幕間 鱶川家VS釧路支部

釧路支部と鱶川家

 釧路市の市街地から北に離れた無人の野。川沿いの雑木林をくり抜くように、フェンスで四角く囲われた敷地がある。アスファルトで舗装された庭の中央には、コンクリートの平屋がぽつんと建っている。この建物こそ、アスクレピオス釧路支部であった。

 

「ふぁ~あ~」


 その軒下の喫煙所で、煙草の火を灰皿で消した白衣の男は大きく伸びをした。

 

「ん?」


 遠くの方から、かすかに音がした。車のエンジン音だ。やがて、一台の白いワンボックスカーが、門へと近づいてきた。見慣れない車だ。


「すみませーん、お届け物です」

「はい、今行きます」


 支部長が内地の支部に融通を頼んでいた品物だろうか……白衣の男は門のところへ行き、電動式のスライドゲートを開いた。


「はい、こちらお届け物です」


 サングラス姿の男が、ワンボックスカーのバッグドアを開いた。そこには……白い長袖Tシャツ姿の女がうずくまっていた。


「行け! アルコールヘイター! こいつらをボッコボコのギッタンギッタンにしてタコライスの具にしちまえ!」


 叫びながら、サングラス男はプルタブを開けたストロング系飲料の缶を放り投げた。缶は庭に落下し、中身の液体を芝生に吸わせた。

 何が起こっているのか、白衣の男はつかみかねていた。だが、今自分が騙されてしまったことだけは理解していた。

 

「がるるるぁ!」


 うずくまっていた女――アルコールヘイター戮が、ダッと車から飛び出した。戮は白衣男に痛烈な飛び膝蹴りを食らわせると、そのまま庭を駆け抜けて平屋へと走った。白衣男は仰向けに倒れたまま、気を失った。

 アルコールヘイター戮……酒の匂いを嗅ぐと凶暴化する恐ろしい女だ。かつてアスクレピオス藤沢支部が酒呑坂めいへの刺客として送り込んだ戦士であったが、めいの力にはかなわず返り討ちに遭い、藤沢支部によって回収されたのであった。

 戮は一直線に平屋へ向かうと、乱暴にドアを蹴破って中に侵入した。


「うわっ! 何だコイツ!?」

「がるるるるるっ! 酒滅べぇ!」


 中にいた研究員の一人が、さっそく戮の剛腕にねじ伏せられた。顔面をつかまれて、壁に思い切り叩きつけられたのである。


「曲者だ! 出会えー! 出会えー!」


 銃を手にした研究員たちが、ぞろぞろと集まってきた。彼らは突然の侵入者アルコールへイター戮の姿を見るなり銃を構えたが、その動きはどこかぎこちない。戦い慣れしていないことは明らかだ。

 血走った女に、いくつもの銃口が突きつけられる。だがこの女、戮は怯まなかった。正面の男に飛びかかろうと、ダッと床を蹴った。それを迎え撃つべく、男は引き金にかけた指に力をこめた。


 そのときだった。男たちの背後で、ガラスの割れる音がした。そしてそこから、別の何かが侵入してきた。


「な、何だこいつら!」

「えっ!? ニンジャ!?」


 割れたガラスから、ニンジャ装束の男数名が侵入してきた。その手には抜き身の脇差を携えている。今の状況は、文字通り前門のアルコールヘイター後門のニンジャであった。

 

「奴らには銃がない! 柳沢と坂本は女をやれ! 残りはニンジャだ!」


 リーダー格の男が、部下の研究員たちに指示を飛ばした。が……次の瞬間、この男の額目がけて、矢が飛んできた。ニンジャが割った窓ガラスの向こうから、何者かが矢を射込んだのである。


「なっ……」


 眉間に矢が刺さった男は、そのまま床へ逆さまに射倒された。その様子を窓の向こうから眺める人影が一つある。


「ふっ……オレの腕もまだまだ衰えちゃいねェな」


 矢を放ったのは、藍色の狩装束を着崩している鱶川ちひろであった。自らの右手にはめた弓懸ゆがけに息を吹きかけた彼女は、不敵な含み笑みを浮かべた。


 統率者を失った研究員たちは、アルコールヘイター戮とニンジャたちによってあっという間に制圧された。抵抗を試みるものは殺され、武器を捨てて降伏したものはニンジャに取り押さえられて縄でぐるぐる巻きにされた挙句、一つの部屋に集められ閉じ込められた。


 平屋の地下一階の最奥にある執務室。そこに、釧路支部の支部長を務めるガルシアは駆け込んだ。彼はすでに、この施設が侵入者たちの手に落ちようとしていることを悟っていた。彼の白い額は、焦りからくる汗にじっとりと濡れている。


 ――かくなる上は、支部を放棄して逃げるしかない!


 この執務室には、いざというときのための隠し通路が備え付けられている。これを使って逃げるより他に、侵入者の手を逃れるすべはなかった。

 執務室のドアを閉めたガルシアは、部屋の奥にあるデスクのへりに手をかけた。その下には、秘密の隠し通路がある。

 汗にまみれた手でデスクを横にずらそうとした、そのとき。


「失礼」


 さっき閉めたドアを乱暴に蹴破って、誰かが執務室に入ってきた。振り向いたガルシアの目の前には、ドアを力ずくで蹴破るという行為に似つかわしくない美青年が立っていた。銀色の長髪をもち、黒い詰襟に身を包んだその青年は、抜き身の太刀を握り、その切っ先をガルシアに向けていた。

 

「今から釧路支部は我々の統制下に入ります。おとなしく縄につくように」


 美青年の真っ赤な瞳が、ガルシアの両目を鋭く貫いた。

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