第十三話 真実を打ち明けても、幸せになれるとは限らない。

上奏寺桜


 ドキドキした、透ける様な薄い一枚に下着姿で、保助君の腕を枕にして横になる。

 すぐ横に楓園がいるけど、暗闇が私たちを二人きりにさせてくれる。


 細くて長い腕、保助君の腕枕で眠るのなんて生まれて初めてだ。

 勇気を出して、少しずつ近づいていくと、下着の先が保助君に触れた。


 つん、つん……って、ゆっくりと吐息を殺しながら。

 触って欲しい、でも、きっと触ったら私の緊張も鼓動も全部保助君に聞こえてしまう。


 優しい保助君が、女の子の、私の胸を触る訳がない。

 だからかな、もっともっと大胆に出来る様な気がするけど。


 さすがにこれ以上は無理、鼻先に触れる保助君の胸とか、同じ布団で寝てる事実とか。

 もう、これだけで幸せになれちゃって、これ以上を想像も出来ないよ。


 このままじゃ興奮して寝れないかも。

 どうしよう、ぎゅって抱きしめたい、保助君が好きすぎて、激情のままに行動したい。


 保助君はそんな私を受け入れてくれるかな?

 いつもみたいに優しい笑顔で私を見てくれるかな?

 

 他の人みたいに私から離れるのとか、想像もしたくないよ。

 ずっと一緒にいて欲しい、離れて欲しくない。


 これは私の最初で最後の我がまま。

 お願い、保助君だけはずっと側に――


「(大好きだよ)」


 ――びっくりした。


 暗闇って、目が慣れてくると段々と薄明りの中でも見えてきてしまうものだ。

 真っ暗な室内も、気づけば保助君の輪郭くらいはぼんやりと見えてくる。

 

 最初は聞き間違いかと思った、だって、今まで保助君の口からそんな言葉が出てきたことなかったから。でもでも、確かに保助君は小さな声で、他の誰にも聞こえない声で、私にしか聞こえない声でそう言ったんだ。


 大好きだよ、って。

 ううん、言葉にすらしてないかもしれない、口が動いただけかも。

 こんな真っ暗な場所で私にしか見えない場所で、保助君は愛を囁いたんだ。


「(私も)」


 同じように、保助君の顔を見ながら口だけを動かす。 

 直後、体温が一気に上昇する、恥ずかしくて、嬉しくて、止まらなくて。


 保助君は私の返事、見えたのかな? 聞こえたのかな? 

 ゆっくりと彼を見ると、いつの間にか保助君は寝息を立てていて。


 ぼたぼたと聞こえてくる夜の大雨の音が心地いい。

 リズミカルに叩く雨音が私を祝福してるみたいで、なんか、今なら私の行動全部が許されるのかも。


 音を立てない様に、ゆっくりと一人起きる。

 羽生田君のいびきに、こちらを向きながら眠る楓園。


 ……うん、全員眠ってる。

 今だけは、私は保助君と二人きりなんだ。


「保助君……好き、大好きだよ」


 眠っている彼に対して、もう一度告白をした。

 ドクンドクンって胸がうるさい。心臓が耳にも出来たみたいに聞こえてくる。


 保助君の目の下のほくろ、とても可愛い。

 少し高い鼻に、いつだって微笑んでいる優しい口。

 男の子らしい首筋に、えらだった鎖骨がとっても煽情的にさせてくれる。


 保助君の全てを受け入れたい、大好きすぎて全部が欲しい。

 保助君との子供とか、絶対に可愛いに決まってる。


 お家の直ぐそばの坂道を手を繋いで歩きながら、家族三人で笑う。

 近くのスーパーに買い物に行った帰り道、子供を挟んで私は保助君に微笑むんだ。


 夕飯を作る私に近づいてきて、保助君と優しくキスをする。

 そんな、そんな当たり前な幸せが欲しい、欲しいよ。


「……んが! ……うぅ、さみぃ」


 保助君の唇に触れていると、背後から羽生田君の寝言が。

 すっかり忘れてた、いるんだったこの二人。

  

 慌てて布団に入り込んで、保助君の腕を枕にして横になる。

 細いけど筋肉のある、つやつやで触り心地の良い腕枕。


 一生この腕で眠りたいな。

 眠れるよね、だって、さっき暗闇で保助君は言ってくれたのだから。

 

 大好きだよ、保助君。

 おやすみなさい。






 鳥のさえずりと陽の光で目が覚める。

 まだ彼のぬくもりに包まれていたいって思うけど、起きなくちゃね。


 寝ぐせの髪、寝起きの顔なんて見られたくない。

 寝ている保助君を起こさない様に、静かに起きる。


 洗面所に向かうと、そこには楓園がいて。

 彼女は私を見るなり声をかけてきた。


「あ、おはよ、早いね」


「……貴女もね」


「あはは、私、普段から部活の朝練が早いからさ。それよりも見ちゃったよぉ? 彼氏の腕枕とか、結構大胆なんだね」


「別に……付き合ってるんだから、それぐらい普通でしょ」


 朝から鬱陶しいなぁ、こんな感じで保助君にも付きまとってるのかな。

 コイツの周りには男女問わず人が多いもんね、可哀そうな保助君。


「付き合ってるかぁ、ふふ、そうだね。なんか私たちさ、結構青春してると思わない?」


「……別に、普通でしょ」


「普通か、うん、そうだね、普通だよね」


 なんなのコイツ? 青春してるとか青臭いこと言っちゃって。

 別にコイツと会話したい訳じゃないんだけど。


 邪魔だから終わったんならとっととどっか行って欲しいな。

 私は、今日は特に気合入れないといけないんだから。


 これから私は保助君に告白するんだ。

 今までで一番可愛い私にならないと。


 って、緊張する必要なんてないじゃんね。

 もう保助君の気持ちは分かってるんだし。


「……ふふっ」


「あら、なんだか嬉しそうね?」


「別に、嬉しくなんかないし」   


 いけない、油断しちゃった。でもでも、にやけちゃうよ。

 つんけんしちゃう癖も直さないと、これからは全部素直に保助君に触れよう。


 優しい彼の笑顔だけが、私の全てなのだから。

 



「それじゃ、行きましょうか」


 昨日は行けなかった肝試しのコースに、四人で向かう。

 朝露でお辞儀をしている草葉を見ながら、霧降る道をさくさくと音を立てながら。


「ふぁ~、昨日寒かったけど、今朝もさみぃなぁ」


「目が覚めていいでしょ? それよりも護君ってあんなに凄いイビキかくんだね」


「げ、俺、イビキかいてんのか? マジで?」


「うん、僕も聞こえたよ。夜中に起きちゃうくらいだったな」


 え、保助君、夜中に起きたんだ。

 あれ? でも、起きた時は腕枕のままだったから。

 ということは……ふふっ、優しいなぁ。


「マジかよ、保助まで言うんじゃガチかぁ。結構ショックだわ、誰よりも静かに寝てると思ってたのによ」


「あはは、ないない、一番静かだったのは桜さんかな?」


 なんで私の寝息なんか聞いてるのよ、恥ずかしいなぁ。


 そんな事よりもって、羽生田君にアイコンタクトを送る。

 貴方の役目は、そんなくだらないお話をする事じゃないでしょ。

 

「――、あ、美結、こっちに可愛い花があるぜ!」


「え? あ、ちょっと護君!?」


「いいからいいから!」


 なんとワザとらしい演技、でも、羽生田君の役目は果たしたかな。

 脇道に入って見えなくなった二人を見送って、私は後ろ手にして振り返る。


 朝靄の中、彼はそこにいた。

 見えなくなった二人を見ていた視線は、自然と私を視界にとらえる。


「ね、保助」


「うん」


「この道も昔歩いたの、覚えてる?」


「……確か、転んで桜が怪我した場所だよね」


「そ、そうだっけ? ……えっと、そうだったかも。あはは、ごめん、忘れちゃった。でもさ、私たちってそんな記憶から消えちゃうくらい、ずっと一緒にいるってことだよね」


 時間にしたら、もう十年以上だよ。

 

「中学生の時にさ、私が女の子と喧嘩したの、覚えてる?」


「……覚えてる、歌い手がどうとか、だよね」


 それでも覚えていてくれるんだね。


「うん、あの時の子がいなくなっちゃって、それから他の子は私から逃げる様になったんだ。話しかけようとしたら逃げられちゃってさ、結構ショックだったんだよ」


「それも、覚えてる。桜、悲しんでたよね」


 私に関する事は、私よりも覚えてるんだ。


「でもね、保助君だけは、私から離れなかった。私はね、それが心の底から嬉しかったんだ」


 だから、言葉にして伝えよう。

 そして、嘘を本当にするんだ。


 両手を胸の前で握りしめて、神に祈る様に保助君へと。


「あの時から、保助君の事が好き。大好き」


 ――告白をした。


「嘘じゃない、私の本当の気持ち。保助君だけは、私の側にいつまでもいてくれる。永遠にいて欲しい、学校を卒業しても、大人になっても、ずっと一緒にいて欲しい」


 返事は決まってる、でも、きちんと彼の口から聞きたいんだ。

 これまでは私の我がままだった関係も、今日からは変わる。


「だから……保助君」


 ちゃんとした男女関係に、幼馴染から、恋人関係に。


 保助君……少し考えてる? でも、保助君にも言葉を選ぶ時間が必要だよね。

 待つよ、ずっと待つ。いつまでだって待つから、保助の気持ちを私に――。







「……ごめん」


「……え」


「ごめん、僕、桜とは付き合えない」


――

次話「第十四話 最低の告白」

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