第30話 選択
やってみよう。偽物だろうが、時刻をセットしただけになろうが、それをしてみたところで何がどうなるわけでもないだろう。が、万が一にも本物だったとしたら……いやまさか、きっと何も起こらないだろう。と、また堂々巡りだ。考えていても仕方ない。
過去日時 2014年 2月1日 7時
未来日時 2017年 9月17日 22時
過去日時は7時頃でいいだろうか。まだ家にいる時間だ。私が事故に遭ったのは……そういえばハッキリした時間を聞いてなかった。いつも美知留が家に寄ってくれて、20分頃に家を出る。学校までは歩いてだいたい20~25分だ。事故に遭った交差点は、ちょうど中間地点辺りになる。だから事故に遭ったのは、7時半頃か。
朝の7時でいいだろうか。となると20分は家での時間を過ごさなければならない。あの日はどんな朝だったか……記憶にあるのは、玄関で美知留を待ちながら鏡を見て、髪型の最終チェックをしていたところだ。なら、その頃にセットしたほうが間違いがなくていいかもしれない。
そう考えながら、悠里は「何の間違いがなくていいんだ?」と、自分にツッコミを入れた。そう、何の間違いがなくていいんだろう。何時にセットして、そこで何をどうしたらいいんだろう。事故に遭わないために……なんなら朝、家を出る時間を早めるとか?逆に遅めにするとか……でもそれは美知留の来る時間次第になる。美知留はほとんど毎日同じ頃に来る。だから早めるのは、多分無理だ。
どうしよう……って、本当にやり直せるかどうかわからないんだし、それに、もしこれが本物だったら、三回やり直せるのだから、そんなに深く考えなくていいか。いつものように家を出て、あの交差点を渡る時、一瞬足を出すのを遅くするとか、なんなら「忘れ物したかも!」なんて感じで、手提げを覗いてみるのもいいかもしれない。ほんの数秒、渡るのを遅くするだけでいいんだから。
過去日時 2014年 2月1日 7時15分
未来日時 2017年 9月17日 22時
家を出る5分前でいいか。あまり前からだと、やり直している自分が何かおかしな行動をしかねないし、何か間違いがあったらいけないし。って、だから間違いって何?悠里は自分の頭にまたそれが思い浮かんで、可笑しくなった。
時刻をセットし、両端にあるボタンをえいっと押した。
と、何も起きない。ただボタンの押された時計がここにあり、見渡す部屋は今までと同じ何事もない状態だ。やっぱなんにも起きないじゃん。やっぱりこれ偽物だぁ……ふぁ~あ、眠いや。
悠里はそのままベットへ倒れ込んだ。
「悠里、悠里……」
「えっ?」
「え?じゃないわよ。どうしたのぼんやりして……ほら、食べちゃわないと美知留ちゃん来ちゃうわ」
「えっ?」
「おかーさん、水筒水筒。早く早く」
「悠乃のも~~~」
美悠がランドセルを背負って、母の美里から水筒を悠乃の分と二つ受け取っている。いつもの朝の光景だ。
……えっ?美悠、なんだか背が小さい……なんで?ランドセル?なんで?なんで美悠はランドセルなんか背負ってるの?中学生なのに。悠乃も、なんでこんなに小さいの?……
悠里の心臓は早鐘のように鳴り始めた。まさか、本当に戻ってる?そこで初めて自分がセーラー服を着ていることに気付いた。セーラー服だ。中学の制服だ。しかも、痩せている。やったぁ。
「悠里。もう時間よ、何やってるの……美知留ちゃん、来ちゃうってば」
「うん」
慌てた。時計を見るともう20分目前だ。何で5分前にセットしちゃったんだろう。もう少し余裕をもって戻ってくればよかった。次はやっぱり7時にしよう。頭の中で考えつつ、急いで歯ブラシを咥えながらトイレに向かった。一度にやらないと間に合いそうにない。
……ん?間に合いそうにない?ちょうどいいじゃん。遅れれば事故に遭わないんだから。あ、でも美知留を待たせちゃう。とにかく急ごう。
悠里は急いでトイレを済ませ洗面も済ませて玄関に向かった。毎朝、学校に行く状態で玄関にリュックと手提げを置いておいてよかった。自分の支度ができさえすれば、すぐにでも家を出られる。
玄関では美悠が出るのと同時くらいで美知留が来ていて、開いたままの玄関のところにその姿が見えた。
「ごめーん」
「ううん、来たばかりだよ~」
悠里は急いでリュックを背負い手提げを持ち、「いってきまーす」と家を出た。
いつものように、家を出てまず道路を向こう側へと渡った。悠里の家は学校に向かって左側にあるため、右側通行のために渡ったのだ。悠里の家の前辺りは交通量がそれほど多くないため、いつも注意しながら渡っていた。バカな話だが、事故に遭った交差点ではその右側から左側に渡っていたのだ。信号があるため、安心して渡っていたのだ。
美知留の話にも上の空状態で、空返事をしながら、もうすぐだ、もうすぐだとその交差点に近づいていった。美悠の家の裏に流れる清田川にかかる橋を渡るために、その交差点を渡るのだ。
冬の朝、東から登る太陽は、西から走ってくる車からは、その視線の先でとても眩しい太陽だった。悠里を撥ねた運転手も、そう言っていた。眩しくてその先の信号と見誤ったと。
そしてその瞬間は来た。
悠里と美知留は交差点で青になった信号を確認し、渡ろうとした瞬間、悠里は「あっ、ちょっと待って……忘れたかも」と、手提げを覗いた。
キィィィィィ―――――ッ
もう一人いたのだ。信号を渡ろうとしたとき、美知留の向こう側にもう一人いた。一つ年下の近所の男の子が渡ろうとして、それに一瞬遅れて気づいた運転手はブレーキを踏みながらハンドルを切った。
その音に顔を上げた瞬間、目の前に車が迫ってきた。そこで身体に受けた衝撃が、悠里がこの世で感じた最後の瞬間だった。
未来日時 2017年 9月17日 22時
あの日の朝、悠里が部屋を出たまま時間が止まったその場所に、戻り時計だけが戻っていた。
悠里編~了~
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