愛情の都合~変わりゆく愛~

坂田一景

第1話 喪失

 日曜日の午後一時頃、太陽は出ているが春の涼しい風が吹き汗はかかない。そんな日に公園のベンチに幸せそうに座る男女がいた。男のほうは両手を膝に置き、女のほうは両手を重ねて右と左のもものちょうど真ん中に置いていた。二人の姿の共通点は下を向いていて少し頬を赤らめていることであった。この一見初々しい「カップル」のような二人だが実は正式なカップルではない。というのも、すごく仲が良くお互いに「好き」が隠せていない二人でもどちらかが付き合おうなどと言ったわけではないのだ。それは男のほう(名前はタケル)も気にしていた。なのでタケルは今日告白しようと、正式に付き合おうとしていた。タケルが意を決して告白しようとすると、二人が出会った頃のことを思い出した。

 タケルと彼女(名前はカスミ)が出会ったのは一年ほど前のことだった。タケルもカスミも同い年で、タケルは大学2年生でカスミはもう働いている社会人だった。

二人が出会ったのは「Convenient idea」というBARだった。当時おしゃれな人間に憧れていたタケルはそこでバイトをしていて、そこにたまたま仕事でへとへとになったのか、元気のない女性が入ってきた。それがカスミだったのだ。タケルはカスミに一目惚れし一杯の酒をおごった。その時目の前に現れたタケルを見てカスミは目を見開いた。目を見開いたのがなぜなのかわからなかったが、お調子者のタケルは「きっと運命を感じたんだ!」本気でそう思った。カスミは

「あぁ…!ごめんね!ありがとっ…!」と言って酒を受け取り優しくか弱い微笑みを返した。タケルはもう完全に虜だった。

そこからは自分の運命の直感を信じたタケルの猛アピールが始まった。ずっと元気がなく、静かに酒を飲み、どこか儚かったカスミから次第に笑顔が見られるようになった。

そして一年ほどたちプライベートで会うことも増え、今に至るというわけだ。

 そして現在、タケルはそのカスミに告白しようとしている。

タケル(やばい、死ぬほど緊張してる。100%成功は見えている!なのに緊張で心臓が張り裂けそうだ!深呼吸深呼吸…よしっ!言う!)

そしてついに言葉を発した。

「カスミ!気付いてると思うけど、俺はカスミが好きだ!俺と正式に付き合ってくれ!」

ずっと下を見て緊張していたカスミがびっくりした顔でタケルを見つめる。一方タケルは告白の言葉を並べ終わると、すぐにまた下をむいてしまった。

カスミは下を向くタケルを見つめながら答えた。

「ありがとうタケル。すごくうれしい。でもね少しだけ待ってほしいの。まだ私には解決しないといけないことがあるの。」

タケルはまさかの返答に心から驚いた。予定としてはその場でOKからの超幸せlifeの始まりなはずだった。タケルは聞き返した。

「その解決しないといけないことってなんなんだ…?俺には関係ないことなのか…?」涙をこらえながらで少し聞き取りずらかったがカスミは質問に答えた。

「関係ないことはないんだけどね…。終わったら全部話すから!待ってて!お願い!」するとタケル

「わかった。待ってるよ。でも一人で難しかったらすぐに俺を呼んでよ!」

「ありがとっ…。」

このとき見せたカスミの笑顔がはじめてお酒をおごってあげた時の笑顔と一緒だったことにタケルは少し違和感を感じた。

まだ時間は早いが今日は解散することになった。二人は家の方向が真逆なので公園でそのまま解散した。

 カスミが一人で歩いている。

(私本当にこれでいいのかな…。”あの人”怒らないかな…。)

どしようどうしようと考えながら歩いていた。

カスミには秘密があった。それはタケルには言っていない秘密だった。

カスミは思った。

(うじうじ考えるのはやめよう!私はタケルと付き…え、なんで…?)

ドンッ!


サイレンが響き渡る。救急車が病院に到着した。中から出てきたのはボロボロになり、全身が傷だらけのカスミだった。タケルも連絡を聞き病院に大急ぎで来た。

だがもう遅かった。カスミは息を引き取っていた。タケルは現実を受け入れられなかった。なんという名前のついた感情なのかも分からず、ただうずくまり泣きじゃくった。したいことがまだあった。伝えたいことがまだあった。知らされていないことがまだあった。

死因は事故の衝撃による心肺停止。カスミをはねたドライバーはこう話しているらしい。

「何かを見つけたみたいに一点だけを見つめ飛び出してきたんだ!警察が言うには彼女は”PTSD”を患っていたそうじゃないか!暗かったわけでもないが僕だけがわるいわけでもないだろう?!」

タケルはそのドライバーの証言のことは知らない。だが、警察からカスミが”PTSD”を患っていたのはそこで聞かされた。

タケルはずっと知っていた。カスミが自分に何か隠し事をしていることを。だからこそ黙ってカスミがそれを自分に話し二人で乗り越えられるのを待っていた。隠し事の内容は知らなかったが、きっとこれなのだろう。タケルは自分を責めた。

「無理にでも聞いて解決してあげられていたら、こんなことにはならなかったのに…。」

タケルはもう何も考えられないくらいに名もない負の感情に押しつぶされていた。

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