そら

六葉九日

「月は綺麗ですか?」

 “月は綺麗ですね”、何百年前から先人はその言葉を僕らに教えた。

 満月の夜に月を見上げて言ってたそうだ。

 ――でもその言葉の意味を僕には分からない。


 僕はうちに置いてある天体望遠鏡のレンズに目を近付ける。最近はちょうど、“近い”みたいだ。

 その“地球”が。

 静かな闇で青色を放つ美しい地球母星


 地球はかつて僕らの祖先が住む星だった。でも絶滅の危機でこの惑星に移住した、と大人達が言った。

 祖先様はきっと周りに回る“月”を見れたのだろうと思うと、少し羨ましく思う。だって綺麗なんだから。


 今の月も地球から遠くなっていく(※1)。人がいなくなって“人工衛星”も宇宙ゴミになり孤独の地球を、月は無情に離れていく。

 僕にできることなんてない。


 地球はもう住める場所じゃないと大人達に教わっている。だから僕らは地球を訪れることも、地面から月を眺めることもできない。

 ――せめて、月に行ってみたいなぁ。月から見る地球も、きっともっと大きく輝くのだろう。


 僕は望遠鏡から離れて、家の外に行くことにした。

 夜になった(※2)空には、二つの衛星(※3)が見える。白くて小さい点と点が黒い空で赤い惑星を見下ろしている。


 今日は幸運で偶然にも二つがそこに現れた(※4)。僕はそれらを見ていると、無性に悲しくなった。彼らはどう頑張っても綺麗だと賞賛されてないことに。

 ――あれほど、月は美しいのか?


 地平線を眺めると赤みが帯びている。それはこの惑星の特徴だと教わった。しかし人類が開拓して元々あった土の赤は森や道路に覆われて、“赤い惑星”の面影は失ってしまった。


「よいしょっと」


 騒いでいる人の群れを見つけて、僕はまだ十キロくらいしかない身体を軽々と高台から飛び降りる(※5)。

 人々に近付いて僕は聞く。


「どうしたの?」

「おや、坊ちゃん。知らないかい? 宇宙船の事故だよ。ほら、そこに」

 親切に教えてくれたおじさんは僕にも見えるように前を指差してくれた。

「シリウスから帰ってきた小型の宇宙船だ」


 僕は衝撃により酷く破壊された宇宙船に向かって黙祷する。この事故では少なくとも十人の命は二度と戻らないのだろう。

 こんな事故は珍しいとも珍しくないとも言えない。


 人類は、太陽系の外に行きたがっている。何故なら、この惑星は人間の支配でもう寿命を迎えていると言われてる。ここを中継点として、生き物が生活できる次の場所を必死に探してる。

 でも未熟な技術を無理に使うと、ご覧の通り事故率も高い。


 僕は宇宙船から後ろに振り向く。さっき望遠鏡で見た地球の方向はあっちだとふと思い出した。


 地球に行けるのはごく一部、リサーチチームと呼ばれている人達だけだ。地球の現状と環境を把握するということは、人類はいつか戻れるように準備しているのだと、僕は期待したけど、待っても待ってもそういう情報は全く流れてこない。

 僕は太陽系外の新しい世界に興味が無いわけじゃないけど、祖先様が生きていた地球、そして月をもっと知りたいと思ってる。


 僕は家に戻ると透明のテレビをオンにして、チャンネルを変えてビデオモードにする。そこには僕の宝物の映像が映し出される。古びるカラーの画面にはこちらに手を振る人々がいて、針のような高い建物があって、空はブラックホールの中心(※6)のように真っ黒で……、そして。


 背景は半分の地球がある(※7)。僕がどの望遠鏡で見れる地球よりも大きく――ここは月なのだから。

 人類は一度、月に住んでいた。


 ぱちんと指を弾くと、画面は切り替えて別の映像が映し出される。今回は前の一本よりぼかしてて黒白だけで構成されてるものだ。

 映像の中の声はあまり聞こえない。これはもっともっと古い映像だ。それでも僕はじっと画面を見つめて、これから起ころうとしてることを待っている。

 一人は厚そうな服を着て画面の上部から降りてくる。誰かと交信しながらゆっくりと一歩を。


 僕は息を止める。すると男の声が聞こえる。

『――これは一人にとっては小さな一歩であるが、人類にとっては偉大な一歩だ(※8)』


 かつての人類は月を憧れていた。今の僕のように。

 だからいつか僕も、月の美しさを知りたい。






参考資料・注釈


※1:月が地球から少しずつ遠ざかっていくのは本当です。最初読んだ記事は覚えていませんが、気になる方はぜひ検索してみてください!

※2:火星に移住すれば人工大気などの技術はあると思いますが、夜になると真っ黒になるのは作者のイメージです。

※3:火星の二つの衛星、ダイモスとフォボス。

※4:ダイモスとフォボスの公転周期と軌道は異なります。(参考:Wikipedia)

※5:火星の重力はおよそ地球の三分の一です。

※6:描写は未来人の少年であるため、ブラックホールなどの比喩は作者のイメージで書きました。

※7:月から撮る地球の写真がイメージです。(参考画像:https://www.space.com/42842-earthrise-apollo-8-photograph-50-years-later.html)

※8:アームストロング船長の名台詞ですね。映像についての描写は実際NASAが公開している映像を参考にしました(https://m.youtube.com/watch?v=xSdHina-fTk&time_continue=51)。カッコの中のリンクはYouTubeです。該当台詞は0:40の辺りです。

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