第20話 ジョニーは最奥へ向かう
最下層に降り立ち、歩き始める。上層に比べると、道の数自体は多くなく合流する部屋も多い。
つまり、殆ど一本道のような状態だ。歩きながらも、どこからともなく聞こえてくるズルズルという何か巨大な物が這いずる音が緊張感を増している。分かれ道にさしかかった当たりでザントマンがストップをかける。
「……あ、そろそろ来るかも」
「どっち行けば良い?」
「左かな? 音の感じから」
「分かった……そこは確証持って言って欲しいけどな」
不意打ちされると勝てる要素は全くない。そんな風にボヤきながら、左の道へと歩みを進める。ダンジョンの壁を隔てた反対側からまるで地下鉄でも通るかのような轟音が聞こえてくる。
……こうして、常に最下層を這い回って徘徊をしているらしい。理由を聞けば、最下層でめぼしい餌を食い尽くしたからこそ餌を探すために常に動き回っているのだとか。
「ワームは上の階に行かないのか? さっきみたいな感じで」
「ああ、それは難しいんじゃないかな。基本的に住処は最下層で、誰かしらが侵入して奥のモンスターが倒された時だけ、餌を求めて上の階層にやってくるんだよ。だから、多分今日はもう動かないかな。階層の移動には魔力を使うからね」
「あー、つまりはワームが上の階まで上がってきてたのは俺達が原因って訳か」
「そういうことだねー。だから、アガシオンが無事なのも基本的にワームが最下層で這いずり回っているからなんだよね」
なるほど……つまり、今までの冒険者が帰ってこない理由はダンジョンのボスを倒した事でワームが動き出し、運悪く見つかって食われたせいというわけか。
なら、普段の餌はどうしているのだろうか? などの疑問が浮かぶが、それよりも気になる事があった。
「最下層を這い回ってるってのに、ワームに全く出会わずに帰れる事ってあるのか?」
「運次第かな。ワームって目が見えないからね。だから、感覚を頼りに追いかけるせいで結構見当違いな方向に進んだりするんだ」
「音とかではなくて?」
「音で反応してるならもっと食われてる奴は多いから……多分、魔力じゃないかな? 喰い漁って無駄に肥大化したせいで体の機能が追いついてないみたいなんだよね」
そんな風に言うザントマン。どうやら、歪な成長をすると悪い影響も出るようだ。暴食で成長したとしても決して一筋縄じゃ行かないあたりは面白い。
そこで、最奥に到達する。もう少し聞きたいことはあったが、時間的には間に合わなかったようだ。そして、部屋の奥で鎮座するボスを見る
「あれは……オーク?」
「そう、オークエリート。このダンジョンのミノタウロスと双璧を成してたモンスターの名残だね」
ダンジョンの核を守っているのは二足歩行して鎧を着たイノシシのようなモンスター、オークだ。
オークエリート。オークの中でも飛び抜けた戦闘力を持つ名前通り、通常のオークよりも知性や能力も高い。
上等な剣と盾を持って立ち上がり、こちらに視線を向けて構える。
「核を破壊する前に、あれを倒してからってことだよな」
「そうだね。それじゃあ、頑張ろうか」
ザントマンの声を聞きながら、オークエリートに向き直り召喚獣たちへ指示を飛ばすのだった。
「ブキイイイ!」
オークエリートは手に持った剣を持ち、ゴブリンに向かって突撃をしてくる。
「……来イ!」
オークエリートの大ぶりの攻撃を回避するゴブリン。
ゴブリンの能力は、道具を扱える事。それは、あくまでもどのような道具でもそれなりに……使っているゴブリンの腕を見れば駆け出し程度に使えるというだけなのだ。人間と違って、モンスターは道具を使う上で制限が多いのでそれでも有用な能力ではある。
だからこそ、オークエリートのようないわゆる上位のモンスターには勝てない。ああいったモンスターは武器などを習熟して使いこなす。そのため、純粋な競り合いでゴブリンが勝てる事はない。だから打ち合いを避けて回避し、一撃を狙うスタイルになる。
「ブギイ!」
「コッチダ!」
オークエリートの剣を回避しながら一撃を狙うゴブリン。しかし、盾に阻まれるせいで攻撃を当てる事は出来ない。失敗したと見れば飛び退いて相手の攻撃に当たらないようにする。
格上との戦いだが、これまでの戦いでの経験値と魔力によるブーストはゴブリンとオークエリートの1対1の戦いを成立させている。二人の打ち合いは徐々に過熱していく。
「ザントマン」
「はいはいっと」
だが、俺達も見ているだけではない。
俺の言葉で、ザントマンは砂を生成してオークエリートに向かって投げつける。しかし、その妨害を意に介さず食らっても瞬きすらしない。睡眠の砂は当然ながら効かなかったようだ。
「まあ、当然だよね。このダンジョンにいるんだからそりゃ耐性はあるよ」
「だよな。まあ、問題はない」
俺が確かめたかったのは、あのオークエリートが回避をするしかしないかだ。
こちらの妨害に対して何もしないというのであれば、こちらの想定通りのことが出来るはず。
「チッ!」
「ブギギ!」
オークエリートとゴブリンの勝負は、徐々にオークエリートが追い詰めてきている。
魔力を使って、ゴブリンに多少のフォローはしているがジリ貧である以上は勝つのは難しい。というか無理だ。そりゃゴブリン単騎でダンジョンの最奥のボスを倒せるなら冒険者なんてもっと溢れているし、夢のある職業になどならない。
オークエリートはゴブリンの攻撃を盾で弾き飛ばす……というか、あれはバッシュか。盾をタイミング良く武器に打ち付けることで弾き飛ばし態勢を崩す技術。そして、ゴブリンは無防備な体を晒してしまう。
――だが、それこそがこちらのチャンスでもある。
「よし、ザントマン! 今だ!」
「了解だよ!」
ザントマンは、もう一度オークエリートへと砂を投げつける。
当然、オークエリートは回避をしない。先ほどと同じだ。しかし、その砂は先ほどと違う。その砂を浴びながら振り下ろしたオークエリート……だが、その攻撃は空振った。それは、攻撃の位置がずれたからだ。体勢を立て直して立ち上がるゴブリン。
「――ブギ?」
「ア、危ナカッタ……」
――これがザントマンの能力、幻惑魔法だ。効果時間は相手にもよるが……ほんの1秒見せれるかどうかというラインだろう。それでも、眠りに耐性がある相手でも効果があるのは強力だ。
先ほど回避をしない事がわかったからこそ油断をしている相手に完璧に決まったのだ。砂の効果が切れるまではこちらが常に幻惑魔法をかけることが出来る。
「ぐっ……はぁ……くそ、魔力の消費が重すぎるな……ここからの作戦に支障はなさそうか?」
「うん。君の指示した幻覚ならもっと軽い消費で済むよ。でも、よく考えつくよね。こんな最悪なこと」
そんな風に言われながら、オークエリートとゴブリンの戦いを見守る。
先ほどのような、座標をずらすような派手な幻覚を見せる事は出来ない。しかし、それでも問題は無かった。
「グッ、プギ……?」
「ドウシタ!」
オークの動きが明らかにおかしくなる。ゴブリンの攻撃が突然として当たり始める。別にオークの動きに変化が起きたわけではない。ただ、反応がほんの少し遅れ始めているのだ。
「幻惑魔法で大きく変化させるとかじゃなくて、ゴブリンの動きをちょっと遅く見えるようにするって性格最悪だよね」
「認識をほんの少し遅らせるだけなら魔力もそこまで必要ないからな」
俺がザントマンに頼んだのは、ゴブリンの動きがほんの少しだけ遅く見えるようにする幻惑だ。
時間にすればほんのコンマ数秒程度のズレ。だが、先ほどまで打ち合っていたからこそ、この幻覚はクリティカルに影響するだろう。
(とはいえ、魔力がしんどいな……)
幻惑魔法に割く魔力は思った以上の辛さだ。
重たい荷物を持ちながら、マラソンをしているようなしんどさ。相当節約をした上でこれだとすると、魔法を攻撃手段として使う魔法使いという職業の凄さが分かる。今度から尊敬の目で見ることになりそうだ。
しかし、この作戦の良い所は一度でもズレを味わえば、幻惑魔法にかけてないタイミングにもズレを感じてしまうことだ。魔力を使わない時間も相手からすれば妨害されている気分になるだろう。
「グギィ!」
こちらを見て、オークエリートは向かってくる。どうやら、自分の身体の異常の原因に気づいて俺達に意識を向けたらしい。
状態異常の原因を先に叩く。それは正しいが……まあ、織り込み済みだ
「よし、逃げるぞ!」
「はいはーい」
ザントマンと俺は二手に分かれて逃げ出す。オークエリートは一瞬迷ってから、魔力の供給源である俺を狙ってか追いかけてくる。
「うおっ! こっちに来るなよ!」
「ブギィ!」
こちらを追いかけてくるオークエリートから逃げる。
本来なら、すぐに追いつかれるだろうが……先ほどまで戦っていたオークエリートと、魔力は使ったものの見学をして体力を温存していた俺では流石に疲労度合いも違う。それに、反撃する気がない俺の方が警戒をするオークエリートに比べて逃げるのは有利だ。
「グギッ……」
「クラエッ!」
そして、ゴブリンが追撃をしてくれる。
ゴブリンの疲労も相当だろうが、それでも魔力の補助やオークエリートが俺とザントマンに対して意識を向ける関係上で軽い物だ。
「ギギギッ……!」
もはや、オークというか歯ぎしりの音しか聞こえない。
もはや捕まえるのは諦めたのか、オークエリートは唯一の火力であるゴブリンへと向き直る。
「ザントマン!」
俺の言葉で、ザントマンは砂を投げる。オークエリートはその攻撃を回避せざるを得ない。
その瞬間に、ゴブリンの攻撃が当たる。ダメージにうめき声を上げながらも、盾と剣を構える。
(これで、ザントマンの砂に無警戒に当たるわけにはいかなくなったわけだ)
先ほどのタイミングをずらされる幻覚を警戒するなら砂には当たりたくない。しかし、それを警戒してゴブリンと戦うのは難しい。俺やザントマンはとにかく攻撃を捨ててまで逃げ回るので倒すのは困難だろう。
今回は持ってきた剣を使っているが、次にやるときはゴブリンに遠距離武器を渡して状況に応じて武器を使い分ければ良い戦術になり得る。毒が効く相手なら毒なんてのもアリだな。足が速い相手のために、逃げる何かを準備しても良い
「さあ、後はオークが死ぬまで追いかけっこだ!」
「ブギイイイイイイイ!!!」
地団駄の音と、怒りの遠吠えを聞きながら俺達はオークエリートを囲んで戦いを続けるのだった。
「グギギギ、ギ……」
こちらを見て血走った……というか、血の涙を流して倒れ伏して絶命するオークエリート。
魔石に変わっていくまで、ずっと睨んでいた。ちょっと執念が怖いな。
「ふう。思ったよりは余裕だったな」
「いやー、僕から見ても最低な戦い方だったねー」
「敵ナガラ可哀想ダッタゾ……シカシ、疲レタ」
「お疲れ様……いや、召喚術士くんも魔力こそ使ってたけどゴブリンくんとオークエリートの戦いを遠くからみてるだけだったし色んな意味で酷かったよ」
なんだよ。タイミングずらしでゴブリンの補助をしながら俺達は遠巻きにヤジを飛ばしつつガン逃げをするだけだったけど仕事はしてたぞ。
怪我だらけで、疲労困憊なゴブリンはそのままへたり込む。
「今日ハモウ、休ンデイイカ?」
「お疲れ。ゆっくり休憩してくれ」
「アア……」
そういって、召喚符へと戻っていくゴブリン。前線を一人で受け持って貰うという大役だったので本当にご苦労様だった。まあ、おかげで怪我をしなくてラッキーだった。
スライムを代わりに召喚する。魔力をかなり使ったので、頭痛があるとはいえ問題はないレベルだ。まだ魔力の余裕もある。
「さて、このままダンジョンの核を破壊すればいいわけだな?」
ダンジョンの最奥の構造は似ているようなので、以前の初心者ダンジョンと同じように最奥の部屋を進んでいく。
そして、ダンジョンの核がある部屋に入り……
「……ない?」
そこにあるべき核はなかった。あるべき場所には、謎の巨大な空洞があるだけ。
そして、ザントマンをみると困ったような笑みを浮かべている。
「実はさ、白状する事があるんだよね」
「……まさか」
「うん。まあ、予想通りかな」
突然、轟音が聞こえてくる。地面から地響きが鳴り、そしてそこに突如として出現する。
それは、徘徊していたはずの巨大なワーム。そのワームが、俺達を狙っていた。
「騙してごめんね? ダンジョンの核がある場所はね……あのワームの体内なんだ」
――どうやら、まだまだダンジョンの戦いは終わってないようだ。
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