第9話 漆黒の旅団が飛翔した日


しばらくして、視界を取り戻した勇者たちは、そこにあの二人組。漆黒の旅団がいなくなっていることに気がついた。ついでにレッドマスタードラゴンも。


「ま、まさか。本当に……」


勇者は戦慄した。


「本当にレッドマスタードラゴンを討伐してしまったのですね! すごい、すごいです!」


「い、いや、そうか? なんか枝が折れて落下して悲鳴をあげてる音とか、ドラゴンは単純に飛んで去っていく音とか、そんなもんが色々と聞こえたような気がするが?」


「いいえ、きっとそうじゃありません」


勇者はけがれなき美しい瞳をきらきらとさせて言った。


「カノユッキー様はレッドマスタードラゴンとあの一瞬で攻防を繰り広げられたんです。はい、私達では想像もつかないような……おそらく次元すらも超越するすごい攻防を! あの憂いを帯びた口調は、きっとその強すぎる力に翻弄されたつらい過去があるんですね!」


「えっと、勇者さあ」


ツインテール娘のイブキは戦慄しながら言った。


「様、ってなに?」


だがその声は聞こえていなかった。


勇者はポヤーンとした顔で、さきほどまでカノユッキーのいた木を見上げているのであった。


「また、お会いできますか?」


そんな儚い声が森に響いたとかなんとか。





なお、ドラゴンはなにゆえに突然飛び立ったのか。


それは満足したから。


ドラゴンとは神と同一視されることの多い存在である。


実際、地方によってドラゴンは信仰されることも多い。ドラゴンも信仰されることに不満はない。


今回、カノユキたちが行った焚き火を、ドラゴンは祭壇だと認識していた。


なぜなら、そこに供物が置かれていたからである。


それはうさぎの丸焼き。


女神アルテノが森でつかまえた晩ごはん候補たちである。


アルテノは焚き火をするついでに、うさぎの丸焼きを作っていたのである。


それは見事、竜の腹の中におさまっていた。


帰り際に確認して「ド、ドロボー! わたしの夕食返しなさいよー!」


と泣き叫んだのはまた別のお話である。



王国歴240年。


この漆黒の旅団がのちのち勇者の物語とともに語られるサラザール王国史の英雄譚になっていくとは、このとき誰も気づいてはいなかった。




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