16-1

 翌日、エメは護衛三人とユリアーネとともに謁見の間に通された。他にいるのは、赤髪の青年だけだ。

「よっす、坊ちゃん。元気してる?」

 エメが困って曖昧な笑みを浮かべると、エミルがその前に立ちはだかった。エミルは彼のことを知っているようだが、エメに近寄らせたくないらしい。

「怖い顔すんなよ~。今回の任務が成功したのは俺のおかげよ? むしろ感謝してほしいくらいだわ」

 肩をすくめる青年に、エミルは一瞥を与えるだけだった。

 アーデルベルト国王とクリスタ王妃が部屋に入って来ると、それまで飄々としていた青年も、護衛三人とユリアーネと同様に跪く。エメもそれに倣った。

 そこへ、ふわりと風が舞った。エメのそばに、ユグドラシルが現れたのだ。ユグドラシルも同じように跪いた。

「みなの者、此度の作戦、ご苦労であった。ユリアーネには混乱させてすまない」

「とんでもございません」

「よもや、ユリアーネが戦力を持つとは思わなんだ」

「勝手なことをし誠に申し訳ございません」

 ユリアーネは、自分に力を使わせてしまったことを、何度もエメに謝罪した。エメは、ユリアーネは大事な人だから当たり前のことをしただけだと何度も言った。クリスタ王妃の【祈り】により消費する魔力も抑えられている。生命力はほとんど削られていないはずだ。

 エメの腕輪にはスキル封じの腕輪がまた装着されている。スキル【捕縛解放】を使わなければ。エメの【癒し手】の発動を阻止するために必要なものだ。

「今回」アーデルベルト国王は話し始める。「一斉検挙したルーヴレヒト騎士団は、エメを捕らえていた盗賊団を統括していた犯罪団だ。おそらくエメの力を利用し、国家として独立する腹積もりだったのだろう」

 エメが感じていた同じような雰囲気は、間違いではなかったのだ。ルーヴレヒト騎士団の中には、エメと相見えたことがある者がいたかもしれない。

「主が捕らえられてから、八年が経っておりましたが」

 ユグドラシルが言う。精霊王という立場からか、敬意こそ持つもの畏怖を懐いている様子はない。

「うむ……。端的に言えば、仲間割れだな」

「仲間割れ……で、ございますか」

「うむ。エメを捕らえていた盗賊団が、ひとつの犯罪団として独立しようとしていたのだ。エメを捕らえていたのがルーヴレヒト騎士団ではなく精鋭のいない盗賊団であったのは、それが理由だろう」

 エメを捕らえていた盗賊団を制圧することは、アーデルトラウト王国国王直属騎士団にとっては容易なことであった。それは、ルーヴレヒト騎士団のような精鋭がひとりとしていなかったためである。

「もし盗賊団が独立を目論むことなく、ルーヴレヒト騎士団のままでいたときにエメを有していれば、制圧は容易なことではなかっただろう。エメを捕らえていた盗賊団が反旗を翻したのは、僥倖だったと言える」

 精鋭に加え【癒し手】がいれば、ルーヴレヒト騎士団は思惑通り、ひとつの国家として独立していたかもしれない。国家間同士の争いは戦争となる。戦争を起こし世界の均衡を崩すことは、アーデルトラウト王国にとっても他国にとっても有益ではない。エメを奪還する機会を作ることは、容易なことではなくなっていただろう。

「エメを失ったルーヴレヒト騎士団は、狙いを精霊の支配へと移した。王宮からエメを奪い返すことは、ほぼ不可能と言ってもよい。この情報は甥が持って来たものだが……エメを巻き込むことは許しておらん」

 そう言って、アーデルベルト王は赤髪の青年を鋭く睨み付けた。青年は、てへ、と茶目っ気とともに首をすくめた。

「堅いこと言うなよ、伯父様――ってえ!」

 青年の頭にラースの拳骨が落ちた。国王の甥だというのに容赦がない。青年は涙目でラースをねめつける。

「甥御様、でしたか……」

 ユリアーネの呟きに、アーデルベルト王は頷いた。

「甥のゲルトだ」

「以後、お見知り置きを~」

 赤髪の青年――ゲルトは、ユリアーネに手を振る。ユリアーネは怪訝そうに見遣り、小さく会釈をするだけだった。

「なぜエメを巻き込んだのだ」

 厳しく言うアーデルベルト王に、ゲルトは立ち上がった。

「これには俺なりの考えがあったんだ――ですよ、陛下」

 ラースの視線を背中に感じたゲルトは、委縮して言葉を言い直す。それから、真っ直ぐに王を見つめ、真剣な表情と落ち着いた声で話を始めた。

「王妃殿下が精霊たちの声を聞いた日、エメ坊ちゃんはシルフと接触していました。シルフはユグドラシルに一番近い精霊です。そのシルフが坊ちゃんに目を付けたんです。これは、坊ちゃんが『神の申し子』である可能性を確信に近付けるには充分だと考えました」

 ゲルトの話を聞いていたエメは、となりにいたエミルに極小さな声で問いかけた。

「神の申し子って?」

「ユグドラシルの加護を受けた者のことです」

 ほうほう、とエメは頷いた。ゲルトは話を続ける。

「エメは癒し手です。世界で唯一の子どもが『神の申し子』である可能性は限りなく高く、ほぼ間違いないだろうと思っていました。ルーヴレヒト騎士団がそれに気付くのも、そう難しいことではなかったと思います。そこで、ルーヴレヒト騎士団と接触しました」

 アーデルベルト王が、ふむ、と顎を撫でると、ゲルトはそれまでの真剣な色を消して不敵な笑みを浮かべた。

「エメは絶対に攫われると思っていました。悪党に捕まるより、悪党のふりをする俺に捕まったほうが安全だと思って誘拐しました。まあ言わば、賭けに出たってやつで――」

 ゲルトの言葉が切れる。背後のユリアーネが拳銃をゲルトの頭に突きつけたからだ。

「エメ坊ちゃまに土下座しなさい」

「待って待って! 弁明させて!」

 ユリアーネは銃をゲルトの頭部に押し付けたまま促す。

「坊ちゃんは【祈り】の加護を得てから、加護の魔法を開花させることができずにいたでしょう? もし坊ちゃんに与えられた加護がユグドラシルだとしたら、あの状況なら開花すると思ったんスよ! エメ坊ちゃんがいれば、あそこにルーヴレヒト騎士団を誘き寄せることも簡単だったし!坊ちゃんの加護を開花させられて、尚且つルーヴレヒト騎士団の検挙もできるんだから、一石二鳥じゃ――待って!」

 ユリアーネが安全装置に手をかける気配を感じ、ゲルトは声を上げる。震え上がっていた。

「結果オーライじゃん! それに、俺からしたらユリアーネさんのほうが想定外だったんだからね⁉」

 ゲルトの言葉に目を細めたユリアーネは、静かに拳銃をしまう。ゲルトはようやくホッとひとつ息をつく。

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