真夜中の光合成

江戸川台ルーペ

 ビタミンDなどという得体の知れない栄養素を考えたのは誰なのだろう。日向光一は深夜二時のコンビニで発泡酒を二本、レモンサワーを一本、チーカマと浅漬け、コンソメ味のポテトチップスを買って帰る途中に考えた。


 曰く、ビタミンDは太陽の光を浴びると体内で生成される特別なビタミンで、精神を安定させたり、骨を強くするらしい。いかにも陽の人間が考えそうないかがわしく、ライフ・イズ・ビューティフルを表現するに相応しい内容だ。そんな風にして、夜でしか活動できない人間を排除し、太陽の下に引き摺り出そうとする魂胆なのだろう。見え見えだ、と日向光一は思った。もし本当にビタミンDが存在するのであれば、夜には夜にしか摂取できないビタミン、雨の日には雨に日にしか摂取できないビタミンが存在することを陽の者、あるいは研究者は認めなければならない。物事には決して一面だけでは語れないのだから、そのような都合の良い栄養素についてどうこう言うのなら、都合の悪い部分 ──つまり、日が昇る頃合いに起床し、沈むと眠るというような人類の規範から外れた者だけが摂取しうるビタミンについてきちんと説明すべきである。そもそももってして、陽の者達は太陽に対して期待を抱きすぎなのだ。多くを求めすぎなのだ。失恋したり、自分が挫折したり、誰かが死んだ時にしか月を見上げたりしない。月は彼らの慰みものではない。俺たち隠の者太陽つきだ。


 街灯がポツポツと続く静かな道を歩き、自宅の一軒家に辿り着くと、日向光一はそっと鍵を差し込み、なるべく静かに玄関のドアを開けた。一階には両親が眠っており、物音を立てると起きてしまう。夜中の間だけ、夜鳴きしないように玄関にしまっている中型犬はお気に入りの座布団の上で丸まっていて、目だけをこちらに迷惑そうに向けている。日向光一は靴を脱ぎがてら、驚かさないようにゆっくりと近づき、静かに背中をさすってやる。プスー、と物憂げに鼻を鳴らす音が聞こえる。日向光一は犬の耳が特に気に入っていた。いくら撫でても撫で飽きる事がない。それは頭と一体となったり、時にいくら撫で付けても直らない寝癖のようにピッと立ち直る。夜の犬の耳は頭どころか、丸まった体全体に溶け込んでおり、まるでうさぎのようだと日向光一は思う。そして、うさぎなど飼った事がないのにな、と思い直す。厚でのダッフルコートを脱ぎ、掛ける。そのせいで、最近上着から犬の匂いが染みついているような気がする。


 階段が鳴らないよう、注意深く二階の自室に戻ると、PCのモニターを点ける。暖房が効きすぎているので、下げる。先日みた、映画DVDの感想を語り合っている掲示板を斜め読みしながら、青いTUSTAYAのバッグからDVDを取り出し、テレビに接続してあるDVDプレーヤーに放り込む。「字幕スタート」を選び、どこかの倉庫の空撮が左から右へ流れていくロゴ映像を流しながら、先程買ってきた酒とつまみをテーブルの上に置いていると、意図せず肉まんが入っていた事に気付がついた。そういえば会計の時、ついでに肉まんを注文したのだった。


 500mlの発泡酒のプルタブを引き、水滴でぐしゅぐしゅになった袋から肉まんを取り出すと、思い切り頬張る。これから、レンタルするのを楽しみにしていた映画が僕だけのために上映される。ビールは冷たく、犬の耳は柔らかい。親密な夜は、これから始まっていく。









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