第2話 聞く

 仕事を終えた圭介から、『帰るよ』のラインが来たのは30分ほど前だった。玄関の鍵を開けてやると、「おかえり」「ただいま」の言葉をキャッチボールし終えるが早いか、紗月を抱きしめる。いつものルーティンだ。


 その瞬間、一瞬だが身体が拒否反応を起こしたことに紗月は気づいた。なんだか気持ちが悪い。全然知らない人に抱きしめられたような気がしていた。


 圭介が入浴している間に夕食の仕上げをしながら、冷えたビールを用意して待っていた。いつも通りの圭介の楽し気なお喋りを聞きながらの夕食を終え、それらを片付けたあとに自分もお風呂に入った。そこまでしながら自分の心を落ち着けようとしていた。


 そうして、圭介の使わなくなったスマホを持ち、スポーツニュースに聞き入っている圭介に声をかけた。


「ゲームでもしてみようかと思って、これ……つけちゃった」


 画面に写し出された裸体を見た圭介は、顔色一つ変えずにいるようでいて、一瞬揺れたその眼はその心の動揺を見せていた。


「ああ、それ、もらったんだ……」


「この人、圭介の大学の友達だよね?こっちの人はミスコンテストにも出てるけど、両方とももらったの?誰に?」


「そうだよ、あのさ、森山って覚えてるだろ?あいつ、あちこちの子に手を出してて、それで……」


「圭介、スマホ貸して。その森山さんの番号、出してよ」


「なんで?……」


「いや、だからその森山さんと話をしたいと思って。何かマズいわけ?」


「マズくはないけど、もう昔のことだし森山だって忘れてるだろうし」


「じゃあ忘れたかどうかも聞いてみていい?それと、この焼きそばの人は一緒にやってるくらいだから同じ学部か同じゼミの人なんじゃない?誰なのか森山さんに聞いてもいい?森山さんも同じ学部だよね」


「ごめん」


「そのごめんは、どのごめん?」


「森山が気になってた子なんだ。それで、なんとか仲を取り持とうと思って誘ったりしてて、それで仲良くなってくると、どういう子はわかるでしょ?それで森山はちょっと違うなってなって、それでも普通に友達付き合いはしてて、それで何人かで飲んだあとで……なんか、流れで……」


「付き合うようになった?」


「いや、俺には紗月がいるし、彼女持ちだっていうのは公言してて、だからこの子もそれは知ってて、それにこの子は男出入りが激しいっていうか、そういうところがあって、だから森山もこの子は違うなってなったんだけど、だから流れでっていうのも、むしろこの子の方からもっと飲まない?って感じで……」


「それで……したってわけね?」


「興味本位でっていう感じだったんだ。俺、紗月を愛してるし、紗月だけが欲しくて、他の女はどうでもよくて、でも、そういう場面になって、他の女って、どういう感じかなって思っちゃって……遊んでる子だって聞いてたし……」


「で?これの説明は?」


「すごく酔ってて、それで、魔が差したっていうか、こんなこと二度とないと思ったっていうか……」


「二度とないって、写ってるの二人だけど」


「うん。……そのミスコンの子はこっちの子と友達で、それで何人かでまた飲もうってなって、それでまた酔いに任せてって感じで……この子が耳打ちしてきたんだ。このミスコンの子もできる子だからって感じで……なんか、たぶんだけど、ミスコンの子は票が欲しかったみたいで、あとでわかったんだけど、森山もやってた。あと、澤山ってやつも……なんか最初から仕組まれてたみたいだったって、森山が言ってた」


「は?嘘でしょ……信じられない……」


「で?ついでにミスコンの子も同じように撮っちゃったってわけね」


「ミスコン出るくらいだからまあまあ可愛い顔してるし、残しておくのもいいかと思って……もしかしたら有名になるかもしれないとか、思っちゃった」


「有名になったらどうするつもりだったのよ」


「いや、どうもしないよ。ただ、なんていうか、優越感とか……味わえるかなって」


「バカじゃないの。ねえ、一つ聞くけど、まさか私のこともこんなふうに撮ったことがあるの?」


「いや、ない。紗月は撮らないよ、絶対に撮らない。こんなふうに間違って誰かの目に触れたら嫌だし、絶対にそれはしない。紗月は大事だから、紗月は俺のものだから、それは絶対にしない。……紗月、ごめん。俺は紗月のことを愛してる。一番大事なんだ。絶対に失うのは嫌なんだ。二度とこんなことはしないし、してない」


 離婚。そんなことはすぐに考えもしなかった。十年近く付き合って、圭介がどんな人なのか知るには十分すぎる年月で、それまでもそれからも、圭介からの愛情は深く感じていた。結婚して二年が過ぎた頃からは、子供が欲しいと話すようになり、仕事を止めて妊活に入っていた。


 圭介のことはなんでも知っているつもりだった。でも、知らない一面がまだあったことに戸惑いを覚えた。分かり合えていると信じて疑わなかったのに。


 あれから八年。二人の子供にも恵まれ、圭介の愛情は子供ができても変わらず紗月に注がれ、圭介は絵に描いたような、妻を愛し家庭を大切にする、世間的には『いいひと』になっていた。


 そして、また圭介は同じ『遊び』を繰り返した。商売にしてる女だから、遊べるって聞いて……接待だったし、断り切れなくて……


 圭介は同じような言い訳をしていた。


 そして、愛しているのは紗月だけだとも。

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