告白 二十五時

山猫拳

第1話

 どうしても家に帰る気になれず、バイトの後、友達と駅前で時間をつぶしていた。家の前に着いて時計を見ると、すでに一時を過ぎている。音を立てないようにそっと玄関を開ける。家のあかりは消えているが、街灯の光が差し込んで、見覚えのあるパンプスが三和土たたきにあるのが分かる。彼女が家に居る。


 忘れ物を取りに帰りたいので、今日は家に来ると連絡があった。彼女が出て行ったのは三カ月前。彼女の意思で、この家を出た。俺は、何も言えなかった。

 部屋の扉が開いている。俺は閉めていたはずだ。足音を立てないようにそっと部屋に入る。

「どういう神経してんだよ……」

 彼女は俺のベッドで眠っていた。白い足が片方、ベッドからはみ出している。溜息ためいきいてベッドに近寄ると、彼女の頬にそっと触れた。目を覚ます気配はない。はみ出した足を布団の中に戻す。久しぶりに見る彼女は、やはり美しい。顔を合わせたくないと思っていたが、もっとちゃんと顔が見たくなって、顔にかかった髪の毛を指でいて、耳にかけてみる。彼女を離したくない、そう思ってしまうから、顔を合わせたくなかった。

 彼女に気持ちを伝えていれば、何かが変わっていたのだろうか。臆病おくびょうな俺は、彼女が眠っている深夜にしか、正直になれない。

「……好きなんだ……本当に」

 彼女は気持ちよさそうに寝息ねいきを立てている。俺は部屋を静かに出て扉を閉める。リビングのソファで一晩過ごすしかない。



「やだ、颯太そうた、リビングで寝てたの? 昨日遅かったでしょ。部屋に戻ってちゃんと寝なさい」

末尋みひろが、俺のベッド使ってたから……」

「あの子、あんたの部屋で寝てたの?」

 壁の時計を見るとまだ七時だった。大学は九時からだ。母がリビングのカーテンを全開にする。まぶしい、もっと眠っていたい。目をつむって微睡まどろむ。困ったお姉ちゃんね、未尋みひろ起こしてくる、と言う母の声が聞こえた。


 誰かがそばに近寄って来た気配がする。頬をつつかれる。

「あたしも」

 小さくつぶやく声。心音しんおんが彼女に聞こえたらどうしよう。陽の差し込むソファで、臆病おくびょうな俺は目をつむり、微睡まどろみ続ける。

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告白 二十五時 山猫拳 @Yamaneco-Ken

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