第93話 エピローグ ラッガナイト城塞防衛戦16 ~信じる者は救われる~
「あれくらいで私のことを倒せると思ったら大間違いだゾ! それに私は力持ちなんだ!」
チカトリーチェはそう叫ぶと更に杖を振り回す。
彼女が宣言した通り、その小さな見た目からは信じられない程の膂力(りょりょく)で振るわれたそれは、周囲で驚きの表情を浮かべていた兵士たち数人をなぎ払った。
「げっ」「ぐえ」「ブッ」
首をおかしな方向に曲げられた男たちが地面に沈む。
「くそっ、化物が! お前ら集団でかかれ!!」
「おうッ!!」
だが、依然としてロウビル公爵軍の数は多い。ただ数名が殺されたくらいで、2000を超える彼らの侵攻を止めることはもちろん出来ない。
「死ねええええ、この悪魔めがあああ!!」
チカトリーチェに向かって一斉に兵士たちが躍(おど)りかかると、やはり彼女は蛮勇としか言えない行動を取る。
すなわち、10数人余りの敵集団に真っ直ぐ杖一本で突っ込んだのだ。
グシャリっ!! と少女の肩、少女の首、少女の手足から血しぶきが舞う。
指の数本は切り飛ばされ、片足は切断され、首は皮一枚で辛うじて繋がっている。
完全なる満身創痍。いや、既に息はないだろう。
だが・・・。
兵士たちは目を剥いた。
そして信じられないものを見ているかの様に、後ずさり始めたのである。
なぜならば、確かに致命傷を負わせたはずの少女がニヤリと笑ったからだ。
そして、「コヒュ・・・コヒュ・・・」と口を動かしている。
彼女は何かをつぶやいていた。
だが、首がちぎれる寸前のために息が出来ず、言葉を発することができないのだ。
しかし、兵士の一人は唇の動きから彼女が何と言っているのかを理解する。
「な、何を・・・。コ、コイツっ・・・!?」
「お、おい。奴はどうして死なないッ。それに何て言ってやがるんだ!!」
肩を揺さぶられた男は呆然としながらも少女の唇の動きを正確に読み取った。
「・・・私たちは王の加護を受けている。私たちはあの戦いを再び繰り返すために生まれてきた。イッシ様の加護ある限り倒れることはない、と」
「王・・・王だと?」
「それにあの戦い? なんのことだ?」
非現実的な光景に兵士たちはざわめく。
そしてそのざわめきはゆっくりと男たちに伝播していった。
「王・・・イッシとかいう裏切り者。帝国は関係ないのか?」
「ホムンクルスの悪魔どもを率いる男・・・」
「悪魔の王。それは・・・?」
「・・・魔王?」
だが、男たちが僅かな間、戦慄している内に、更に信じられないことが起こる。
致命傷を負っていたはずの少女が、シュウシュウと煙を上げながら、傷ついた体の各所を復元し始めたのだ。
それは一瞬で完了する。
すると少女は時を置くことなく再び兵士たちに突っ込んで行った。
猪武者も真っ青の猪突猛進ぶりだ。
「くそっ、ひるむな!! 応戦しろ!!」
「お、おう!!」
少女一人に十の剣が突き出される。それはいずれも少女の身体を貫く。
心臓に腹、首といった、ほとんどの急所をだ。
だが、彼女はやはり止まることなく、無事だった左手で杖を振るい、周囲にいた兵士たちを打ち倒す。
そして、体に刺さった剣に構うことなく、臓物を撒き散らしながらも敵の中を一人邁進するのであった。
体は傷つくのと同時に修復を始めており、すでに元の姿を取り戻しつつある。
「さあ、次に死にたい奴は前に出るがいいゾ!」
周囲の兵士たちは余りのことに後ずさる。
だが、そうした狼狽する男たちをよそに、チカトリーチェはこっそりと呟くのであった。
「これはちょっと痛すぎだゾぉ・・・」
涙目であった。
そうタネを明かせば何でもない。
チカトリーチェのギフトは回復部隊でも非常にオーソドックスな傷の治癒であった。
彼女はただただ自分に治癒魔法を掛け続けながら、前進していただけだったのである。
つまり、ただのゴリ押しだ。
それに、確かに首の皮一枚つながっていれば回復させるほどの強力なギフトだが、けっして万能ではない。
首が刎ね飛ばされれば、さすがに死ぬ。先ほどは運が良かっただけであった。
更に負傷した部分は普通に痛い。
狂信者の彼女でなければとても耐えられるものではなかったろう。
まさに狂信の面目躍如たるところであった。
きっと後で報告を受けるイッシは頭を抱えるだろうが・・・。
だが、そのことを知らない兵士からすれば、目の前の少女はまさに不死の化物なので・・・。
「まさか、アンデッドなのか?」
「だとすれば神官たちを呼んでこなければならん。今は?」
「後方で待機しております」
「火球魔法を使える者たちは?」
「先ほど交代して待機組に入っていたはずです」
「伝令を出して呼び戻せ! 止むを得んが我々は一時的に防御陣形を敷く。こちらから攻撃するのは中止だ。一旦引け!!」
そう判断するのもやむを得なかった。
と、そこへ背の高いベネノがチカトリーチェに並ぶように前に出る。
なぜか顔色が悪い。
もともと真っ白な肌が、更に青みがかっているのだ。
そして、次の行動に周囲の者たち全員が驚かされた。
何とその場でばたりと顔面から倒れこんだからである。
隣にいた味方であるはずのチカトリーチェすらも「ええっ!?」と驚く。
だが、倒れた少女はすぐに何事もなかったように立ち上がった。
顔色も先ほどより幾分持ち直している。
「いったい何なんだ?」
そう周りの者が頭の上に疑問符を掲げた次の瞬間、やはり驚きの声が再び辺りに広がった。
無理もない。
先程まで暴れまわっていたチカトリーチェがいきなり吐血し、ガクリ、と片膝をついたのだから。
……こんな風に僕たちの戦いは果てしなく続いた。
でも、ホムンクルスたちの少女たちの圧倒的な才覚の前に、敵たちは最後には一方的に蹂躙されるようになっていったのだった。
そのことを詳しく話すには、紙片が足りないな。
僕はそう思いながら、あの頃の記録を記す筆をそっと置いたのだった。
「さて彼女らと遊んでくるか」
僕を待っている可愛らしい少女たちのもとに、僕は椅子から立ち上がると向かうのだった。
1000人のホムンクルスの少女たちに囲まれて異世界建国 初枝れんげ@3/7『追放嬉しい』6巻発売 @hatsueda
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