第15話 やり直し

 真生と手を繋いだ明絵は、曲がり角でいきなり飛び出てきた白い布を被った、いかにもなお化けに驚き、当初の予定通りに真生の背に回り隠れるようにその背に両手を当てた。それは当初の予定通りではあったが、本当にただ驚いて出た行動だった。


「大丈夫?」


「うん、ビックリしただけ」

 

 そんな会話の途中で、真生の手はまた明絵に繋がれた。真生はずっとそうして明絵の手を握っていてくれた。

 

 そのあとも、いきなり何かが飛んできたり、棒に紐で繋がれたオモチャの頭部が現れたりと、子供騙しなアイテムは暗闇で見るとそれなりに怖く、「きゃっ」とつい出る声は抑えようがなく、ただ、怖いからとか、怖がる女子を演じるためとか、そういうこととは別な感情が明絵の胸には押し寄せていて、自然と涙が出てきていた。


 それは、繋がれた手の温もりだとか、明絵を思いやっての真生のその姿が、真生を想う気持ちをどんどんと膨らませた明絵から自然と出たものだった。


 ゴール近くで周囲に薄明かりが感じられるところにくると、どちらともなく二人は手を離した。が、その瞬間や明絵が涙をぬぐうところ、その明絵に気を使う仕草の真生に気付いた潤が、「竹原、大丈夫か?」と声をかけると同時に、後ろから来ていた六班の祐也と莉子が「二人デキてんじゃない?ずっと手つないでたし、なんかイチャイチャしてたし。ねぇ~?」と追い越しざまに言った。


「何言ってんだよ。こういうの苦手な子だっているだろ。転びそうになったし、エスコートしてたんだよ、エスコート」


「ふ~ん」と意味ありげな視線を送ったのは里沙だ。その瞬間、明絵が捉えた里沙の視線からは、つい先ほどまでとは違う何かを明絵は感じ取った。


「泣くほど……」「ああいうの、あざと……」「ヤな感じ……」


 莉子たちのあとにゴールした智花や萌奈が他のクラスメイトの輪に加わり、ヒソヒソと何か言っていることに気付いた。それは明らかに自分のことだと、その視線や態度で気付いた明絵は、それに気づかぬ振りをしながら同じ五班の優美と里沙に近寄り、一緒にテントへと向かった。


 土日を挟んで登校すると、教室の雰囲気が何か違う空気を纏っているように明絵には感じられた。そして違う何かを纏ったのは教室だけでなく、キャンプ前にはいつも一緒にいるようになっていた優美と里沙もだった。ひと言で言うと、なんだかよそよそしいのだ。


 その日の移動教室、そして昼休み、いつの間にか優美と里沙の姿はなく、周りを見渡すと、そこに明絵は一人ぼっちだった。


 この状況は気のせいなんかではあるはずない。何がいけなかったのだろう。何を間違えたんだろう。真生とイチャイチャしているように見えたのがいけなかったのか……


 当の真生は今までと何も変わらず、相変わらずみんなとワイワイガヤガヤ楽しそうだ。昼休みには給食を食べ終えるが早いかいつもの男子メンバーで外へと出て行っていた。


 翌日、空気の違う教室から解き放たれた学校の帰り道、住宅街を抜け清瀬川に出る坂道から堤防に出ると、そこで葵と由貴が待ち伏せていた。


「あんたさ、杉尾君と付き合ってんの?」と葵だ。


「ううん、付き合ってないけど……」


「肝試しの時、ずっと手を繋いでたんでしょ。で、泣いて杉尾君に抱き着いたんだってね。それがすっごくわざとらしかったってお化け役が言ってたんだよね。あれ、そんなに怖かったっけ?逆に笑えるようなものばかりだったけどね」


 ハッとした。そうだ、葵も由貴も五組だった。あの場にいたんだ……


「抱き着いてなんかないけど……それに泣いたっていうか、驚いただけだし」


「嘘言わないでよ。メソメソして杉尾君や他の男子に媚び売ってたじゃない。あたしか弱い女子なのよって感じでさ」


 媚び売って?……そんなふうに見えてたんだ……あの時、真生君が気を使っててくれて、おまけに潤君も声をかけに来てくれて……あれ、クラスのみんなにも、そう見えてたってこと?


 そんなつもりじゃなかった。確かに、真生君には可愛い子だと思ってもらいたかった。ちょっとでも気を引きたかった。それだけのことだったのに……


 どうしよう。三年になってすぐ修学旅行があるため、二年から三年へ上がる時、クラス替えはしないのだ。このままこのクラスで卒業まで行かなければならないのに、自分はずっと仲のいい友達ができないかもしれない。修学旅行の班もキャンプのような決め方だとしたら、誰からも声がかからないかもしれない。中学二年の五月から見た卒業までの月日は、明絵にとって気の遠くなるような長い時間に感じられ、憂鬱な気持ちになっていた。 

 

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