9-1
エミルの授業を終えると、エメは深々と頭を下げる。授業のとき、いつもエメは楽しそうだ。新しい知識が増えることが嬉しいらしい。授業を拒否することもないし、覚えが早い。純粋に楽しんでいるようだった。
そこに、ラースが部屋に入って来た。
「アラン様のバースデーパーティの招待が来ていたから、参加すると答えておいたぞ」
「事後承諾じゃないですか」
エミルは呆れたように目を細めるが、エメは目を輝かせている。バースデーパーティが初めてということもあるが、アランはエメにとって初めての友人。エメなら参加しないわけがないとラースは思っていた。
「坊ちゃんの誕生日はいつなんスかね」
思い立ったようにニコライが言うと、エメが右手のひらを三人に向けて開いた。三人が首を傾げていると、今度は右手の指を二本立て、左手は指で丸を作る。その意味を理解したニコライが、思わず声を上げた。
「五月二十日っスか⁉ 来週じゃないっスか!」
「すぐお伝えして参ります」
辞儀をしたユリアーネが部屋を飛び出して行くので、エメは首を傾げる。保護して王宮に来てから初めての誕生日。盛大に祝ってやりたいと思うのが当然だろう。
「しっかし、よく覚えてたっスね」
ニコライが感心して言うと、エメは少し寂しそうに笑う。
おそらく、家族に祝われた記憶があるのだろう。盗賊団に捕らわれていたという過酷な日々が、幸せな記憶をより鮮明に頭の中で輝かせるのかもしれない。
* * *
アランのバースデーパーティの当日。初めてのパーティに緊張しているかもしれないとラースは思っていたが、エメは友人の誕生日を祝えることが嬉しいようだった。ユリアーネにお洒落なシャツとジャケットを着せられているあいだ、ずっとそわそわしている。
「準備できたっスか~?」
そう言って部屋に入って来たニコライは、なぜかまた女性の格好をしている。ラースは溜め息を落とした。
「なぜまた女装をしているんだ」
「親子ってことにしといたほうが都合がいいじゃないっスか。俺らが坊ちゃんの護衛だってわかったら、坊ちゃんが重要人物だってわかっちゃうっスからね」
「腕輪が見えないよう、長袖のシャツにしました」と、ユリアーネ。「暑くなったら上着を脱いでも大丈夫ですわ」
エメはこくこくと頷いた。
「いやー今日も可愛いっスねえ」
ニコライがつくづくと言うと、エメは照れ臭そうに笑う。
支度を終えて部屋に入って来がエミルが、ニコライを見て深い溜め息を落としたのは言うまでもない。
* * *
公爵家の屋敷は、すでに人で溢れ返っていた。その人の多さに驚いたエメが、ラースの腰にしがみつく。
「俺たちかアラン様のそばを離れるなよ」
エメは小さく頷いた。もしはぐれてしまったとき、声を発せないエメは誰かに助けを求めることができない。護衛が三人もいれば見つけられるだろうが、エメに心細い思いをさせることになってしまう。せっかくの友人の誕生日会でそんな思いをさせるのは可哀想だ。
子どものバースデーパーティにしては規模が大きい。これは公爵家の財力自慢ということではなく、招待すべき人が多いということだ。なにより、こういったパーティは貴族同士のコネクションの入り口である。公爵がコネクションを作るためでもあるが、他の貴族同士が繋がりを作る場を提供しているという面もあるのだ。
エメが突然に駆け出した。ニコライが慌てて追い駆けると、その先にアランの姿を見つける。彼に気付いたアランが振り向いて、嬉しそうな笑みを浮かべた。エメが飛び付くと、アランは足を踏ん張ってそれを受け止める。
「エメ、来てくれてありがとな」
嬉しそうに笑うエメに、アランの周りにいた子どもたちが興味を持ち始める。いくつなの、おうちはどこ、おうちはなんのお仕事をしているの、と訊いてくる。エメが何も応えられずにおろおろしていると、アランが肩に手を添えた。
「悪いな、エメとふたりで話したいんだ」
そう言ってエメを連れて離れて行くアランに、ニコライは安堵に胸を撫で下ろしてラースのもとへ戻った。
「アラン様は将来モテそうっスね」
「そうかもな」
「ハルトムートくん」
呼び掛ける声に振り向くと、ディミトリ公爵が歩み寄って来る。ハルトムートというのは、ラースの偽名である。
「よく来てくれたね。アランも喜ぶよ」
「アラン様のお誕生日、おめでとうございます」
辞儀をするラースに、ニコライとエミルも続く。
「ありがとう。エメのおかがでアランも楽しそうだ」
「それはエメも同じです。アラン様のお陰で、ずいぶん明るくなったように思います」
「ですが」と、エミル。「エメがいると、アラン様が他の方との繋がりを作る機会を邪魔してしまうのでは」
ディミトリ公爵はおかしそうに笑う。
「アランは家を継ぐこともない。アランが他の貴族との繋がりを作ることは、そう重要なことでもないだろう。むしろ、アランが利用されることがなくなるのは良いことだ」
他の貴族からすると、アランと年の近い子どもを公爵家との繋がりを作るために使いたいところだろうが、アランが貴族というしがらみに縛り付けられなくて済むのだ。
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