お嬢様は『あくのそしき』のボスになりたい! 〜なので王族との婚姻は阻止、阻止、阻止です!

七緒ナナオ

第一部 オルガンティア王国第一王子編

第1話 幼き日の誓い

 肌寒く湿った空気のなかで、鐘の音が響いている。

 死者をとむらうその音は、大切なひとが失われてしまった悲しみと虚しさを雨とともに伝えていた。


 小さな教会で、小さな棺の葬儀が行われている。参列者は少ない。なにかを恐れるように、あるいは、なにかから隠すように、その葬儀はひっそりと執り行われていた。


「……おとーさま。どうして……どうしておにいさまの、おそうしきをするの?」


 まだ6歳と幼なく、兄の葬儀であることしか聞かされていないアゼリアが、父親のコートの裾をぎゅうっと握りしめながら、そう言った。


 紅色の大きな瞳には、大粒の涙がたたえられている。今にもこぼれ落ちそうなそれは、長い睫毛によってき止められていた。

 アゼリアの父と母は困ったように眉根を寄せて、まだ背の低いアゼリアと視線を合わせるべく膝を折る。


「アゼリア……」

「だって、おにいさまは……かえってきていないだけじゃない!」

「アゼリア、あのね……」


 幼さゆえか、それとも兄の喪失からくる混乱か。アゼリアは白い花で装飾された小さな棺に縋りつき、嫌だ嫌だ、と首を振る。


 この棺は渡さない。渡してしまったら、それは兄を失ったという事実を肯定することだから。

 アゼリアの目頭にとどまっていた涙が、ついにこぼれた。


「だめよ、だめ。おにいさまは、ぜったいに、もどってくるの!」


 普段は聞き分けもよく、駄々をこねたりしないアゼリアが、棺を叩いて抗議する。小さな拳が棺を叩くたび、がらんと空虚な音が響く。


 アゼリアが叩く棺は、空だ。空の棺だ。

 この棺には、なにも入っていない。兄の遺体など、入っていないのだ。だって、兄は、戻ってきていないのだから。


「……っ、アゼリア……ごめんね、ごめんね……」

「だって、やくそくしたわ! わたしと、やくそくしたの!」


 泣き叫んで訴えるアゼリアをなだめるように、母がぎゅっと抱きしめた。けれど今度は母の胸を棺の代わりに叩き、アゼリアは行き場のない悲しみを怒りの形で表出させる。


 本当はアゼリアだって、わかっているのだ。

 兄がもう、戻ってなんて、こないこと。

 だからこうして、空の棺を見送るしかないことを。

 泣いても、叩いても、怒っても。もう、どうしようもないことを。


 幼ない心が、まだ震えている。わかっていても、納得できることじゃなかったから。

 ひとしきり泣いて、涙がおさまるまで父も母も、アゼリアを辛抱強く待っている。頬を流れた幾筋いくすじもの涙が乾いたころ、父がアゼリアにゆっくりと、けれど丁寧ではない端的な事情を説明してくれた。


「アゼリア……お前のお兄様はね、王国の犠牲になったのだ」

「ぎせい……おうこくの……」

「これは仕方のないことだ。それが我々公爵家の役割なのだから」

「やくわり……」


 アゼリアはその言葉足らずの説明を聞いて、小さく幼ない頭をフル回転させて考えた。父の言葉の意味を。兄の犠牲を。そして、アゼリアの家のことを。


 真剣に考えるアゼリアを、やはり父も母も優しくも寂しさの残る暖かい眼差しで見守ってくれている。

 アゼリアは考えに考えて、充分に考えて、とうとう回答答えをだしたのだ。


「……わかった。わたし、わかった。わたし、おおきくなったら『あくのそしき』のボスになる! そうして、おにいさまのようなぎせいを、なくしてみせる!」



 そうして幼ない誓いはそのままに、月日は流れた。

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