第57話 ジョニー達は苦労する

「うん、見せてくれてありがとう」

「……あ、終わったみたいだな」

「あはは、長かったね……」


 さて、地図を貸してから熟読して何かを考えているエリザを警戒していた俺達だったが……流石に、十分以上は読み込んで周囲に目もくれないとなると手持ち無沙汰になり、仕方なく終わるまで他のことをする流れになった。スープを飲み終えて、片付けをし、帷の回収準備もしていつでも出発できる用に準備をしたあたりでようやくエリザは地図を読み終わったらしく、返却をする。

 地図を受け取ったリートがルイに渡すと、エリザは続けて何かを取り出す。


「お礼に【血の花園】が先に最下層まで進んだ地図から渡すよ」


 そういって、懐から出した地図を渡される。一瞬だけ見たが、それはマッピングの他にしっかりと情報が書き込まれていて思わず驚いた。こういったときに渡す地図は基本的に簡単に地形を書いたような地図であることが殆どだからだ。地図だけでは価値はないが、第一線で活躍する冒険者の思考や考察が書かれた地図は金を積んでも買えないレベルだろう。

 それを受け取ったリートも驚き、ルイに渡すと話が上手すぎると思ったルイは自分の地図と照らし合わせながら真贋を確認している。そして、本物だったらしく訝しげな目でエリザに質問する。


「間違いなさそうだが……こんな地図をよく渡すな? 最下層までの情報が書き込まれた地図を渡すなんて」

「ああ、君たちは見所があるからね。ハズレルートを無為に通らせるよりは時間の節約になった方が良いと思ったからね」

「見所があるって……迷宮の攻略を目指してるんだろ? なんでわざわざライバルを増やすんだよ」


 ルイのとげとげしい言葉だが、同意だ。最初に誰も攻略できなかったダンジョンを攻略する栄誉は人の生死がかかってもおかしくない。

 そんな疑問に対して、にこやかな笑顔で応えるエリザ。


「――実力も無いようなゴミが攻略できるなら、このダンジョンは私たちがもう攻略してるからだよ」


 至極当然とばかりに答えるエリザ。

 ――傲慢な言葉だが……それは、当然とばかりの自負だった。そして、それだけの実力を持つ冒険者が攻略を素直に出来ないと判断するほどに迷宮の最奥に辿り着くのは難しいと言うことだろう。


「……ああ、でも【血の花園】の仲間が来たら内緒にしててくれるかな? 地図を勝手に渡したことがバレたら怒られるからね」


 そう言って、手を振って俺達が行く予定ではない十字路の道へと消えていくエリザ。しばらく俺達は戻ってこないか様子を見て……そのまま気配が消えて一息ついて帷を片付け、出発の準備をする。

 ……なんというか、暴走したミノタウロス達がやってきた時を超えるような嵐が過ぎ去ったような気分だった。



 ――さて、なんとも言えない出会いから俺達は先に進んでいく。

 面倒な相手だったが、それでも情報は確かだった。言われたとおり進んでいくと、道に一切の嘘はなかった。苦々しい顔をしているルイにリートが苦笑しながら言う。


「――まあ、迷惑をかけられたことを差し引いて……プラスだね」

「だからムカつくんだが。計算してたろ、あいつ」

「……してたろうな」


 飄々とした冒険者だったが、それでも有益な情報を渡してくる当たりは本当の悪人ではないのだろう。

 まあ、巻き込まれる側は苦労するが。

 しかし、一人だけで余裕な表情を見てダンジョンを闊歩している以上は実力は本物だ。銀等級冒険者……実際に見れて良かった気持ちはある。


(……気づかれずに入って来たのは、シンプルに隠密だったのか? 魔法を使った可能性もあるか……吸血種は、強いが弱点も多いから、それを上手く利用すれば……)

「あ、あの……召喚術士さん、絶対に喧嘩したらダメですからね?」

「ジュルジュル」

「俺をなんだと思ってんだお前ら……スライムまで珍しいな」


 俺が戦闘狂だと勘違いしているが、別にそんなことはない。

 ちゃんと理由がないと戦わないぞ。


「こ、怖かったですから……アレ、本物の怪物ですよ……ダンジョンの中でも、あんな化け物いませんから……」

「ジュルウ……」

「……そこまでなのか?」


 俺達も確かに警戒はしたが……ここまで怯えるほどではなかった。

 確かに、思い返すと喋ることすらしていなかったし触ろうとしたエリザに対してアガシオンは完全に蓋を閉じて震えていたしスライムは今にも溶け出しそうなくらいに震えていたし。


「うぅ……魔力体じゃない皆さんがうらやましいです……私たちから見たら、下手に触れるだけで吹き飛ばされるような威圧感でした……」

「ジュルジュル!」


 ……魔力で体が作られているモンスターは魔力を感じ取る能力が大きいというが……ふうむ。

 吸血種という種族の力。そして、銀等級冒険者という前線で戦い続けている事が繋がっているのだろう。


「……そういえば、他の仲間って言ってたよな。もしかして、この先に進んでいる最中に他の【血の花園】のメンバーに会う事があるのかね」

「どうだろう……まあ、さっきの人みたいなタイプじゃないことを祈りたいかな」

「そん時は本気で頭ぶち抜いてやる」


 なんとも力無く笑顔を浮かべているリートと、もうすでに殺す気が満々なルイ。まあ、最初の出会いから行動まで最悪だったからな……

 とはいえ、リートが思った以上に苦手なタイプだったらしい。俺達の中で過ぎ去って一番ほっとした顔をしていたし、現在も思い返して本気でエリザともう出会いたくはないと言う顔をしている。


「まあ、話を変えて……銀等級冒険者達が正攻法じゃ最奥まで辿り着けないと言っていたね。まず、嘘をつく理由がないだろうし……そんなケチを付ける人じゃないのは確かだから間違いないだろうね……まず、このまま攻略しても辿り着けない可能性は高いけど、どうするか。一応意見を聞いてみたいんだけどどうかな?」


 そういって、リートは俺達を見る。一応は現在のリーダーというかまとめ役のリートは一応聞いておきたいのだろう。

 しかし、答えなど決まっている。


「そりゃ、行くに決まってる」

「他人の言葉だけで止まるなら、冒険者やってねえよ」


 俺とルイの言葉にヒルデも頷いている。リートも、分かっていたのか頷き返している。

 ……冒険者というのは、未知なるダンジョンに挑み命を掛け金に様々な物を持ち帰ってくる職業であり……リスクを取って当然の商売だ。虎穴に入らずんば虎児を得ずと言う格言があるように、例えそれが信用できる雲の上の冒険者の言葉であろうと……それを鵜呑みにして足を止める理由にはならない。

 雲の上の存在でも攻略法が見つからないのなら、俺達が見つければ良い。そのくらいの気持ちがなければ、冒険者として成功など出来るはずもない。


「うん、そうだよね。それじゃあ、さっさとアレを倒して下の階層に行っちゃおうか」


 そうして指さした先に居たのは……この階層のボスだろう。

 道はそのままだが、そいつだけは動かずに階段の前を塞ぐように立ちはだかっている。全員は準備をして臨戦態勢に。


「了解だ。アレイ、今度はへばるなよ?」

「分かってるさ」


 苦笑しながら、召喚符を構えてスライムとアガシオンに視線を送る。それぞれが、動くための魔力を込めて準備完了だ。

 ――さて、迷宮で最初のボスとの戦いが始まるのだった。

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