第28話 ジョニーはツテを得る

「やあ、初めまして。僕はこの店の店主をしているストスと言うんだ」

「ああ、どうもご丁寧に。冒険者のアレイです」


 そんな風にお互いに頭を下げて最初の挨拶をする。

 貧民窟という場所で商売をしている人間との初の邂逅ではあるので気構えてはいたが……なんとも温和で平和な挨拶からのスタートだった。


「それで、今日のご用件は何かな? 君みたいな真っ当そうに見える冒険者がわざわざウチを利用するようには見えないけども」

「ああ、今日来た用事はお使いなんで。俺が直接売り買いしにきたわけじゃないです」

「お使いというと?」


 疑問符を浮かべる店主のストスに、俺は借金取りから受け取った手紙を店主に渡す。

 ストスはそれを受け取ってから慎重に開いて内容を見る。そのまま内容を見聞しているのか、沈黙が続く。


「……少し内容をちゃんと見るから、待っていてくれ。終わったら声をかける」

「ああ、分かりました」


 そう言って奥に行くストス。一体どんな内容だったのか……と考えて、やぶ蛇はイヤなので思考を打ち切る。

 ……思いのほか暇な時間になったので、ルイに声をかけて聞いてみる。


「なあ、ルイ。ちょっといいか?」

「ん? なんだ?」

「この店の店主って、どういう人なんだ?」


 まだ、人となりを知らない俺よりも付き合いがあるらしいルイの方が店主に関しては詳しいだろう。もしも、何か注意点などがあるなら教えて貰えればと思い聞いてみた。

 適当な魔具を見ながらイジっていたルイは、その質問に少し考えてから答える。


「んー、魔具のことを愛しているって公言してる変態野郎」

「……なんとも困る評価だ」

「だって、そうとしか言えないだろ。元々、魔具を扱うための資格までちゃんと取った表の真面目な人間だったっていうのに、ちゃんとした魔具屋じゃ扱っても良い魔具に限界があるからってわざわざ貧民窟で違法な魔具屋を経営してるんだぞ。普通の神経してたら、好きな物を好きに扱うために犯罪行為に手を染めて自分から居場所を捨てるなんて変態としか言えないだろ」

「そりゃ筋金入りだな」


 しかし、気持ちは分かる。実用性なども一つの要素だろう。しかし、好きが行き着いた趣味の先というのは道楽の極みなのだ。だから、それを仕事にするならもはや採算だの普通の常識などを超えてしまう。この店はその一種なのだろう。

 とはいえ、常識を捨てすぎている気もするが。もしも摘発されて処罰される際には死罪になるリスクまであるのだし。


「貧民窟でガキを使う様子もなけりゃ、どっかの犯罪組織に擦り寄る気配も見えねえ。逆に手を出すにはどんな魔具を持って使えるかも分からないからうっかり手を出せないって面倒くさい場所なんだよ。多分、人間よりも魔具の方が好きで噂だと、伝説の生きてる魔具を見つけて自分の嫁にするのが目的だなんて……」

「ルイ。お客様に変なことを吹き込まないでくれよ。僕はちゃんとした魔具屋なんだからさ」

「普通の魔具屋は違法な品を扱わねーよ」


 帰ってきて否定するが、ルイからもっともな意見を聞いたストスは肩をすくめる。そして、俺を見てから渡した手紙とは別の封筒に入っている手紙を渡してくる。


「ありがとう、確認したよ。それが返事の手紙だよ、ご苦労様だったね。そして、ここからは手紙とは関係ない話だけど、アレイくんがもしも魔具を見つけて売りたいときはウチに持ってきてくれると助かるな。表の魔具店よりは良い価格で買い取るよ」

「……それはありがたいですけど」

「一応行っておくと、冒険者ギルド近くでの魔具の買い取りは相当に安いよ? 貴重な魔具だったとしても、コネでもない限りは買いたたかれる。その点、僕の店ならこれでも儲けては居るからね。ちゃんと価値のある魔具なら適正以上の値段で買うし、多少質が低い魔具を見つけたとしても買い取り拒否はしないよ」

「いつ聞いても、胡散臭いよなぁ。コイツ」


 ルイの言葉に思わず同意したくなるが、あの借金取りと繋がりがあるというのならそこそこに信用はおけるのではないだろうか?

 それに、魔具屋としても繋がりのある俺を騙した所で手に入る物は少ない。元々、立場だけで考えるなら危ない橋を渡って生きている人間だ。それなら、言葉に嘘はないのだろう。そうやって色々と考えた結果、俺の答えは一つになった


「分かりました、また、ここに売りに来るんでよろしくお願いします」

「……本気か? いやまあ、止めないけど」

「うん、こちらこそよろしく。アレイくん」


 ルイのドン引きするような声を聞かなかったことにして、ストスの握手を求めた手を握る。

 ……なんとなく、進んでは行けない道を通っているような気分にはなる。しかし、それでも今更このルートを外れるわけにはいかないだろう。初心貫徹というわけではないが、もう手段は選んでいられる立場でもないのだ。


「さて、それじゃあ今日はどうする? もしも、良い魔具があるなら僕が買い取るけど」

「んー、手持ちは……そうだな」


 召喚符を起動。すると、ぽんと出てくるのはアガシオン。いつも通り隠れているが、自分が突然召喚されたことに戸惑っているようだ。


「わっ、よ、呼びました……? ここって、地上ですよね……」

「おお、それが召喚獣か。初めて見たね。ほー、モンスターをこうして使役出来るっていうのは面白いね。実用性はどの程度あるのかな?」


 興味津々打という表情でストスはアガシオンを見ている。怯えながらも、アガシオンは今どこに居るのか確認するために周囲を見渡す。

 ……その段階で気づくべきだっただろう。そう、コレは俺のミスだ。こうなることは予見してしかるべきだった。


「――えっ!? この前衛が使う盾の魔具、凄い状態が良いですよ! 普通は使われてもっと傷だらけなのに! こっちはもしかしてですけど、魔法使いが使うための補助魔具じゃないですか!? 魔力を込めると、擬似的な人格がサポートをしてくれるから本来の実力の倍以上を発揮出来るっていう!」

「……ほお! お目が高いね! その価値が分かるって言うのは中々居ないよ! 自分の使う魔具以外に関しては冒険者なんていうのは全く門外漢だからね! これがどんな魔具か分かるかい?」

「そ、それは! もしかして、擬似的に竜のブレスを再現するという……!」


 コレクター気質のアガシオンと、コレクターが行き着いて店主になったであろうストスの二人が出会ったらこうなるであろうという事を。そう、俺だって話の分かる人間と戦術談義なんて始めてしまえば止まらず周囲も目に入らなくなるに決まっている。

 コレクターとしての顔になった二人も、モンスターと人間だとかそういう細かい垣根は全て消えてしまった。二人は俺達の声も聞こえずに魔具を前に楽しそうに語り合いを始める。そうして困るのは、放置された俺とルイの二人だ。


「……ストスがああなったら長いぞ?」

「だろうなぁ。とはいえ、外に出るわけにも行かないしなぁ」


 貧民窟は、当然ながら安全な場所などではない。

 こうして余裕を持っているし、この店の空気で勘違いをしそうだが本来は観光気分で行けば命すら失う可能性のあるような場所なのだ。金のない貧民だけでなく、裏社会の住人なども隠れ住んでいる危険地帯。なので、こうしてここで待つしか無い。


「そっちは時間は大丈夫か?」

「ん? オレか? 大丈夫だよ。特に今日は用事がないからアレイの用事が終われば外まで案内するつもりだから気にすんなよ」

「帰り道の案内まで……本当にいいのか?」

「ここまで付き添ったんだから、最後まで面倒を見るのが筋ってもんだろ。それに、迷惑をかけた分もあるからな」


 ……思った以上に面倒見が良いな。気にしなくて良いのに。

 お言葉に甘えて、ここは頼っておく。このお礼は、何か別の機会にするとしよう。


「ありがとう、助かる」

「ただ、ここに来るにしても今後は貧民窟をうろつくような事はしない方が良いぞ。あんた、かなり育ちいいだろ? 貧民窟じゃ目立ちすぎる」

「……あー、やっぱりそういうのって分かるのか?」

「立ち振る舞いで大体分かる。ここに住んでる人間の間ですら、自分たちの縄張りに居なかった人間には敏感なんだ。外からきて歩き方も分からない人間なら一発で分かる。まあ、そうじゃないとこの貧民窟で無事に生きていけるわけがないからな。身を守る手段はあるとしても、騒ぎにはしたくないだろ?」

「そりゃそうだ。忠告助かるよ」


 感謝しながら、ダンジョンであの二人がルイの事を見る目があるといっていたのはこういった場所に生きてきたのが理由なのかもしれない。それなら、見る目を信用する理由も分かる。


「もし、貧民窟に用事があるっていうならオレに声をかけてから行けよ? 知り合いが歩き方も分からないままに騒動に巻き込まれたら気分が悪いからな。まあ、リートとヒルドの二人の用事があるならそっちが先決だけどさ」

「リートとヒルド……ああ、あの冒険者仲間の二人か。あの二人は貧民窟出身じゃないんだよな?」

「ああ。オレと違って生まれも育ちもあの二人はちゃんとしてる。リートは普通の武器屋の次男だったし、ヒルドは由緒ある家の子供なんだ。オレには不釣り合いなくらいに良い仲間だよ」


 そういうルイは、優しい表情を浮かべている。本当に信頼している仲間であり、友達なのだろう。

 貧民窟の子供と、武器屋の次男。由緒ある家の子息という決して交わる事のないであろう立場の人間。だからこそ、今ここに至るまでに色々なドラマがあったのだろう。


「そういうのいいな。また、その話聞かせてくれよ」

「いいぞ。とはいえ、安くないからな? どっかの酒場で一杯奢ったときに話してやるよ」


 そう言って笑うルイに俺も笑顔で答えて、初めて冒険者として他人と友好的な会話が出来たんじゃないか。そう思うのだった。

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