第88話 ジョニーと本領と

 ――話も終わり、休憩を終えてから俺達は改めて進み始める。

 ダンジョンの先は長い。慎重にシェイプシフターに先を確認させながら進んでいく。周囲を観察しながらも、入手出来そうな素材などは幾つか見つけた。

 しかし、それを持って帰るには自分の持てるだけのリソースが足りない。だから、記憶するだけに留めておく。それに、こういった場所で取れる物よりも奥に行けば手に入る可能性のある魔具やボスの魔石の方が価値は高い。


(……確か、冒険者には入手した素材を担ぐための役割もいるらしいな)


 荷担ぎをメインにしているタイプの冒険者は、グレムリンに近いような道具を駆使して戦うらしい。

 アイテム屋などとは一部で邪揄されたりするが、優秀な荷担ぎがいるチームは普通のチームの倍以上の稼ぎを叩き出すらしい。


(そういう役割の出来るモンスターと契約出来たら……いや、それだと常に出している枠が埋まるな。うーむ、結局は痛し痒しって感じだな。戦闘能力自体は低いらしいし)

「!」

「ん? ……なるほど、先にバーサーカーがいるみたいだ」


 シェイプシフターの意思表示に伝えると、何故かラトゥやバンシーは首を捻っている。分かりやすいと思うんだがなぁ。

 シェイプシフターの誘導に従って死角に入って先を確認する……やはり、バーサーカー達は火を焚いて踊っていた。気になり、思わず口に出す。


「……なんで踊ってるんだ?」

「そういう習性のモンスターではありませんの?」

「その可能性もあるんだが、なにか気になるんだよな……わざわざ火を焚いて踊るってのは意図がないとやらないだろうし……何よりも、モンスターとしての行動原理に合わないよな」


 ダンジョンというのは、言わば防衛機構だ。

 核を守り、侵入者を狩るためにモンスター達は生まれてくる。だというのに、それに合っていない行動をしているのは気になるが……


「……いや、まあ今考える事じゃないな。他に道はあるか?」


 その質問に首を横に振るシェイプシフター。

 一本道。バーサーカーは避けて通る事は出来ないようだ。ならば仕方ない。戦闘開始となるだろう。


「とはいえ、さっきも戦って思ったけどバーサーカーと正面切って戦うのはリスクが高い。今回は……7匹もいると手が回らないな」

「どうしますか? 私も、流石にあのモンスターを消し飛ばすのは難しいですよ」


 バンシーに魔力をつぎ込めば出来ない事もないだろうが……道中でそこまで使ってしまうのも難しい。

 魔力の回復の時間などを考慮しても難しい。


(ふうむ……)


 状態異常が効くなら、ザントマンを呼ぶのもありだが……どうにも、あの状態だと効果は薄そうだ。失敗リスクが高い。

 ……待てよ?


(ラトゥにも聞けば良いが……これ、いけるんじゃないか?)

「あ、あれもしかして……」


 バンシーの言葉も反応できず、脳裏で考えた作戦が実現可能ではないかと思い至った俺はラトゥへ声をかける。


「……よし。決めた。ラトゥ! 頼めないか!」

「っ、え、ええ! 何を致しますの? 私に任せてくださいまし!」


 勢いに押されてラトゥも元気に返事をしてくれる。

 その心強い言葉に、俺は思わず笑みを浮かべそうになる。


「それなら、俺に良い考えがるんだ」

「……あ、嫌な予感がします」

「ナンダカ懐カシイナ……」

「えっ、えっ? どうされましたの?」


 何故か、諦めたような目をする二人に困惑するラトゥ。

 失礼な事を言う奴らだ。俺はいつだってその時取れる最善の作戦を考えているだけだというのに。



「ぎゃるぐわっ!」

「ぐうううう!」


 踊りながら叫んでいるバーサーカー達に向かって、俺は石を投げる。

 当たりはしなかったが、カツンと当たった音でこちらに振り向いた。


「ぎゃう?」

「がうぐる!」


 そして、こちらを見つけると怒り狂って向かってくる。

 その勢いは、手に持った鉈で叩き切られる前に潰されてしまうのではないかと思うほど……いや、思うだけではなく正面からぶつかれば間違いなくその想像する未来が待っているだろう。

 そして、バーサーカー達は――


「ぎゃっ!?」

「ぐわっ!?」


 突如として、目の前からバーサーカー達が消え去る。そして、背後から聞こえてくる音……しばらくすると、俺に魔石が降り注いできた。

 ――よおし、成功だ。


「よし、やっぱり考えたとおりだったな! 狂化しているなら、こういう細かな部分に気付かないだろうから引っかかると思ったんだよ」

「……いいんですかね? これ」


 さて、何をしたのかと言えば……シンプルな作戦。トラップだ。だが、ダンジョンというのは基本的に壊す事は出来ない。壁や地面もそうだ。だから本来は無理だろう。

 だが……


「……その、もういいですの?」

「ああ、ありがとうな。ラトゥ」


 そう言って降り立つのはラトゥ……そう、吸血種という種族の能力を使って天井に張り付いて貰っていたのだ。

 冒険者であれば、様々な道具を持ち込む。ロープなんていうのも当然色々と使えて便利なので基本装備だ。それをグレムリンに網に加工して貰ったのだ。強度的な不安もあったが、そこはグレムリンの技術力の感謝だろう。


「驚きましたわ……まさか、私に天井に張り付いて合図まで待って欲しいなんて頼まれるとは思いもしませんでしたの」

「吸血種って多分、そういうの得意そうだからと思ってな。」

「……もしかして、召喚術士さん。吸血種を蝙蝠だと思ってます?」

「そんな事はないぞ?」


 まあ、イメージはしたが。

 天井に張り付いて、網に踏まれた感触があれば持ち上げて欲しいと頼んだ。そのままではバーサーカー達に破られる可能性が高いように思えるが、網でお互いの体が邪魔をするのだ。そうすれば、簡単には抜け出せない。

 そして、網の中に捕らえられた奴らに対してバンシーが超音波で相手が動けなくなるまで攻撃をする。網に捕らえられて逃げ場のない中で攻撃を食らってしまえば、狂化していてダメージを無視出来るといっても肉体が耐えられなくなるわけだ。


「ダンジョンで罠っていうのは、あくまでもダンジョン側が冒険者側に仕掛けるものだからな。狂化しているモンスターに、視界の悪い中で頭上へ注意を払うなんて難しいだろうしな」

「……一緒に冒険しに来てくれた冒険者さんでも、普通に私たちと同じように使う辺り凄いですよね……」

「吸血種ッテ、ソウイウ戦イ方デイイノカ?」


 散々な言われようだ。

 ちょっとだけ凹んでしまいそうだ。


「ラトゥ的に問題はあったか?」

「そうですわね……私としては、発想が驚きですわ。ダンジョンを攻略する上で、先に待つモンスターを誘い出して戦うは多いですし時に罠を仕掛ける事もありますわ。それでも、こんな風に積極的に罠を仕掛けるという事はしませんもの。ある意味では、完成された戦術だけではなく手札を使う召喚術士だからこそという気はしますわね」

「ということらしいぞ」


 そういってバンシーとグレムリンを見るが、二人の視線は微妙だ。

 だが、作戦を実行してくれた本人がフォローをしたのだ。問題はないはずだ。


「ただ、難しいですわね……あんまり多いと、網が持ちませんし私も正直限界ギリギリだったというか……天井に張り付くのも、意外と大変ですの……」

「えー……そうなのか……」


 どうやら、誰にも同意は得られなかったらしい。有用性はあるし、楽に倒せるがリスクも高いと。

 会心のアイデアかと思ったが、そうはいかなかったようだ。ちょっとだけ残念だという気持ちのまま先に進んでいくのだった。

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