第二十一話 嘘を知るもの同士が仲良く見えるのは、別の繋がりがあるからだ。
備前章保助
新聞部の大木さんに詰め寄られていた桜を救出した僕は、そのまま桜を連れて一年二組の教室へと戻った。
手をつないだまま戻ってしまったけど、誰も冷やかしの声を上げない。
それはそうだろう、僕達は『公認カップル』なんて呼ばれている関係なのだから。
本来なら、桜を守る必要なんてないのかもしれない。
でも、僕に届いたこの手紙――最低浮気野郎、死ね――
この手紙の真意を知るまでは、僕と桜はお付き合いしている状態を保持した方が良い。
これは、間違いなく僕と桜、そして美結の関係を知っている人間が書いた手紙だ。
美結が学校に来ていない理由が、もしかしたらこの手紙に含まれている可能性だってある。
見知らぬ誰かに攻撃されている可能性、それにより美結が学校に来ていないのだとしたら。
「桜」
「はい!」
「そんな目を輝かせなくてもいいから、これまでの桜はそんな返事しなかっただろ」
お灸が効いたとでも思えばいいのか。
素直すぎる桜はなんていうか、調子が狂う。
近くに人がいないのを確認すると、教室の隅っこで桜の耳に手を当て小声で問う。
「桜に聞きたいんだけど、僕との関係って護君以外にも誰かに喋ったりした?」
「……保助君の声が、耳に……ほぁぁ」
「桜? 真面目にして」
「ふぇ、――っ、うん、真面目にする。誰にも喋ってない。これが嘘だったら私のこと殺してもいいから」
いちいち大袈裟だな、でも、今の桜なら信用できる……か。
少しだけ悩んだけど、僕は胸ポケットに入れていた手紙を取り出し、桜へと手渡す。
「これ……何? 読んでいいの?」
「いいよ、今朝僕の下駄箱に入れられてた手紙なんだ」
「…………、なにこれ! どういう意味⁉ 浮気おt」
「ストップ! 声に出すな、聞かれたら不味いだろ」
いきりながら叫ぶ桜の口を、僕の手で慌ててふさぐ。
「いきなり叫ぶとか、やめてくれよ。心臓に悪い。それにしても、その感じだと桜も何も知らないって事なんだね。僕と桜の関係を知っているなんて護君くらいしかいないんだ、でも、彼はこんな姑息な手は使わない。もっと男らしい方法で来ると思うんだよね。だとすると残る可能性は護君から事情を聞いたかもしれない美結だけど、彼女がこんな手紙を出す意味が分からない。最近学校にも来てないし、連絡も取れないし……桜、桜は何か心当たりあったりする?」
「…………」
「桜?」
どうしたんだろう、桜の顔が真っ赤だ。
黙ったままの桜を見ていると、彼女の目が僕の手へと向けられる。
あ、そうか、口をふさいだままだった。
「ごめん、苦しかった?」
「大丈夫、れす」
「それで、この手紙の心当たりなんだけど」
「……」
「桜?」
どうしたんだ、僕の手のひらを眺めたり、自分の唇に手を当てたり。
桜の一挙手一投足が僕には理解できない、手が唇に触れただけだろう。
キスした訳でもないのに。
強めにもう一度「桜」と呼びかけると、彼女ははっとした後に咳ばらいをする。
「……そ、そうね、多分わざと汚く書いてるんだろうから、筆跡からは分からないかな。でも、最近の保助君見てると、そんな風に受け取られてもしょうがないかなっていう感じはしてる」
「なんだよ、それ」
「だって、私以外の女の子と結構頻繁に会話してるじゃない。以前の保助君だったら、全部断ってたと思うのに……あ、でも、別に構わないからね。約束だし、自由に恋愛、だもんね」
そんなにかな? と思ったけど、多分これまで桜が防いでいただけであって、僕の交友関係が大きく変わったとは思えない。女の子が会話に来るのは、大抵バレー部の誘いだったりするし、もしくは勉強に関してとかだけど。
「他には、何かないのか?」
「……あとは、ほら、さっきの子」
「ああ、
新聞部の彼女、校内新聞なるものを毎月発行しているけど、そのネタ探しなのだろう。人の恋愛というものはどうしても興味を引く、ましてやそれが『公認カップル』なんて呼ばれている僕達の破談だとしたら、激熱間違いなしだ。
「うん、あの子も私達の関係を不信がってる風に感じたし、他の子たちも私達の変化を感じ取ってるのかもしれないよね。それで、そんな手紙を保助君に出した、とか?」
「つまり『桜がいるのに、なんで桜以外の女の子と喋ってるんだ』ってこの手紙は言いたいのか? ということは桜の友達って事になるけど、桜って友達いたっけ?」
「……いるわよ、書道部に一緒に通ってる子とか、色々」
「え、そうなんだ」
「なによ」
「いや、昔から桜の側にいるけど、そんな人の気配すら感じなかったからさ」
「それは私が近づけさせなかったから……って、もう、保助君のいじわる」
腕組みしながら、桜はそっぽを向いた。
桜の交友関係か、申し訳ないけど、そこまで桜の事を思って行動する人がいるとは思えない。
一番身近にいた僕がそう思ってしまうのだから、残念ながらそういう事だろう。多分。
「そろそろ授業の時間か、とりあえずこの手紙の事は秘密にしておいて欲しい。無駄に噂を広げたくない」
「……分かった、二人だけの秘密、今度こそ誰にも喋らないから」
そういうと、桜は小指を差し出し、指切りげんまんを求める。
こんな秘密、共有しても何にもならないだろうに。
僕がこの噂が広がるのを恐れている理由はたった一つ、美結の為だ。
この噂が広がって万が一秘密が明かされてしまった場合、一番傷つくのは美結だ。
第三者が僕と桜の破談を知った場合、原因と考えるのは美結との浮気に違いない。
美結と僕が浮気をして、桜との破談に繋がったと考えるのが普通の考え方だろう。
その場合、悪になるのは僕か美結だ。
そして、この手紙は僕にだけ送られてきた。
念のため美結の下駄箱も確認したけど、手紙らしきものは無かった。
この手紙の差出人は、僕だけを悪として断定しているに違いない。
美結が攻撃されていないという証拠は、どこにもないのだけれど。
「なぁ、ちょっとだけ時間いいか」
「なに? もうそろそろ授業だよ?」
席に戻った僕に声をかけてきた護君は、申し訳なさそうに近づき、耳に手を当てる。
「(保助、お前、相沢寧々って女と付き合ってるって、マジか?)」
「(はぁ? そんな事ある訳ないだろ、護君は僕の恋愛事情を一番把握してるじゃないか)」
「(だよなぁ……なんか、寧々の奴がお前と付き合ってるって言ってたんだけど)」
そこまで言うと、教室に入ってきた先生を見て、護君は自分の席へとそそくさと移動した。
相沢……寧々? どこかで聞いた覚えがうっすらとあるけど、覚えてない。
その子がこの手紙の差出人って事なのか? 随分と汚い字だけど、本当に?
ダメだ、全然授業が頭の中に入ってこない。
次の休憩時間に何としても聞き出さないと。
「十分休憩なのに屋上に連れ出してごめん……って、桜? そんなにくっつかれると、話しづらいんだけど」
「だって、二人きりだと思ったのに、なんでコイツがいるのよ」
「コイツって、一緒に旅行にも行ったし、直前まで仲良しだったじゃないか」
「仲良くなんかない、コイツは私の……」
「私の?」
「――、何でもない! 時間ないから話すすめて!」
一体何なんだ、相沢寧々って子の話を聞くのに桜も居た方がいいと思って誘ったのに。
護君も気まずそうだし、桜は僕にくっついて護君を見ようともしない。
「これ一体なに? 痴話喧嘩でもしたの?」
「これが痴話喧嘩に見えるか? そんな訳ないだろ。ああ、桜さんは何も悪くないぞ、全面的に俺が悪い、この状況に嫌気が差すんなら俺の事を殴ればいいさ。で、相沢寧々の話だよな、俺の知ってる事なら全部話すぜ、こっちも知りたい内容でもあるしな」
「相沢寧々って、一年五組の?」
「桜、知ってるのか?」
以外にも桜の交友関係はそれなりだったという事か。
桜は「うん」と頷くと、僕の腕にしがみついたままスマートフォンを取り出して操作する。
「確か映ってたはず……あ、これ、この子だよ」
活発そうな感じ、それが第一印象だった。小麦色に焼けた肌に、大きくクリクリした瞳、ジャージ姿でバインダーを手に持ちながら廊下を歩いている姿が、桜のスマートフォンの中に映し出されていた。
正式な被写体ではないのだろう。少し遠くに映っている相沢という子の手前では、笑顔でピースサインをした着物姿の桜と、僕の知らない女子が一人、仲良さそうに映っていた。
「へぇ、結構綺麗に撮れてるね」
「そう? たまたま歩いてるのが入っちゃっただけだから、ブレてると思うけど」
「いや、桜のことだけど」
ぼんって噴火したみたいに真っ赤になった。
こんなに恋愛感情むき出しだったっけ?
「あ、これ書道部でたまに着てる着物だよな。俺、部活の時に遠目に見たことあるわ」
固まっている桜のスマートフォンを護君が横から覗きつぶやくと、桜は咄嗟にスマートフォンをスカートのポケットへと隠した。早業だった。
「アンタには見られても嬉しくない。ね、ねぇ、保助君、保助君はこういうのが好き、なの?」
「うん、和服っていいよね」
美結が着たら似合いそうだ。
「そ、そうなんだ。ふふ……ふぇへへ」
「で? 桜はこの相沢寧々って子のこと、何か知ってるの?」
「え? あ、うん、サッカー部のマネージャーって程度だけど、後はほら、私達の中学の同卒でもあるじゃん。私とあんまり絡みはなかったから、何とも言えないけど。っていうかほら、二年生の時に私達と同じクラスだったはずだよ? 覚えてないの?」
同じクラス……? 二年前の記憶だけど、既におぼろげだ。
記憶の彼方にありそうななさそうな……いや、ほとんどないな。
「覚えてない」
「じゃあなんで寧々の奴は、保助と付き合ってる、なんて言ったんだろうな」
護君の何気ない一言を耳にした桜は、すっと音もなく僕から離れる。
僕の腕から離れた桜は護君の胸倉を掴み、脅すように低い声で語り掛けた。
「何それ、ちょっと詳しく話しなさいよ」
うん、これが僕の知ってる桜だ、なんだか安心する。
――
次話「亡失とは、死に値する言葉だ。」
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