第130話 ジョニーとリザルト6
「――」
(……生きてる、のか?)
背中に当たる冷たい刃の感触は……少しだけ俺の体を傷つけて止まった。痛いのは痛いが、それでも耐えれる程度の痛みだ。
振り向くと、暗殺者は外に視線を向けて動きを止めていた。
「……チッ」
舌打ちをしながら、武器を仕舞う。
「……これを待っていたのか。なるほど、道理で悠長に待ち受けているわけだ」
「――もしかして、間に合ったのか!?」
思わず暗殺者に聞き返す。まだ、想定よりも早いというのに帰ってきてくれたのか。
先程までの殺気も消えて、まるで世間話でもするように俺に声をかけた。
「お前が思っているとおり、間に合った。質問があるが……お前の名前はアレイで間違いは無いか?」
「……ああ、そうだが……」
「覚えておこう」
そう言って人形遣いは部屋を出て行った。
……終わったことを実感して、体の力が抜ける。
(……良かった……間に合ったけど、ティータの様子は……?)
俺のミスで苦しませてしまっていたティータの様子を見る。魔力の流れが阻害していた魔具を切ったことで、体調自体は落ち着いたようだ。
とはいえ、顔色は悪い。見て居ると、ティータがゆっくりと目を覚ました。
「……おにい、さま?」
「ティータ、起こしたか? ごめんな」
この時間に目覚めることは珍しい。先程戦っていた影響もあるのかもしれない。
夢を見ているような、ぼうっとした目で俺を見ているティータは俺の頬に触れる。
「……おにいさま、ありがとう……ございます……だいすき、ですよ……」
そう言って微笑んだティータ。
思わぬ言葉に驚き、聞き返す。
「お、おお……ありがとうって、起きてたのか!?」
「……すぅ……すぅ……」
しかし、既にティータは力尽きて眠っていた。
……もしかしたら、起きていたのか……そして、それをどこまで分かっていたのかは分からない。もしかしたら、朦朧として口に出た言葉かも知れない。それでも……
(……こうして、戦ったことは無駄じゃなかった)
俺のやってきたことが報われたような……そんな気持ちになるのだった。
……とはいえ、あのまま家の中で寝ている訳にはいかない。
傷を簡単に布で巻いて塞いでから体を引きずりながら外に出ると、そこにはとんでもなく荒れた地面に立つジャバウォックの姿があった。
……もはや、屋敷の庭と言うよりも爆撃を受けた戦場といわれた方が納得が出来る程に荒れている。
「む、アレイ。無事だったか」
「……これ、ジャックがやったのか?」
「ようやく力が馴染んだ。あの暗殺者は良い相手だったぞ」
そう言って視線を向けた先では、大の字になって転がっている暗殺者を人形遣いが担いでいた。
「……殺してないよな?」
「そう簡単には死なない程度には強かった。実力があると言うだけはある。面白かったから、また戦いたいものだ」
……ジャバウォックがここまで褒めるとは思わず驚きだ。しかし、背負われている暗殺者はブツブツと何か呟いている……聞こえてくるのが、怨嗟と「二度と戦わない……」という言葉にどうやらジャバウォックと戦っていた暗殺者は俺と同じくらい必死だったようだ。
そして、人形遣いは担いで屋敷に歩いてくる人に向かっていく。それを見て思わず驚いた。
「ラトゥとイチノさんに……ルイ!?」
ラトゥにイチノさんは分かる。だが、その横には、ルイが何故か一緒に立っていた。
ラトゥと人形遣いが戦っている時に、こちらを見て俺に気付いたルイが驚いた表情でこちらまで駆け寄る。
「――おい、アレイ! 大丈夫か!? オレが見ない間にボロボロになってるじゃねーか!」
「久しぶりだな、ルイ……なんでラトゥと一緒なんだ?」
「偶然、オレ達が王都から帰る道中で出会ったんだよ。アレイがまた騒動に巻き込まれてるって聞いて、急いで帰りたいっていうからちょっと王都で出来たツテを使って超特急で飛ばしてきたんだよ……今にも死にそうな顔してるぞ!」
「ああ、まあちょっとした傷だから大丈夫だ……疲れたのとボロボロなのはあるが」
そう答えはするが、血が足りず意識が朦朧とはしているし、今日までろくに疲労が取れていないこともある。顔色も最悪だろう。
久々の再開がこんな形になるとは思わなかった。もう少し、ちゃんとした状況で出会いたかったが……
「ありがとう……本当に助かったよ、ルイ……今度、また酒でも奢る」
「お、おう。それなら良かったけど……本当に大丈夫か? オレはアレイが大変だって事しか聞いてないから何があったのか詳しく知らないんだけどよ」
「……まあ、いずれ詳しく話すよ」
それよりも、ラトゥの元へ行かなければ。
体を引きずるようにラトゥの所まで行こうとすると、話している内容が聞こえてくる。
「――ですので、貴方達に出された依頼は取り下げられましたわ。もしも、疑うのであれば街の公的機関に聞いてみれば分かりますわ」
「元より、暗殺者ギルドから連絡があったので分かっている」
「で、あれば退いてもらえますわね?」
「問題は無い。こちらとしても、多少の被害はあったが犠牲はなかったので、報復の意図もない。では、失礼する」
暗殺者が去って行く。
……そして、ラトゥは一息ついてから……俺を見て驚いた表情を見せて駆け寄ってきた。
「アレイさん!? その怪我は……」
「大丈夫だ……それよりも、ありがとう……間に合ってくれて……」
「もっと早く到着できれば、こんな怪我をしなくても……」
と、悲しそうな表情を浮かべているラトゥにイチノさんが冷静な声で伝える。
「ラトゥ様、その怪我で死にはしませんのでさっさと本題を言うべきでは」
「アレイさんは必死に頑張りましたのよ! それに、怪我だって放置してもいい道理はありませんわ!」
「ですが、多少の刺し傷程度ですし相手もプロである以上は仕事に関係ない殺しは敬遠します。人形遣いであれば、その技術はありますから」
「そうだとしても――」
「……それより、どっちにするか早く決めてくれるか……? 俺としては、大丈夫だから……本題を聞かせて欲しいんだが」
……流石に、そのまま放置されるのは辛い。
しかし、ラトゥとイチノは案外良い関係を築いていたようだ。やり取りは出発前とは変わらないが、どこか気楽さというかお互いに遠慮のなさが生まれている。
「あ、申し訳ありませんわ! ……詳しい話は後ほど言いますが、アレイさん。ティータさんの体調を解決する方法が分かりましたの」
「本当か!?」
思わず、痛みも忘れてラトゥの肩を掴んで聞く。
「え、ええ。実家に帰った際に思ったよりもスムーズに話が進んだので、少しだけ妖精種に関する調べ物をしましたの……そして、妖精に関する文献を見つけましたわ」
「文献……?」
「ええ。そして、そこには吸血種が過去に妖精種と交流を持っていた時期が有ったことが分かりましたの」
――つまり、現存する妖精種達の集落……もしくは同族での集まりがあるわけだ。
そこであれば、同じ妖精種であるティータをなんとかする方法があるかもしれない。
「どうやって行けばいいんだ!」
「それは――」
――瞬間、突如として俺は頭部にまるで爆弾でも破裂したかのような衝撃を受けた。
理解出来ないまま意識を失いそうな俺に聞こえてくる声。
「お嬢様に何をしているこの虫がぁあああああ!!!」
「ブラド!?」
なるほど。ブラドとエリザが帰ってきたという訳か。
……それを理解して、俺はそのまま意識を手放すのだった。
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