王の呼び出し

数多 玲

本編

「そろそろ家族に顔を出したらどうだ?」

 そう言うのは、俺が世話になっている城の兵士だ。

 ここで働き出してからそろそろ1ヶ月になる。

 家族には遠く僻地で労働していると伝えており、まさか自宅のある城下町から目と鼻の先にある城で住み込みで働いているなど知る由もない。

 ただ逆に、城の人間は家族が城下町に住んでいることを知っている。

 魔王に人質として幽閉されていた俺の家族を保護してくれたのは他ならぬ城の兵士なのだから。


「……にしても、やはりアンタの統率力は半端じゃねえな」

 褒めても何も出ないぞ。

「人手をかけず、各々の負担にならない範囲で、かつ個人の能力をかなりの精度で把握した上で適材適所に配置する。しかも属人的にならず、担当者が体調を崩してしまった場合でも無理なく対応できる位置に代わりの人間を配置する。誰にでもできることじゃない」

 なに、ここには有能な人材が豊富なだけだ。これだけの人材がいれば誰でもできる。

「謙遜しなさんなって。ここまでの能力があるからこそ、魔王もアンタを欲しがったんだろうよ」

 俺の眉が微妙に歪んだのを見て、慌てて兵士は謝罪する。

「……っと、すまなかった。アンタの気分を害したいわけじゃないんだ」


 そう、俺は魔王が健在だったとき、その配下で軍を動かしていた。

 いくら統率力があるといっても所詮は人間。迫り来る魔物の大軍に対して敗北を喫した俺が所属する軍で、魔物のリーダーは俺の能力に着目した。

 人間でありながら、多勢に無勢の状況で奮戦する俺のチーム。

 それに対して魔王直々に俺に打診してきたのだ。

『我に協力しろ。さすれば貴様等の家族の命は救ってやる』

 魔王軍の参謀は狡猾で、劣勢と見るや俺のチームの家族を残らず調べ上げ、人質として攫ったのだ。

 そうして俺のチームは暗黒の鎧に身を包み、手足となる魔物を与えられて一軍を任されることとなった。

 後に魔王を討伐することになる勇者と王国軍に人質を助けられたのはそれからしばらくしてからだった。

 家族を人質に取られていたとはいえ、俺は数え切れないほどの人間を手にかけた。

 その罪はいくら償っても償いきれない。

 俺だけのうのうと家族に会うことはできないのだ。


 そこに別の兵士が現れる。

 おや、たしかあれは王の側近の……。

「国王がお呼びだ」

 全身に緊張が走るのがわかった。王が俺のような罪人に何の用だろうか。

 慌ててその兵士の後に続き、王の間へと急ぐ。

「おお、すまんな。急に呼んでしまって」

 王は気さくな人物だ。それでいて威厳にも満ちあふれている。ここまでのカリスマがあるからこそこの国は魔王の脅威にあっても体裁を保っていたのであるし、復興も他の国に比べて格段に早かった。

 聞けば、魔王を討伐した勇者はまもなくこの国の姫と結婚するとのことだ。

「恐れながら、王ともあろうお方が私のような罪深き者をお呼びになるとは思わず、いささか戸惑っております」

「そう言うな。そなたのことは皆から聞いておる。今日はそなたに会わせたい人物がおるのだ」

 王が兵士に目配せをすると、兵士は奥の部屋から2人の人間を連れてきた。

「……あなた……!」

「お父さん!」

 目を疑った。もう会えないと誓ったはずの妻と娘がそこにいた。

「……どうして……」

「そなたの気持ちはわかっておる。決意もな。だが、わしはどうしてもそなたを家族と引き合わせたかった」

 娘が俺に抱きついてくる。それに合わせるように妻も俺の肩に顔を寄せてきた。

 不覚にも涙が頬を伝うのがわかった。

「お父さん、会いたかった……」

 妻も娘も、俺のような罪人に関わることなく、拾った命で新しい幸せをつかんでほしいと思っていた。

「わたしにも娘にも、あなたなしの幸せはありません」

 妻がしっかりとそう話す。

「わしは知っておった。そなたが魔王軍にいたときも、ただ魔王に付き従って殺戮をしていたわけではないと。魔王軍の侵攻に便乗して民を襲う盗賊や山賊など、罪なき人々を苦しめる輩から民を守り、ギリギリの葛藤をしておったこと。さらに、魔王軍を勇者一行から距離のある位置にうまく配置し、魔王をも欺いていたこと」

 涙が勢いを増す。……王は俺の苦しみをわかってくれていたのか……!


「私からも一言よろしいでしょうか」


全員が声の方を向く。

「……勇者、様……」

「ゆうしゃさまだ!」

「王のおっしゃった通り、この方は巧みに魔王軍を動かし、私たちの見えない助けとなってくださいました。しかも、魔王の城に攻め込んだときも挟み撃ちなどにならないよう魔物の動きを無理なく統制し、私たちが不利にならぬよう配慮してくれたものと思っています。人質の無事が確認されてからは、魔王軍の追っ手をチームで足止めし、側近の何体かをも討伐してくれたと聞いています」

 妻も娘も目を丸くして俺の方を見ている。特に妻は大粒の涙を零しながら勇者の話を聞いている。

「お父さん、それ本当?」

「……だが、俺の罪はそんなことで許されるものではないと思っています。愛する家族とはいえ、それを守るために俺は人間を裏切ったのです」

「そなたはもはやその罪を補って余りあるほど苦しんだ。何より、ここにおるわしをはじめ、全世界の人々を救う希望となった。そなたがいなければ、ここにおる勇者でさえ無事に生きて帰れたかどうかわからんのだ」

 勇者が大きく頷く。

「本当? お父さんがゆうしゃさまを助けたってみんなに言ってもいい?」

 それはやめてくれ、と言おうとした俺を勇者が手で制した。

「言ってもいいよ。お父さんがいなければ私は生きていなかったかもしれないと勇者が言っていた、と」

「すごーい!! お父さんすごーい!!」

「そなたは元魔王軍ということで、奥方はじめ家族が蔑まれることを心配しておったのだろう?」

 安心せよ、わしに考えがある、と語った王が突然立派な紙を俺の前に掲げた。


ーーこの者は魔王軍の捕虜となりながらも民や家族のために尽力し、勇者の助けとなっただけでなく、世界を救う一助となった。国王としてその功績を讃え、最大級の感謝を送るものとするーー


 紙には、王と勇者の連名でそう書かれていた。

「これをそなたに送り、同じものを城下町に掲示しようと思う」

 ……何てこった。身に余る光栄に体が震える。

 妻が俺の体を強く抱きしめる。俺も妻をしっかりと抱きしめた。

 涙があふれ出るが、もう止められない。止める気もない。

「そなたの生活は一生保証しようと思うが、できればこれからもわしの城で皆と一緒に国のために働いてくれんか」

「喜んで働かせていただきます」

 答えるや否や、兵士が整列する。

 勇者の帰還と同じような扱いじゃないか。

 もはや涙が止まらない妻と、勇者と友達になれたと大喜びする娘を連れて、俺は帰途についた。

 空には、平和を象徴する白い鳩と広大な青空が広がっていた。

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王の呼び出し 数多 玲 @amataro

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