16-3

 場が散開となると、謁見の間をあとにするエメにジルケはぴったりとくっついていた。その後ろに続きながら、ユリアーネがついに痺れを切らしたように言う。

「ジルケ様……少々くっつきすぎではございませんか?」

「あら。坊ちゃまは私の主ですよ? 配下の者が主にくっついていてはいけませんか?」

「近すぎるのです。坊ちゃまが歩きづらいですよ」

 エメを挟んでジルケとユリアーネが火花を散らす。それを見たニコライがおかしそうに笑った。

「モテモテっスね、坊ちゃん」

「面倒事は起こさないでください」と、エミル。「面倒です」

 見兼ねたラースがエメの肩に手をやり引っ張ると、ジルケとユリアーネはようやく睨み合うのをやめる。ふたりは、ラースには敵わないことを知っていた。

「……エメ」ラースが言う。「お前はユグドラシルの加護を手に入れたが、まだ体力値も魔力値も低く弱い。俺たちが護衛を続けることに、異論はないな?」

 エメは微笑んで頷いた。もとより、三人から離れるつもりはない。もちろん、ユリアーネともだ。

「いいな~楽しそう」ゲルトが言った。「俺も混ぜてよ」

「私は貴方様のことをまだ許していませんよ」

 鋭い眼光で言うユリアーネに、ゲルトは縮こまる。

「良いのではないですか。エメを守る人間は多いに越したことはありません。ゲルトさんには盾がお似合いです」

 少し面倒そうな表情でエミルが言う。ゲルトは一瞬だけ喜んだものの、その言葉に首を傾げた。

「それは坊ちゃんのためにハチの巣になれという……?」

「お察しの通りです。盾なんですから、当然ですよね」

「えー……護衛が三人もいるのにー……?」

「僕たちはエメの剣なので。盾はあなたに任せます」

 不満を申し立てるゲルトに、エミルは耳を貸さない。

 賑やかな日々が少し騒がしくなりそうだと思いながら、エメはラースを見上げた。その表情がほんの少し柔らかくなるので、エメも微笑み返す。ふたりのあいだには割り込めないと思い知ったユリアーネとジルケは肩を落とした。


   *  *  *

 アランがディミトリ公爵とともに王宮を訪ねたのは、その翌日のことだった。中庭でサバと遊んでいたエメのもとに、一目散に駆け寄って来る。

「エメ! お前――」

「アラン!」

 名を呼ばれたアランが足を止める。焦りの色を浮かべていた表情が固まり、再び動き出すのに時間を要した。

「お前……声……!」

 目を丸くするアランに、エメは照れ臭そうに笑う。アランは勢い良くエメの肩に手をやった。そして振り回す。

「よかったな! ほんと! よかったなー!」

 興奮が抑えきれないアランは、目を回すまでエメを振り回した。弱々しくエメが呼ぶので、ようやく我に帰る。

「しっかし、お前、可愛い声してんなー。一瞬、女の子だったっけ、って思ったぜ」

 エメが困ったように笑うので、アランは肩をすくめた。それから、明るい笑みを浮かべる。

「お前に聞いてみたいことがたくさんあったんだ」

「僕も、アランに話したいことがたくさんあるんだよ」

 嬉しそうなふたりにつられたのか、サバが勢いよくふたりに突進した。ふたりは揃って芝の上に倒れ、それからおかしそうに笑う。サバが高らかにひとつ鳴いた。


   *  *  *


 日が暮れた頃、エメがいない、とユリアーネが騒いでいた。ジルケは探さなくていいと言う。ジルケには居場所がわかるのだ。それにしてもひとりにしておくことはできない。ラースはジルケに居場所を聞き、そこへ向かった。


 エメは二階の端のバルコニーで街を眺めていた。

「おい、ひとりで勝手にうろつくな」

 ラースが声をかけると、エメは曖昧に微笑む。まだ、自分が何を考えていたかを話せるほどの言葉がないのかもしれない、とラースは思った。

「……ねえ、ラース」

 エメが静かに呼ぶので、ラースはそのとなりに並んだ。言葉を選んでいるのか、エメは少し間を置いてから言う。

「こんなこと言うと、怒られるかもしれないけど……。もし、僕がラースより……先に死んだらさ」

 ラースが眉根を寄せると、エメは目を丸くする。こんな顔をすると思っていなかったのだろう。何気ない会話のつもりだったのかもしれない。ラースは溜め息を落とした。

「聞くだけ聞いてやる。続けろ」

「ん。えっと……僕は二十年、寿命が縮んだんだよね?」

「そういうことらしいな」

「だから……僕が死んだら、二十年経ったときに、お墓に花を持って来てくれないかな」

「…………」

 エメは穏やかに微笑む。声が出るようになっても、この顔だけは変わらない。

「僕が、そこまで生きていたかもしれないから」

「……俺がそれまで生きていたらな」

 ラースはつっけんどんに言った。エメは嬉しそうな顔で礼を言う。礼を言われるようなことではない。だが、頼まれたからには遂行してやらなければならない。約束を違えるわけにはいかない。

「お前の寿命が八十だとしたら、死ぬのは六十だ。それから二十年も俺は生きてないぞ」

「ラースなら生きれるよ」

「俺をなんだと思ってんだ」

 エメがおかしそうに笑うので、ラースもつられて笑う。

 たとえ寿命が二十年も縮んでいたとしても、一日でも多く笑っていてほしい。過酷な日々を乗り越えたエメだからこそ、幸せに生きてほしい。そう願わずにはいられない。

 そのために必要なら、自分の力などいくらでも尽くして見せる。誰かのために剣を振るおうと思ったのは、弟が身罷って以来かもしれない。騎士が誰かのために剣を持つのは当然のこと。守る対象がいなかっただけだ。

 ようやく見つけた生きる意義。生を失った二十年後、花束を供えるのが自分ではなくエメであるように。神に祈りを捧げるなら、そう願ってもいいかもしれない。





おわり

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二十年後の未来に花束を 加賀谷 依胡 @icokagaya

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