第115話 ジョニーと選択と

 営業用の笑顔を捨てた借金取りは、どこか冷たさを感じるような雰囲気へと変わる。

 イチノさんを手招きして呼び、彼女から何かを受け取りながら話を続けた。


「現在の問題は三つ。不安定になり、弱ってしまったティータさん。妖精種を使った実験が貴族の家で行われていたことがラトゥ様に知られた事。そして、監視者がこの事を報告に行ってしまったことですね」

「監視者……?」

「ええ。この屋敷は常に監視をされていましたからねぇ。ティータ様だけではなく、アレイさんやこの屋敷に関わる人間は全て見張られて情報が伝わっていたわけです。まあ、当然でしょう。妖精種を利用した国家転覆……下手をすれば世界を揺るがすような可能性を持った存在がいるのですからね。場合によっては、暗部の戦力を使って消しに来るでしょう」


 ……恐ろしい事を言う。王都の暗部と言うことは……つまり、国家の危機に対処できるような人材だということだ。対人という面で言えば、冒険者など木っ端程度に感じるほどのプロだろう。

 そんな物に狙われてしまえば、無事では済まない。


「監視者は、既にアレイさん達がティータさんの事が妖精種だという情報を握ったことは伝えています。恐らく、相手方も考えているはずですね。この事態をどうするべきかという事を」

「……それは、いつくらいに結論が出るんだ?」

「結論ですか……流石に暗部の人間とはいえ、監視している人間の移動手段は徒歩や早馬を使うでしょうから……王都までの距離と彼らが王都で会議を開いて結論を出すと考えれば相当に時間がかかるでしょうねぇ。まあ、相当早く見積もって一月程度ですか」


 それを聞いてホッとする。もし、明日にでも暗部が俺達を狙うなどと言われればどうしようもなかったからだ。

 だが、それでも何も解決したわけではない。他の問題に関しても、考えなければ。


「まず、問題は……弱ってしまったティータの事もだったよな?」

「その通りです。まず、ティータさんの容態ですが……相当に悪いです。本来であれば妖精種であるティータさんが普通に生活していて生存する可能性は殆どありませんでしたからね。ですが、純度の高い魔石を薬として飲み込ませていたことで、なんとか体を維持して人間としての肉体を安定させていたのですよ」


 ……それは、召喚獣と一緒の方法だ。

 魔力をためるために魔石を飲み込むと言う方法が、ティータにも同じように有効だったという訳か。


「しかし、少し前からその方法でも肉体と精神の齟齬が無視できないほどに大きくなりました。その結果、魔力を無尽蔵に消費するせいで肉体が弱っているわけです。なんとか延命は可能ですが、このままの状態が続けば死ぬ可能性も高いでしょう」

「そこまで……なのか。原因は何なんだ?」

「詳しくは不明ですが……彼女を見ていた魔法使い曰く、更に肉体の変質が起きているようですね。その原因に関しては、目下不明だということでしたが」


 肉体の変質……それを聞いて、改めてティータは妖精なのだと実感する。

 何が切っ掛けになったのか……気になるが、今はそれよりも別のことだ。


「そして、次の問題は……この、不安定になっている妖精種が死にそうであると言う情報自体ですね。元々、そうなれば、王都でこの事態を把握している人間の中でも彼女を処分するべきであるという派閥の発言力が増すことになりますね。まあ、当然でしょう。わざわざ殺すのは手間も損失も大きいですが……死にそうならそんなに手間はかかりませんからね」

「なっ……!」

「そして、この派閥の追い風になるような問題がラトゥ様の存在です。私でも知っているくらい、ラトゥ様は有名ですからね。銀等級冒険者であり、吸血種の名家の一つの次期当主とも噂される人物。そんな彼女が貴族の家で歪な状態で生かされている妖精種を知ったという事実。これが大きな意味を持つわけです」


 その言葉に、ラトゥは不快そうな表情を浮かべた。


「……理解しましたわ。そして、その手段も。私のような立場の人間に知られたくない情報を知られた時に取る手段は……事実を認めず誤魔化すか、それか問題そのものを無くしてしまう事ですわね」

「ええ。ラトゥ様は今のところはまだ一介の冒険者でしかありませんが、魔種の一人である妖精種を使った実験や不当な扱いを魔種の貴族としての立場で糾弾されてしまえば大問題です。であれば、簡単なのは問題そのものを消し去ってしまう事……というわけですね」

「数の少ない魔種に対する非人道的な扱いは昔から問題になっていますものね。声を上げる同族が居なければ、問題になりませんもの」


 魔種というのは、生態の関係で種族の個体数が少ないことも多い。

 獣人や人がこの世界で一番多い理由は、やはり環境に左右されないことや、低燃費で増えやすい生態からなのだ。


「というわけで十中八九、ラトゥ様に余計な横やりを入れられる前に、妖精種が存在したという痕跡までも完全に抹消する流れになるでしょうね。全ての材料が、処分派に傾いている。さて、そこでアレイさんには選択肢があります」

「選択肢?」


 突然、俺にそんな提案をする借金取り。

 そして、イチノさんから受け取った物を机の上に置いた。それは、3枚の書類だった。そして、一枚目を俺の前に差し出す。


「まず、第一の選択肢は……ティータさんを連れて逃げるという選択肢ですね。まあ、これに関してはオススメしませんね。彼女の体は、逃亡生活に耐えられる状態ではありませんので。ですが、逃げるのであれば逃亡先やらは斡旋しますよ」

「……ティータが死ぬなら、それは選ばない」

「ええ、でしょうね。それでは、第二の選択肢ですが……こちらの契約書に名前を書くことですね。そうすれば、無事にアレイさんの悩みは消えて、おまけとばかりに借金はチャラになります。まあ、私としてはオススメしづらいですがアレイさんの現状はとても改善されるプランですよ」


 一切笑みを浮かべず、冷たい表情で伝える借金取り。

 そこだけ聞けば、確かにメリットしか無い……が、肝心な部分がすっぽりと抜け落ちている。それは、ティータのことだ。


「……その契約書に名前を書くと、ティータはどうなるんだ?」

「気になりますよね。この書類は貴重な魔具でしてね。名前を記入し同意すれば……対象者に関する記憶を完全に消去できるものです。今回であれば、ティータ様に関連する記憶全てですね。もしも記入した場合に、アレイさんの認識は、両親が不幸な事故で死んでしまって貴族としての立場を失ったので冒険者になったという、都合のいい改変をされた記憶だけが残ります。これは、暗部との契約にもなるので私は借金の取り立ても出来なくなりますね。とはいえ、しがらみが消えるので自由になれる選択肢ではあると思いますよ」

 ……やはり、そういう選択肢だろう。

 借金取りの言葉に、感情は見えてこない。ただ、事実だけを述べている。そして、最後の書類に目を向ける。


「……それ以外には?」

「最後の選択肢ですか? あまりオススメはしませんが……ティータさんを王家の血を引く存在だと準備して公表することですね。そうすれば、国は彼女を王族だと認めざるを得ないですからね。命が狙われるどころか、むしろ延命のための処置を向こうがしてくれることになりますよ。妖精種とはいえ、濃い王族の血を持つ存在は貴重ですし上手くいけば王族の血を濃くすることも出来るので喜ぶ人間も多いでしょう。それこそ、酷い目に遭うどころか宝物のように扱われてお姫様になれるでしょうね」


 まるで、メリットしか無いように伝える……いや、実際問題ティータにとってはメリットが大きいだろう。

 だが、その選択をすれば……


「その選択をしたら、ティータは……もう、会えないのか?」

「王家の人間である以上は、ティータ様は王宮で過ごすことになりますね。妖精種という事実を公表できない以上、合える人間は制限されます。大前提として、公表した後に知るべきでないことを知っているアレイさんは今後は首輪とばかりに相当な監視やらしがらみが付き纏います。まあ、それでも死者が一番少ない選択だとは思いますが」

「……だよな。他に選択肢は……ないんだよな?」

「私から提案出来る選択肢はありませんね。どうあがいても、これ以外の手を取る手段はアレイさんも私も持ち合わせていませんよ。どれだけ抵抗をしようと、無駄になるでしょうね」


 その言葉に嘘はない。

 ……しかし、どの選択肢も俺もティータも幸せになる事は出来ない。だが、どれかしか選べないのだ。


「さあ、どうしますか? 私はどの選択肢でも問題はありません」

「召喚術士さん……」


 静かに聞いていたバンシーが、心配そうに俺を見て声をかける。

 だが、それも聞こえないほどに俺は悩んでいた。


(……逃げる意味は無い。忘れる? そんなことを出来るなら……悩まない。でも、もう会うことが出来ない……それでも)


 俺がどうしたいのか。どうするべきか……そして、誰のために選ぶのか。

 定まらないまま、俺は決断しようとして――


「――いいえ、もう一つ選択肢はありますわ!」

「……ラトゥ?」


 バンと机を叩いて、ラトゥが声を上げたのだった。

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