第90話 ジョニーと階層の守護者と

 サラマンダーを倒してから数時間程。休憩を挟みながらシェイプシフターによる先導で進んでいけば一階層目の最奥らしき場所に辿り着く。

 あの後に目新しいモンスターはおらず、シェイプシフターも斥候に慣れたのか先に行く道で大規模な数のモンスターに出会う事もなかった。おかげで、消耗も少なく辿り着けたが……多分、今までならもう少し消耗も多くここで引き返す選択肢もあったかも知れない。

 そこで、ラトゥとダンジョンについての相談をする。


「ラトゥ。ここまでの距離としては、まあ一般的なダンジョンくらいの長さか?」

「ええ、そうですわね。一階層でこの距離だと考えて……もしも最大五階層まであると考えますと……長くなっても降り立つまでは四日程になりますわね」

「なるほど。それなら持ってきた食料は十分足りるな」


 下に行くほど広くなるダンジョンもあるらしいが、一般的なダンジョンであれば階層当たりの距離は一層目で割り出せるらしい。俺には経験は少ないのでそこを割り出す計算などは出来ないが、ラトゥはその経験があるので可能だそうだ。


(まあ、あくまでも問題無くスムーズに進めた場合なんだけどな)


 例えば、道中の攻略で詰まる場合。予想外の怪我やトラブルによって、進行が遅れる場合などもある。それを含めると幾らでも時間は伸びる。これを前提にしすぎると痛い目を見る事は多い

 だが、距離的な概算が出るというのは気分的にも予定を立てる上でも重要な事だ。


「……ここなら大丈夫か?」

「!」


 シェイプシフターは、ボス達から見えない死角に案内してくれた。

 そこから観察する……この一階層を守るボスだ。


「……なるほど、アレがボスか」

「バーサーカーの親玉のようですわね」


 そこには、大きな焚き火を囲んでいる十数匹ものバーサーカー達。それぞれが踊ったり叫んだりと統一性のない動きをしている。

 そして、そんなバーサーカー達の奥に座っているのは……普通のバーサーカーの倍ほどのサイズもある巨大なバーサーカー……長とでも呼んでおこう。バーサーカー達を眺めながら、退屈そうにしていた。

 ……ふうむ。


「流石に数が多いな……ボス単体でも面倒そうだけども、バーサーカーの数がここまで居ると……」

「そうですわね。あの物量ですと、正面切っての私たちでの対処は厳しいですわね」


 痛みを感じず、狙った標的をひたすらに殺すまで止まらない敵。

 数が多ければ多いほど、その脅威は高くなっていく。


(……長を含めたバーサーカー達がどういう戦い方をするタイプかは分からないが……長が統率するタイプなら面倒だな。全員が狂化している状態なら、戦えていたバーサーカーが司令塔を手に入れるとなると相当苦戦するだろうし……)


 元々、最初に戦ったときこそ楽に見えたが戦力という面ではどうしても一手足りない部分がある。ここに来て火力不足という弱点が見えてきた。せめて、それを誤魔化す何らかの手段があれば……

 ん、待てよ? ……いや、戦ってみないと分からないか。


「よし、とりあえずは……今のメンバーで行ってみるか」

「召喚術士さん、作戦は何かあるんですか?」

「そうだな……シェイプシフター。ちょっといいか?」


 そして、俺はシェイプシフターに模倣をさせる。

 ……さあ、どうなるか。



 ――火を囲んでいるバーサーカー達の中心にいる長は、ふと何かがやってくる事に気付いた。

 それは、1匹のバーサーカーだ。手には殺したのか獲物を引きずりながらやってきている。


「ぐあるぐうううがあ?」

「がるがあ!」

「ぐうるう!」


 叫びながら、意図を訊ねる叫びをするがそのバーサーカーは何も答えない。

 その瞬間に長は、反応を返さないバーサーカーを異物だと断定して殺せと部下に指示を出そうとする。

 だが、その指示よりも早くやってきたバーサーカーの持っていた、死んでいると思った獲物が動き出して長に何かを投げつける。それは自分の目に入り込み視界を潰す。


「ぎゃるぐああ!」

「がああぐう!」

「ぐわう!」


 長は何かをぶつけられて思わず仰け反る。その行動に部下達は怒り狂いながら、その獲物とやってきたバーサーカーに向かっていく。

 そして、長も目を擦りながら視界が戻ると……なんと、いつの間にやら敵が混じっている事に気付いた。

 男と女。そしてモンスター達。何故ここに居るのかは理解出来ないが、それでも狙うべきは理解する。狂化した部下達に対して、指示を飛ばした。


「ぎゃるぐあるがあ!」

「がうあああ!」


 その叫びによって、部下のバーサーカー達は最初に狙うべき敵に殺到していく。

 狂気に飲まれた部下すらも、従えるのが長の力であり長自身も戦える。そのまま、部下達は敵に向かって突撃して殺し合う中に長も混じり、敵に向かって武器を振るう。

 女が潰され、男が切られ、モンスター達も体を分割されていく。だが、それでも諦めずに立ち向かってくる。


「がうわあああ!」


 まるで、自分たちのようだと思う長。だが、こちらには長たる自分がいる。数の優位は……そこで長は気付いた。

 自分たちの部下の数の少なさに。いつの間にか、半数がやられていたのか? だが、それもおかしい。


「――っ!」


 突如として、自分たちに向かって何らかの攻撃が襲いかかってくる。

 その衝撃波によって部下達は全員弾き飛ばされ……死にかけていたはずの男達まで巻き込まれる。そして、全員が魔石に変わる。魔石に変わったと言う事は、同じモンスターだということだ。


「ぐるがあああ!?」


 理解が出来ず、攻撃の方向を見ると……そこには、先程まで戦っていたはずの男達が無傷で立っていた。

 ――そして、理解する。自分が罠にかけられたと。


「ぎゃうぐううううう!!」


 怒りは、長から知性を奪い去る。そう、長となってから捨て去った狂気を取り戻した。

 ――そして、怒り狂った長は男達へと襲いかかる。



「――クソ、そう簡単にはいかないか!」

「ですが、バーサーカー達は同士討ちで全滅しましたわ! 幸運ですわね!」


 そう、俺がやったのはバーサーカーを模倣したシェイプシフターに、獲物を仕留めたように見せかけるためにザントマンを引きずっていって貰ったのだ。

 ここで、もしも長が問答無用で殺すタイプだったら危険だったが……まあ、それは賭けだ。現状の戦力で正面切って十数体のバーサーカー達と長を相手に戦って勝てる算段はなかった。そして、一瞬の隙にザントマンの砂によって長に対して幻惑をかけ、半数のバーサーカー達を幻惑で俺達に見せかけたのだ。


(まあ、幻覚さえ見せれれば半数は長が叩き潰してくれるからな。全滅は出来過ぎなくらいだ)


 バーサーカーの頭数が半分になれば、まだ戦える。バーサーカー共が全滅すれば、十分に勝算はある

 だが、それでもきっと楽な勝負ではないだろう。


「ザントマン、いったん下がって貰うぞ!」

「はいはい、死ぬかと思ったよ。まあ、久々だし良い仕事はしたんじゃないかな?」

「ああ、助かった!」


 笑顔で手を振って送還されるザントマン。

 そして、送還したザントマンの次にに呼び出すのは――


「アガシオン!」

「あ、呼ばれて……ひえっ!? て、敵!? も、もう鉄火場なんですか!?」

「いくぞ!」

「は、はい! わ、分かりました!」


 慌てながらもアガシオンはすぐに理解して戦闘に思考を切り替える。

 そして、ここから長と俺達の本当の戦いが始まるのだった。

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