6-1
それから数日。エメには少し難しそうな教材を選ぶエミルの授業を、彼は真剣に受けていた。人をけなせども褒めることのないエミルが褒めていたほどだ。
字の読み書きもできるようになってきて、本に書いてあることを理解できるようになってから、エメは授業を心から楽しんでいるように見えた。
そんなふたりの様子を眺めながら、ニコライが言った。
「王妃殿下のお話では、坊ちゃんは【癒し手】のせいで寿命が二十年縮んでしまったんスよね?」
「そうみたいだな」
「ってことは、坊ちゃんの本来の寿命が五十歳だとしたら、あと十八年しか生きられないってことっスか?」
「そういうことになるな」
冷静に応えるラースに、ニコライは顔をしかめる。
「先輩はなんとも思わないんスか?」
「思わないことはない。ただ、王宮が盗賊団を取り逃がし一家の惨殺とエメの誘拐を許してしまったときに、エメにそういう運命が付与されてしまったというだけの話だ」
「……残酷っスね」
「王宮は恨まれてもおかしくないんだがな」
今回、王宮はエメを捕えていた盗賊団を幾度となく取り逃がしていた。その結果、エメの保護が遅れたのだ。王宮が唯一の救いの手だったというわけではないが、盗賊団の勢力は百余名。町の自警団で対処できる数ではない。王宮が早急に手を打たなければならないことだったのだ。それが遅れたためエメの家族は惨殺され、エメは八年ものあいだ盗賊団に捕らわれ続け生命力を削る結果となった。エメは王宮を恨んでいてもおかしくないだろう。
「坊ちゃんは恨んでなんかないっスよね、きっと」
「そんなこと考えてもいないだろ」
「……長生きしてほしいっスね」
「そうだな。少なくとも、俺たちより先に死なれては困る」
「俺……坊ちゃんのほうが先に死ぬかもしれないって、そんなこと考えただけで心臓が痛いっス……」
「…………」
それはおそらく誰もがそうだろう、とラースは思った。みなの中でエメの存在は大きくなっている。エメの寿命が二十年分も縮んでしまったという事実を嘆かない者はいない。自分より少しでも長く生きてほしいと、そう願わずにはいられない。それは、ラースとて同じことだった。
「もっと好きなことやらせてあげたほうがいいっスよ」
「あ?」
「クエストにも行きたがってたし、勉強なんてやってる場合じゃないんじゃないっスか?」
「なに言ってんだ。勉強だって楽しそうじゃねえか」
ラースに言われて、ニコライは授業を受けるエメを見遣る。たしかに、エメは嬉しそうにエミルの話を聞いている。
「充分、好きなことやってるだろ」
「そうなんスかね」
「……本来なら、読み書きだってとっくにできてるはずだ。あの場所でただ命尽きる時を待っているよりは、いまの暮らしは充分やりたいことをやれてるんじゃないか」
「……たしかに。もうこうなったら、やりたいって言ったこと全部やらせてあげましょう!」
「そうだな」
「クエストも連れて行きましょう!」
「それとこれとは話が別だ」
「シビアだなあ……」
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