真夜中地獄闇鍋パーティー

聞かないほうが良い報告もある

 爽風そうふう大学3号館203教室。普段は主に文学部の講義が行われる小さな教室だが、金曜の深夜は我がサークル『爽風文化愛好会』の活動場所となる。


 『爽風文化愛好会』とは、我々が日々何事かを学び、勉学やそれ以外に励んでいるこの爽風大学で起こったことを報告しあうサークルである。大学の陰日向に潜み、学生や教師陣のスキャンダルや、なんだか面白そうな噂があればそれをただただ調査する。言ってしまえば、野次馬根性をこじらせたかわいそうな人間の集まりである。


 そんな活動をしているものだから、大学内では得体のしれない気持ち悪いサークルNo.1の称号をほしいままにし、誰も近寄らない。


 メンバーは3人。名誉会長のこの私、十鳥晴馬とっとりはるまの他は、語るも無残な大学の面汚しが2人。私を含めて面汚し3人衆となるわけである。


 そもそも自分の人生があまりにも面白くないもんだから、他人の人生でなんとかバランスをとろうというひん曲がった理念のもと立ち上げたサークルである訳で、集まる奴ら等たかが知れている。かわいい女子などいるわけもなく、今日も今日とて3人の面汚しは暗い教室で鍋を囲む。


「さて、具材は入れたか」 


「入れたけど、なんかすでに異臭がする」


「毎回思うのだが、深夜に闇鍋やる意味ってなんだ?闇鍋なんだから普通に電気消してやれば良いだけだろ」


「馬鹿者が!誰もいない時間にやらねば報告会の意味がないだろう」


 時刻は深夜1時。電気を落としているせいで、教室の中も外も真っ暗闇の中で、今日の活動のメインである鍋を沸騰させる為に置いているガスコンロの青白い明かりに、サークルメンバーの1人千田優一せんだゆういちの不安そうな顔が浮かぶ。


「誰かに聞かれちゃうからってこと?」


「それ以外に何がある」


「この時間に大学にいるの見つかったら怒られるけどね」


「後ろめたいことしかないなこのサークルは」


 鍋の中をおたまでかき混ぜながら、もう1人のメンバー上総常道かずさつねみちがあくびをした。メンバーで唯一バイトをしている上総は、先ほどコンビニのバイト終わりで合流したせいか眠そうである。


 週に一度のサークル活動、通称『闇鍋会』は、その名の通り各自持ち寄った具材で闇鍋をしながら一週間の活動を報告する。大学内のスキャンダルを聞いて男3人がにやにやと鍋をつつくという、我ながらなんとも禍々しい活動内容だが、何故か3年も続いていた。


「じゃあ俺から報告しようか」


 上総が腕まくりをする。使い道もないのに、無駄に鍛えた上腕二頭筋が暑苦しい。


「最近、この3号館で男女の幽霊が目撃されている」


「ほう」


「これは経営学科の押野おしのから仕入れた話だが、なんでも、金曜の22時ごろに3号館の前を通ると、にやにやした気持ち悪い男と、きれいな長い黒髪の女が乳繰り合っているそうだ」


「それ幽霊なの?」


 怖い話が苦手なはずの千田が平気そうにコップの水を飲んだ。にやにや男はどうでも良いとして、きれいな長い黒髪の女性か…さぞや美人で、なおかつ乳も大きいことであろう。しかし、金曜の22時とは、なんだか心当たりがあるような。


「ああ、男があまりに気持ちの悪いにやけ顔で、この世のものとは思えなかったそうだ」


「それは幽霊だね」


「そうか?」


 いつもならここで報告者以外のメンバーから、ああでもないこうでもないという反論が出て、実際に見たのか?という議論にまで発展するが、今日はなんだかいやにサクサクと報告が進んでいく。


「次、僕ね」


 コンロの火を調節していた千田が、似合っていない茶髪を整えながら前に出た。


「先週学祭があったでしょ?そのミスコンで優勝した文学部の北野きたのさんって、最近合唱部に入部したんだよね」


「ああ、あの良い乳をした長い黒髪の」


「良い乳などと…恥を知れ!」


 北野さんとは、文学部のクールビューティーと称される才色兼備な美女の事で、一見冷たそうに見えるが、人当たりも良く、我々のような底辺の人間にも分け隔てなく接してくれる神のような人である。


 しかも様々なことに興味があり、学内のほとんどのサークルに所属した経歴を持っている。多くのサークルを渡り歩いては、その全てで大活躍。惜しまれながらも次のサークルへと去っていく、美女サークル流しなのだ。


 とにかく美人で良い人だが、特筆すべきは、乳が良いことだ。恐れ多くも服の上から拝見するだけでもわかるほど大きく、形が良い。思わず笑みがこぼれるほどの良い乳なのである。


 断じて上総なんぞが拝んでよい乳ではない。


「で、合唱部って学祭のあとコンクールがあるから、学内で合宿やるでしょ」


「ああ、隣の2号館だろ」


「22時ってちょうど休憩の時間なんだよね」


 これは私も知っている情報だった。


 何故なら、最近講義でたまたま隣になった北野さんと奇跡的に話をする機会があり、意気投合した我々は、合唱部の合宿の休憩時間に少しお話をする仲になっていたからだ。


 待ち伏せをしているわけでは断じて、断じてないが、毎週金曜の22時頃、鍋の用意の為に少し早く来ている私が、3号館の前で偶然、自動販売機に飲み物を買いに来る北野さんと出会い、お話をさせて頂いている。


 週に一度の至福の時なのだ。


 しかし、かわいい顔してゲス野郎と名高い千田の報告にしてはパンチがないな。先週の、経済学部木田きだ教授単身赴任の寂しさから清掃のおばちゃん(73)と校内不倫のほうがまだ面白かった。


「ねえ、さすがにもう気づいてるでしょ」


 千田がこちらを睨む。気づくと、上総も筋骨隆々の腕を組み、鼻息を荒くしてこちらに詰め寄っていた。


「なんの話だ」


「白々しい。にやにや男が」


「22時の変態幽霊はきみでしょ、十鳥くん」


「誰が変態幽霊だ」


「貴様があのでかい乳を毎週間近で見ていると思うと殺意が沸くわ」


 冒頭からわかっていたとは思うが、そう、22時に目撃される男女の幽霊の男は、この私、十鳥晴馬である。北野さんとの至福のひと時を、面汚し仲間に見られていたのは驚いたが、私は貴様らとは違う!誰もが羨むスーパー美女とお話だってできちゃうのだ!


「ハハハハハ!貴様らのような底辺面汚しとは違うのだよ!」


「なにを言うか最底辺のくせして」


「今日の鍋は僕たちを差し置いて美女とお話した十鳥君の為にあるんだよね」


「何?」


「見ろ、この最底辺変態幽霊!」


 上総が叫んで電気のスイッチを押すと、教室がパッと明るくなり、鍋の中身が姿を見せる。


 中をのぞくと………真っ黒でなにも見えない。


「何を入れたんだこれは」


「俺はおぞましくて言えん」


「僕も言いたくない」


「自分が食べられないものを入れないというルールはどこへいった」


「問答無用!心して食せ!」


 上総に後ろから羽交い絞めにされ、千田が熱々の湯気を立てるおたまを顔の前に運んでくる。万事休すか、と思ったその時、控えめな音とともに、背後のドアが開けられた。


「あの~『爽風文化愛好会』の活動場所ってここ?」


 ドアの前に立つのは、長い黒髪をなびかせた良い乳、もとい北野さんであった。あまりの突然のできごとに、3人の面汚し達の動きが止まる。


「前に十鳥君に、この時間に活動してるって聞いたから。見学に来ちゃった。お邪魔かな?」


「いやいやいやいやいやどうぞどうぞ!」


 固まる千田と上総を振り払い、教室の中へと案内する。


「ええと、何をしてるところ?」


 北野さんの質問に我に返った千田と上総は、見たこともない機敏な動きで闇鍋を隅に片づけると、どこからともなく紅茶セットを取り出した。


「真夜中のお茶会ですよ」


 千田がにこりと笑うと、北野さんも安心したのか、そうなんだ、と少し笑った。さすがは見た目は小動物なだけある。


「これから、大学の歴史について語り合うところだったんです」


「わあ、面白そう」


 とりあえず話を合わせろ、というアイコンタクトの後、千田が北野さんに紅茶をすすめる。どこにあったのだその紅茶。


「これはお前、お手柄だぞ」


 楽しそうに話を始めた千田と北野さんの後ろで、上総が小さい声で呟く。元々声がバカでかいので、普通の声ぐらいの音量だが、幸い北野さんは話に夢中で聞こえていない。


「今日は楽しい活動になりそうだ」


「ふん」


 にやにやと北野さんの後姿を見ている上総の横顔は相当気味が悪かったが、今日のところは何も言わないことにした。


 2人の野次馬力は私には遠く及ばない。何故なら、今日の活動で一番重大な私の報告を聞かずして、目の前の美女にうつつを抜かしているからだ。私の今日の報告内容は、目の前の美女に大きく関係する。


 実は、北野さんには婚約者がいる。


 友人にも秘密にしているらしいのだが、両家の令嬢であるらしい北野さんは、我々などとは比べることすら憚られるスーパー御曹司の婚約者がいるのだ。先週話をしていた時、口がすべったらしく、私はそれを知ってしまった。


 どう転んでも何をしても我々が北野さんと親密な仲になるなどありえないが、やはり我々も男だ。事前の調査で相手はいないだろうと推察していた美女とお近づきになるチャンスは0ではないと信じていた。


 今日の活動で、その希望も木っ端みじんに粉砕したことを報告し、不必要な憧れなどどこかに捨てろ、と男3人泣きながら鍋をつつくつもりだったのだが…。


 男の妬みは思った以上に激しいものであるな。まさか無理やり地獄を煮詰めたような鍋を食わされそうになるとは。北野さんが部室に乗り込んでくることはさすがに想定外であったが、今は、幸せそうな我が友を、暫しのお花畑から引き戻さないでおいてやろう。


 にやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべる、何も知らない面汚し仲間を見ながら、私は明日からの活動に思いを馳せるのであった。


 




 


 

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