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「僭越ながら、本日から御傍に仕えさせていただきます、ユリアーネと申します。どうぞ、お見知り置きを」

 彼女は確か、今年十八になったばかりだ。化粧をしてドレスを着れば貴族の令嬢と見間違えるほどに可憐な見た目をしている、というのはニコライの総評である。

 ベルンハルト団長が少年に宛がったのが、この若き侍女ユリアーネである。恭しく辞儀をするユリアーネに、少年は困惑してラースを見上げた。当然の反応である。

 ラースはひとつ息をつき、その視線を流した。

「まずは着る物だな」

 少年は盗賊団のアジトから連れ出したときのまま、ボロボロの服を着ている。捕らわれていたのだから致し方のないことだろうが、この格好で王宮内を出歩かれても困る。

 失礼します、と声が聞こえて顔を上げると、別の侍女ふたりが衣装ラックを引っ張って部屋に入って来る。その衣装ラックには端から端までいっぱいに服がかけられていた。

「さあ!」と、青い瞳の侍女。「どれにいたしましょう!」

「お好きなものをどうぞ!」と、もうひとり。「どれをお選びいただいても、きっとお似合いになりますわ!」

「……お前たちな……」

 ラースは思わずひたいに手を遣った。どこからどう見ても、ユリアーネを除いたふたりは完全に楽しんでいる。

 確かに、少年は可愛らしい見た目をしている。緑がかったグレーブラウンの髪はぼさぼさだが、整えたらそれなりになるだろう。彼の身形を整えるのは楽しいかもしれない。

 少年が困ったようにまたラースを見上げた。今度ばかりは流しては可哀想だと、深く溜め息を落とす。

「ニコライ。選んでやれ」

「了解っス!」

 ビシッと敬礼をして、ニコライが衣装ラックを物色し始める。ふたりの侍女が期待のこもった眼差しを向けていた。

「うーん……やっぱり髪色に合わせて……。でも瞳も綺麗だしなあ。いや、やっぱり髪かなあ」

 などとブツブツ言いながら、ニコライは衣装ラックと少年に交互に視線を遣る。真剣そのものである。

 ややあって、ニコライは落ち着いた茶色の服を選び出した。それを少年に当て、満足げに笑う。

「これっスね! これが俺のおすすめっス!」

 ニコライは服飾に関するセンスがある。休日にはお洒落をして出掛ける姿をよく見かけた。そんなニコライが選んだなら間違いない、と侍女三人組がさっそく少年の着替えに取り掛かった。いつの間にかユリアーネも加わっている。

 丸襟のシャツに、縁に飾りのついた襟の茶色のジャケットを羽織る。膝丈のズボンを穿かせれば一丁上がりだ。

「まあっ! お可愛らしい!」

「よくお似合いですわ!」

 賑やかな侍女ふたりに混ざっていたユリアーネは大人しくしているが、彼女の表情にも満足感が表れている。

 少年がラースを見上げた。ラースは肩をすくめる。

「似合ってるじゃねえか」

 そのとき、ほんのかすかに少年が笑った気がした。

「さて」ニコライが手を叩く。「お腹空いてないっスか?」

 少年は首を横に振った。昨夜この王宮に来てから、おそらくそれ以前より少年は食事を取っていないはずだ。

「まともな食事は出なかっただろうからな」ラースは言った。「食事に良い印象がないんだろう」

「うーん、なるほど……」

「……では」と、ユリアーネ。「果物や、もしくはジュースなどはいかがでしょうか」

「ナイスアイデアっスね。用意してもらってくるっス」

 意気揚々と部屋を出て行くニコライに、ラースはまた溜め息を落とした。何を乗り気になっているのだか。

 ふと、ニコライを見送った少年が、どこか心細そうな表情を浮かべていることにラースは気が付いた。見知った顔がいるということは、それだけで安心感に繋がるようだ。

 ラースは促すように少年の肩に手を置く。痛々しいほどに痩せ細り、骨張っていた。ずっと鎖に繋がれていたのだろう。足取りもどこか覚束ない。

 またひとつ溜め息を落とし、ラースは少年を抱き上げる。

「疲れたときはそう言え。その辺に倒れられても困る」

 少年は少し申し訳なさそうにラースの肩に手を遣った。

 アーデルトラウト王国の王宮は広い。国力がそのまま形になったような場所だ。弱った少年の足ではどこにも行けないほどの広さがある。ベルンハルト団長の計らいで少年の部屋は騎士の詰所の近くに用意されたが、その道のりですら歩いて行けるか怪しいほどに少年の足は弱っていた。

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