ屋行ったら変なタバコ入荷しててさあ、なんかスリランカ産の。面白いから買って喫煙所で一本吸ってみたわけ。そしたらクソ不味ィのなんの! そんで喫煙所にいたおっさんに残りまるまるあげたら代わりにもらったのがコレ。コレなんだと思う? 北朝鮮のタバコだぜ!? 北朝鮮! このパッケージセンスやばくね?」

真っ赤なパッケージをヒラヒラと後部座席に見せびらかしながら、レレはタバコに火を点けた。

「……ってコレもクッッソまじ~~~~じゃねえか!! 雑草で作ってんのかよ! げぇーーーっ、あんのクソジジイ他人にクソ不味ィタバコを押し付けやがって!」

「………………」

「ってほら、そろそろミオのバイト先のあたりつくぞー」

ブロロロ。

駅からほど近い雑居ビルの前に車を停めると、そこにまたひとりの少女が立っていた。

「うい。ミオ、行くぞ」

ミオと呼ばれたその色白な少女は肩までの黒髪に緑色のメッシュが入っていた。そして……

「てか何だその服装!」

「これ?コンカフェの制服」

全身をミニスカートのメイド服に包んでいた。

「いつもそんな服着てバイトしてんのオマエ」

「今日はちょっと着替える時間なくて、まあいっかな~ってことで」

「よくねーだろ、動きづらいし、目立つぞ」

「まあ、ホントのところを言うと、たまにはメイド服で仕事……ってちょっと興奮するでしょ、ブラックラグーンみたいで」

「わかんねー」

ミオが助手席に乗り込むと、車は再び夜の街を走り出した。

「てかオマエのバイト先ってメイド喫茶だったのかよ」

「知らなかった? 言ったじゃん」

「なんかカフェとか言ってたから普通の喫茶店かと」

「コンカフェね」

「ふーん」

レレはマルボロに火を点け口直しをしている。

「儲かんの?」

「バイト自体の時給は普通かな。でも”裏技”もあるから」

「裏技?」

「そう。金持ってそうなオタクとはこっそりライン交換して、あ、ライン教えるの規則では禁止なんだけど、それでそのオタク全員に同じブランドの同じバッグをおねだりするの。すると」

「あーあーあーわかったもうそれ以上言うな」

レレは目を八みたいにして左手をフラフラ振った。

「そんな事ばっかやって、いずれバレたら殺されるぞ」

「会社に?」

「男にだよ」

「あー」

ミオは頬に人差し指を当て、斜め上を見て芝居っぽく悩んだ。

「それでいうとこの前、ウザくなってライン無視してた男がバイト先にナイフ持って押しかけてきて、あれはマジでやばかったな~」

「言わんこっちゃねーじゃんか。で、どうしたの」

「両手の指2本ずつ折って、今は入院中」

ミオはニッコリと嬉しそうに笑った。

「可愛そうなオタクくん……君は被害者だよ……この狂ったアバズレ悪女の……」

ふぃー、とレレは大きく煙を吐いた。

ブロロロロロロ……。

車は街の中心部を抜け、外れに向かって進んでいく。明かりも徐々に少なくなってきた。

「レレたそー私もタバコちょーだい」

「ん」

レレはそう言って例の北朝鮮タバコを一本渡した。

すかさず冷たい声でカヤが挟む。

「タバコ、健康に悪い。やめて」

「オカ……ってそれさっきも聞いたわ」

「カヤには悪いけど私、長生きする予定ないから吸っちゃーう」

そう言ってミオはレレの左手のライターから火をもらいタバコに点けた。

「ん……ん?」

怪訝な顔をするミオを横目で眺め、レレはニヤつく。

「このタバコ、変な味だけどなかなかイケるね」

「オマエまじ!?」

レレはドヒェーッと、思わず両手をハンドルから離しリアクションする。

「いやぁコレ実はこの前タバコ屋に行ったときにさあ」

「ちょっと」

先程まで人形のように背筋を伸ばしていたカヤが背中を丸めて訴える。

「タバコの匂い、酔う。もう、かなり吐きそう」

「げーっ、だったら最初からそう言えっつの!」

ヴィー

レレは手元のスイッチで4つすべての窓を全開にした。

「吐くなら外に吐け。どうせゴミ溜めみてーな街だ。ゲロのひとつでも落ちてねえと釣り合いが取れねえ」

そう言って開いた窓からペッとツバを吐いた。

ブロロロロロロ……

駅前と比べ遥かに明かりも少なくなった路地を進んでいく。

「さて、着いたぞ」

人気の少ない郊外の路肩に車は止まった。静かに住宅が立ち並び、聞こえるのは街灯のジリジリとした音と虫の寝息だけ。

「ふぃー……」

レレは大きく息をつくと、運転席から体をねじって二人に言った。

「じゃあ、いつものじゃんけんするか」

レレが手狭な車の中で肩をグリグリ回しながら掛け声をあげる。

「じゃーんけーん」

ぽん。

カヤがパー、レレとミオはグー。

「かーっまた侵入と片付け担当かよ〜今日はレンチで頭ブッ潰そうと思ってたのによ〜」

「それ、証拠が残る、だめ」

「へいへいどうせ今日は雑用ですよ。いつもみたいにお注射でお上品にお殺してくだせえお姉さま」

レレはハンドルに顔をついてうなだれた。プッと短くクラクションが鳴る。

「は~あ、最近全然殺せてねえなあ」

「レレ、いっつも殺しやりたがるよねー」

「人間の割れ目から血が吹き出てくるの見ると、なんつーか、人生の"真実"を感じるんだよね……」

レレはうなだれたまま人差し指をフリフリ動かし力説する。

「えー、よくわかんなーい。ワタシは彼ピとらぶしてるときのほうが真実!ってカンジするけどなー」

「平均3週間の"真実"があってたまっかよ!」

がーっ、と両手でリアクションをとってからレレが続ける。

「じゃあじゃあ聞くが、なんでミオはこの仕事してんだよ」

「ん~」

ミオは頬に人差し指を当てながら答えた。

「復讐、かな」

「復讐? 嫌いなやつを殺すため?」

「ううん。私を育てた親に対する復讐。100人殺したら、親に報告する、って決めてるの!」

「ふーん。よくわかんねー」

レレは怪訝そうに片目を細め、そのまま後ろを見遣る。

「カヤはどうなんだよ」

紅茶セットをかばんにしまい、同じかばんから取り出した注射器の手入れをしながら、カヤが答えた。

「…………人より得意なことを仕事にしなさい、って、お父さんに言われたから」

レレは、あが、目と口を大きく見開いた。

「なあミオ聞いた?こいつヤバくないか!?」

「別に。ひとそれぞれでしょ」

「はーーーっどいつもこいつもイカれやがって」

「レレたそには言われたくないけどな~」


ピピ


レレの携帯が短く鳴った。


「お、0時だ。じゃあはじめっぞ」


00:00am

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シロップとスタンガン フロクロ @frog96

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