第180話 ジョニーと祭壇

「アガシオン……というか、その姿ってことは別物になったのか……?」


 頷くアガシオン。

 一体どんなモンスターか? 色々と考えるが、思い当たる存在がいない。恐らく近い存在で言うなら……エリゴスという、鎧を身に纏い魔を操るモンスターか?

 彼女の正体にワクワクする気持ちはあるが、今はティータの元に急ぐのが先決だ。


「バンシーは動けるが……シェイプシフターは回復するまで送還するしかないか」


 踵を返して走りながら、シェイプシフターを送還する。

 バンシーとアガシオンは俺について走ってきている。そのまま到着するまでの間に簡単な質問を済ませる。


「というか、喋れないのか?」

「……しゃ、ごほっ……べ、れ……ま、す……」

「いや、無理はしなくていいからな!?」


 途切れ途切れの声に、慌てて止めた。

 しかし、アガシオンは伝えたいようで必死に声を出す。


「……い、いえ……まだ、慣れないので……この、体……」

「そうか……助かった。ありがとうな」

「召喚術士さんの……危機、でしたので……不思議と、魔力で……体を、作れて……この姿に……これからも……力に、なれます……」

「ああ、助かるよ」


 どうやら、進化をしてもアガシオンはアガシオンのままのようだ。


『色々と気になるけど、そろそろ行きましょ? だって、リンが倒れたら他の名前持ちがやってくるかもしれないもの』

「そうだな……それじゃあ、いくか」


 そして、ついに到着する……そこは、妖精郷の中でもひときわ大きな大木に作られた空間だった。


「……神殿か?」

『こんな場所、初めて見たわ! 妖精郷にも、知らない場所があるのね! コレが名前持ちだけにしか入れないなんてズルいわ!』


 そこはまるで、神殿のようになっている。

 中央には、木々で作られた祭壇。周囲はまるで教会か何かのように整えられている。妖精郷の中では


「うっ、ここ、凄い魔力が濃いですね……けほっ……濃密すぎて、ちょっと気分が悪くなるくらいに……」

「そう、ですね……ここにある、道具の全てが……魔具みたいなものです……」

『貴方たちみたいに、体を持っていると大変ね! 私はいつもよりも気分が良いわ!』


 バンシーとアガシオンの言葉通り、確かにここの空間は妖精郷の中でも魔力が濃い。

 俺ですら、目の前が一瞬歪んで見える程の魔力だ。妖精は逆に、機嫌良さそうにして飛び回っている。


『あはは、すごいすごい! こんなに気持ちいいなんて、初めて!』

「……大丈夫か?」

「魔力が濃すぎて、気分が高揚してるんだと思います」

「ああ、なるほど」


 多分酒を飲んで酩酊しているような状態なのだろう。

 魔力酔いといっても、マイナスだけではなくプラスの時もあると言う事か。

 仕方なく放置して、周囲を見渡す。しかし、彼女以外の妖精の姿はない。そして見渡して――


「ティータ!」


 祭壇の中心に、倒れて眠っているティータの姿を見つけて一目散に走り寄る。

 罠の可能性がよぎるが、それでも出会えたこと。まだ無事そうなことに安心して近寄り抱きかかえようとする。


「……なっ!?」


 しかし、ティータを抱えたはずの手は空気を切って通り抜けた。

 何度も触れようとするが、まるでホログラムになってしまったかのように、目の前に居るティータに触れることが出来ない。

 考える。コレが罠の可能性はないか。


「なんで、触れられないんだ? 妖精郷の魔法で、幻覚を見せられてるのか?」

『違うわ。その子、体を捨てかけているの』

「捨てるって……どういうことだ?」

『妖精としても命を捨てて魔力そのものになることよ! 今なら――』

『あー、その先の説明は私がするよ』


 そう言って現れたのは気怠げな妖精だった。


『名前のない妖精。【喋ってはいけない】よ』

『むぐっ!?』


 その言葉を聞いた瞬間に、先程まで騒がしいほどだった妖精は口が開かなくなる。

 それを無感情に見て、黒い髪に眼鏡をかけたその少女はこちらを観察するように眺めながら口を開いた。


『私は『知恵』の名前を持った妖精だよ。ニアと呼んでくれたらいいさ』

「……わざわざ出てきたってことは、俺達を止めに来たのか?」

『まあ、そういうことだね。その子はこの妖精郷にとって必要になってしまってね。だから、乱暴だけど連れてきたってワケなんだ』

「必要ってどういうことだ?」

『この妖精郷は、徐々に滅びに向かっているんだよ』


 突然、衝撃の事実を口にするニア。

 彼女は時間を稼いでいるという様子ではなく、ただ当然のことのように俺の質問に答えていく。


『まあ、この妖精郷を作り出している核である……始祖の妖精がいるんだけどね。それが寿命を迎えようとしているんだ。まあ、兆候はあったけども、時間稼ぎにも限界が近くてね。外部から何か手段を探そうとしたときに……そこに見つけたわけだ。始祖と同じ半妖精が』

「……ティータを、この妖精郷の核にしようっていうのか!?」

『まあ、そういうことだね。同意は得ているよ? まあ、多少は恣意的な情報を渡してはいるけどね。それでも、君たち人間が優しく愛を持って育ててくれたから、困っている私達のためならって言ってくれて助かったよ』


 ティータを同族である妖精まで好きに扱うのかという怒りを感じながらも、疑問を覚えた。

 なぜ、ここまで説明をするのか。時間稼ぎの可能性もあるが、それなら答える必要が無いほどに答えている。悪党の矜持……なんてものではないだろう。

 ……もしや。


「ニア。ティータを助けるには、どうしたらいい?」


 俺の質問に対してニアは嫌そうな顔をしながらも、答えるために口を開いた。

 ……なるほど。妖精は名前に縛られる。『知恵』という名前を冠する彼女は、こちらが質問をした場合に答えなくてはならないのだ。

 それが彼女という妖精の存在する意味だから。


『妖精の核と入れ替わっている最中だからね。彼女に干渉されて、拒否をしたのなら……まあ、失敗してしまうだろうね』

「干渉方法は?」

『無理矢理、彼女が交信している核との会話に割り込めば良いさ。人間には無理だけどね』

「……ティータが、今まで通り生きるようにするならどうすればいい?」


 恐らく、ニアは最初は出てくるつもりはなかった。だが、出てこざるを得なかったのだ。それは、俺達がこの状況を打破する可能性があるから。

 『知恵』という名前を持つ意味を利用されるリスクを背負ってでも。


『全く、私を上手く使うね。生憎だけど、その方法に関しては知らないよ。前例がないからね。だから、私達のために彼女を妖精郷の核にして見守って貰う……それが一番無難だと思うよ?』

「……そうか」


 聞きたいことは聞けた。

 ならば、やることは一つだ。


「ティータを連れて帰る。俺の妹を返してもらうぞ」

『まあ、こうなるよね。じゃあ、スプリガン』


 彼女が読んだ瞬間に、木々の上から巨大な怪物が降ってきた。

 それは、継ぎ接ぎのフランケンシュタインのような姿をした妖精だった。


『核を守るために、侵入者を排除するんだよ』

「……こうなるよな。バンシー、アガシオン。準備は良いか?」

「ええ、大丈夫です!」

「……助け、ましょう」


 そして、ティータを奪還するために俺達は最後の戦いを始めるのだった。

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