第22話 野次馬に負けるんですか



腹から血をしたたり落としながら、2メートルはあろうかという獣が後ろにじりじりと下がる。たてがみを生やし、土色の体毛を生やしている。もしカノユキがいれば二足歩行するライオンのようだと言ったろう。


その名をギラン。


魔王軍六勇将の一人である。


じろり、とギランは自分を追い詰めつつある相手たちを見やる。


王女、勇者パーティー、灼熱の旅団のメンバーがそこにいた。


「観念しなさい! 偽王よ! もはやここまでよ!」


勇者が断罪するように言った。それは事実、その意味を持った言葉。


その隣で王女が鏡を持って立っている。その鏡を偽王にかざすことで真実の姿をさらけださせることに成功したのである。


しかし、偽王は、まさにその言葉を聞いて、ほくそ笑んだ。


「ぐふ、ぐふ、ぐふふふうふふふふううう」


醜悪なほど唇と双眸を歪めて、嘲笑を浮かべて、せせら笑った。


「な、なにがおかしいのですか! お父様の仇! 覚悟なさい!」


王女は叫ぶ。


「逃げようとしても無駄です。退路はすでに断たれています」


勇者は毅然と言う。


「がはははははははははははは!」


だが、偽王は呵々大笑する。あまりにもおかしく、腹が捩れるとばかりに。


「その鏡を使い、あの商人はわしの正体を見破った」


「そ、そうです。だから私はこの鏡を持って逃げたのです」


ニヤリと偽王ギランは笑う。


「だが、わしは引き続き王として執務を続けることができた」


「な、なにを」


「それが意味することもわからぬか。たわけめが」


ギランは両手を目の前でガッと組む。そして低い声で何かを唱えた。


ず、ずずずず……。


「あっ!?」


「そんな!?」


その姿は化物から王の姿へと徐々に戻っていたのである。


「でも、それに一体なんの意味が」


「そんなこともわからぬとは、たわけもたわけ!」


偽王は化物から人間に変わる間の不気味な顔に嘲笑を浮かべながら、


「わしをこのまま殺せば人間の状態の死体が残るだけよ! お前たちはただの王殺しの大罪人‼ クーデーターの主犯!」


続けて口を開く。


「サラザールはこれにて消滅。クーデーターが続く内紛国家になりさがる! 勇者たちは王殺しの汚名をかぶり十分な活躍はできなくなる! これぞ策!」


「なっ!?」


「あなたは最初からここまで計画してっ……!」


「魔王軍のために、この生命、捧げるまでのことよ」


偽王は堂々と言い放った。





「へー、それは大変だな」


「「「「「なっ!?!?!?」」」」」


偽王、勇者、王女すべての人間がその声に驚き振り向いた。


だが、その男は実に自然と立っていた。


玉座に通じる大扉の前に。


いつの間にか、忽然と。


黒衣に身を包み、黒のマントを羽織り、顔を仮面で隠した正体不明の男。


カノユッキー。


いや、勇者パーティーの何人かはその正体を知ってはいるが。


今、重要なのはそのことではない。


「おのれ、何奴!?」


はじめて偽王が焦りの声を上げた。


「ふ、何を焦っている。偽王ギラン。どうした。この一介の冒険者ごときに今のやりとりを見られたのが、それほど致命的か?」


カノユッキーは挑発するように言う。


「ぐ、むむ」


偽王は焦る。


(まずい、まずいぞ)


王女や勇者どもならクーデターのメンバーとして喧伝できる。だが、それ以外の者に見られると厄介だ。クーデター犯とするには無理が出るっ……!


(ならば……)


偽王はもう一度化物の姿へと転じる。


ざわざわと顔がうごめき、たてがみが伸び、体は獣へと変じる。鋭い爪、牙。その様相はまさに魔王軍の将。


「ならば、その首をたたきおとすまでだ!」


「し、しまっ……!」


突然の偽王の動きに勇者も他のメンバーも対応できない。


偽王はターゲットを、自分の姿を見たカノユッキーに定めた。


口を封じるつもりだ。もちろん、そのための手段は単純にして明快。


その首を、心臓を、脳髄を、今すぐ潰してしまえばよい。


びちゃり!


ぶしゃああああああああああああああ!


玉座にあるまじき血の旋風が舞った。


過たず、化物の爪はカノユッキーの頭をとらえていた。


そして、そのとらえられた頭は、岩をくだき、引き裂く強靭なる爪の斬撃によって、ぐちゃぐちゃになって床に舞った。


そう、まるで水のように。あまりの手応えのなさに。温度の低さに。


「違う! これは!?」


「水の基本魔法によるデコイだな。よく見れば下級モンスターでも分かる幻覚系の魔法だ」


!?


「ぬ、ぬうう。一度かわしたくらいでいい気になるなよ、小僧。今度こそは……」


「おっと落ち着け。もう意味がない」


「なんだ……と、お、お前。お前の後ろにいるのはっ……」


「ああ、そうだな。だが何をそれほど驚く?」


カノユッキーの後ろ。


そこには100人を超えるであろう、冒険者たちがいた。


いや、冒険者だけではない。


とりあえず声をかけられてきてついてきた只の市民もいる。


(ちょっと金かかってんだよなあ、これ)


カノユッキーは違う意味で余裕がなかった。


「さすがに玉座にまでは入ってくれなくてな。ここまでお前を引きずりだすのが作戦だったんだ」


「なん……だと……」


ギランは青ざめる。


獣の顔であっても、その表情は顕著に語る。


これはまずい。自分は大きな失敗をしてしまった。


何という、ことだ……。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

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