花咲くまでの物語~外伝~ 真夜中の学園

国城 花

真夜中の学園


ここは、私立静華せいか学園。

家柄、財力、才能を持ったエリートたちが集まる、実力主義のお金持ち学校である。


静華学園の高等部には、「つぼみ」という名の生徒会がある。

静華学園に通うエリートたちの中でも、特に才能に秀でた者たちが集まる。



「最近、学園でお化けが出るらしいよ」


つぼみのメンバーが集まった一室で、そんなことを言い出したのは皐月さつきだった。


「夜中に、出るんだって」


双子の弟の凪月なつきも、その話に乗る。


「夜中だと、学園には誰もいないだろ。何でそんな噂が出るんだ」


あくまで合理的で現実的な考えをしているのは、翔平しょうへいである。


「警備の人が巡回してるじゃん。その人たちが見たらしいよ」

「複数の目撃証言があるのか?」


うんうん、と皐月と凪月は揃って頷く。


「真夜中の、真っ暗い廊下を歩いてるとね…」

「誰もいないはずの教室から、声が聞こえるらしいよ」

「それも、女の人の声だって」

「泣いてるみたいな、悲しそうな声が聞こえるんだって」

「不法侵入者か?」


おどろおどろしい雰囲気を出している皐月と凪月に気を遣うことなく、翔平はばっさりと現実を突きつける。

しかしまだ続きがあるらしく、2人はその雰囲気を維持したまま話を続ける。


「不思議に思った警備の人がね、声が聞こえた教室を見に行ったんだって」

「教室の中を見ても、誰もいなかったらしいよ」

「侵入者が逃げたんだろ」


あくまでも現実的な翔平に、皐月と凪月は面白くなさそうに頬を膨らます。


「もうちょっと怖がってくれてもいいじゃん」

「ほんとにお化けかもしれないじゃん」

「お化けがいるわけないだろ」


お化けや幽霊の類は、特に信じていない翔平である。

少ししゅんと落ち込んでいる皐月と凪月を励ますように、はるは一言添えてみる。


「でも学園の警備は厳しいから、夜中とはいえ侵入するのは難しいよね」

「だよね!」

「そうだよね!」


晴の一言で元気を取り戻した2人は、また好奇心で瞳を輝かせる。


「やっぱり、お化けなんだよ!」

「警備を突破されてないなら、外部の人じゃないよね」


ウキウキワクワクしている2人は、1つ提案をする。


「本当にお化けなのか、みんなで確かめてみない?」

「実際に噂があるんだからさ、真偽を確かめるのもつぼみとして大切なことじゃない?」

「…ただ、夜の学園に行ってみたいだけだろ」


それっぽい理由を並べてはいるが、この2人にとって本当にお化けがいるかはあまり関係ない。

ここまで興味を持っているのは、夜中の学園が「面白そうだから」という理由だろう。

興味を持っているわりには全く怖がっていないので、お化けを信じているわけではないのだろう。



雫石しずくは、どう思う?」


晴は、隣に座る雫石に話を振ってみる。

すると、キラキラとした瞳と目が合った。


「面白そうね。本当に、お化けに会えるのかしら」

「お化けなんているわけないだろ」

「分からないじゃない。いるかもしれないわ」


どうやら、雫石はお化けを信じる派らしい。


「学園側に許可を取れば、夜でも学園には入れるわ」


噂の調査と言えば、おそらく許可は簡単におりるだろう。

つぼみは一般の生徒と違い、かなり権力を持っている。



じゅんも行きましょう?」


一番行かなさそうな人物をちゃんと前もって誘うところが、雫石である。

先に約束を取り付けておかないと面倒くさがって逃げるので、先回りするのだ。


薄茶色の瞳は、明らかに「面倒くさい」と訴えている。

しかし、それしきのことで折れる雫石ではない。


「…一緒に行きましょう?」


少し悲しそうな声で伺えば、純はため息をついた後に頷く。

こうやって純にお願い事をできるのは、雫石くらいである。



「じゃあ、早速今日の夜に行きましょう」

「おい…本当に行くのか」


呆れている翔平に、雫石はふふっと上品に微笑む。


「怖かったら、翔平くんは来なくてもいいのよ」

「………」


さすがにここまで煽られれば、行かないわけにもいかない。

翔平もため息をつきつつ了承すると、雫石は飛び跳ねるようにして喜ぶ。


「楽しみだわ。お化けに会えるといいのだけれど」


まるでアイドルに会うことを楽しみにしているかのような喜びようである。

雫石はお化けに対する恐怖心はゼロらしい。



そんなこんなで、学園側からの許可も簡単にとれてしまったため、本当にその日の夜に行くことになった。



真っ暗な暗闇があたりを包み込む真夜中、6人は学園に集合した。


今日は月が出ていないので、空も真っ暗である。

街灯もついておらず、人気のないしんとした静けさが学園を飲み込んでいる。


6人はとりあえず、女の人の声が聞こえたという教室に向かうことにした。



「夜の学園って、昼間と雰囲気違うね…」

「こんなに暗いんだね…」


お化けは怖くないが、暗闇は怖い皐月と凪月は翔平にしがみつくようにして歩く。


いつも歩いている廊下は、先が見えないほど暗い。

懐中電灯を持っているとはいえ、全てを照らせるわけではない。

曲がり角から何かが飛び出してくるのではないかという、昼間には感じたことのない恐怖心を感じる。


「あそこの教室だね」


晴は、警備員から聞いた教室を指さす。

晴たちも普段から使っている、何の変哲もない教室である。


とりあえず入ってみるかという話をしていると、純がふっと何かに反応する。

そしてすぐに、眉間にしわを寄せる。


「どうした?」


翔平が尋ねると、純は教室を指さす。


「声が聞こえる」

「「え!?」」


皐月と凪月は、2人揃って耳を澄ませてみる。

少しすると、確かに声が聞こえてきた。

それも、女の人のような声である。


「噂は本当だったんだね!」

「すごい!」


声のトーンを落として静かに喋りながらも、興奮が抑えきれていない。


「確かに、女の人の声だな…」


噂自体もそれほど信じていなかった翔平は、耳に聞こえる声に本当だったのかと驚いた。

警備員に女性はいないし、夜でも学園の警備はかなり厳しい。

外から侵入することは不可能に近いのだ。


そうなると、この声の主は誰かということになる。



「お化けにお会いできるのね」


雫石は、楽しそうにわくわくしている。


「とりあえず、行ってみるか」


声の主を確認しないことには、何も始まらない。

6人は教室にそっと近付き、翔平が扉に手をかける。


ガラリと扉を開けて、すぐに教室の中を懐中電灯で照らす。


机と椅子が並ぶ教室の中、そこには人影が1つもなかった。



「え?」

「さっきまで、声が聞こえてたのに…」


教室の扉を開ける寸前まで、教室の中から声は聞こえていた。

それなのに、扉を開けても人影すらない。


『これは…』


教室の中には、さっきまで誰かがいたような気配が残っている。

翔平はすぐに周囲の気配を探る。

そうすると、知った気配が少し離れたところから感じる。


純に視線を向けると、翔平の言いたいことが分かっているのか呆れたように肩をすくめている。



「すごい!本当にお化けだったんだ」

「声がしてたのに、いなくなったね!」

「お化けにお会いしたかったわ…」


皐月と凪月はお化けがいたと喜び、雫石はお化けに会えなかったと悲しんでいる。


「本当に、お化けだったのかな…?」


晴は、お化けの存在を疑っているようである。


「教室から聞こえた声、おれが知ってる人の声と似てた気がするんだけど…」


「「え!?」」


晴は耳が良いので、気付いてしまったらしい。

晴は、翔平と純に視線を向ける。


「翔平と純も、気付いてるよね」


2人は人の気配を読むことに長けているので、声の主が誰だったか気付いたはずなのだ。


「え!?」

「お化けじゃないの?」


少しショックを受けている皐月と凪月には悪いが、声の主はお化けではない。

実在する人物である。



「あれは、理事長だな」


翔平は、ため息をつく。

翔平の知る気配だったし、教室から姿を消した後は理事長室にその気配が向かっているのを感じるので、間違いないだろう。


「…理事長?」

「何で、理事長がこんな時間にこんなところにいるの?」

「それは分からないが…」


自由奔放な理事長のことなので、真夜中の学園にいる理由は分からない。


「気分転換じゃない?」


孫である純には、祖母の行動の理由が分かるらしい。


「気分転換?」

「理事長室で仕事するのが、飽きるんじゃない」


確かにずっと同じ場所で仕事をしていると飽きるが、その気分転換をする場所が何故真夜中の教室なのか。

警備員にとっては、いい迷惑である。



「お化けじゃなかったのね…」


雫石はさっきからずっと落ち込んでいる。

それほど、お化けに会いたかったらしい。


「噂の正体も分かったことだし、帰るぞ」


時計を見れば、時間は夜中の12時になろうとしている。

学園の外に迎えの車がいるとはいえ、あまり遅くまで出かけているのはよいことではない。



やれやれと帰途についていると、純がふっと教室の方を振り返る。


「どうした?」


翔平は純の様子に気付いて、足を止める。

純は少しの間教室の方をじっと見ていたが、翔平にちらりと視線を向けるとまた歩き始めた。


「どうかしたのか?」

「別に」


どうやら翔平は、気付かなかったらしい。

前を歩いている晴も何も反応していないのを見るに、聞こえていないらしい。



純の耳には、あの教室からまた女の人の声が聞こえてきていた。

それも、すすり泣くような。


『おばあちゃんは、理事長室に戻った』


それに、祖母はすすり泣くような人ではない。


さて、今あの教室ですすり泣いているのは誰なのか。



『興味ないな』


純は、もう振り返ることなく帰り道を進む。


唯一気付いた人物が面倒くさがりで無関心というせいで、夜の学園の噂の正体は「理事長だった」ということで片づけられたのだった。



その後、真夜中の教室から女の人の声がすることもあった。

しかし警備員は、「また理事長か」と判断して気にしなくなったそうだ。


声の主としてはそれが納得できる結果だったのかは分からないが、いつの間にか声は聞こえなくなったそうである。



真夜中の学園の噂は、こうして幕を閉じたのだった。


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