第2話

 それから私は彼が寄宿学校に行くまでの間、似た様な嘘で両親に悪印象を植え付けられる様な行動をさせられた。

 例えば、手紙を渡す時間帯。

 例えば、図書室の見ても良い本。

 例えば、お客様が来るのが早まった時でも、時間を教えない。

 そして何より、彼自身が出発する時に、


「あれは僕のことが嫌いなんですよ。でも怒らないで下さい、あれは可哀想な子なんです」


と両親に言っていったことだ。

 そのせいか、両親は兄が居なくなってからというもの、更に私を無視する様になった。



 その頃家庭教師がやってきたのだが、田舎の家までやってきた彼女は、実に教育熱心で、そして私自身を好いてくれた。


「モニカ様はとても作文がお上手ですわ」


 そう、私はどうしても両親に伝えても伝わらないもどかしさを、紙に書いて発散することにしていた。

 元々物語が大好きだった。

 そしてそれ以外の知識が詰まっている本も。

 だからこそ、兄は父の秘蔵の本の場所を私にわざわざ知らせてきたのだろう。

 入り込んだら怒られる類いの。


「先生、私もっと勉強したいの」

「それはとてもいい心がけだわ!」

「作家になれるかしら」

「判らないけれど、モニカ様は自分の思うことを自由に綴ることはできますわね。ただその上に、沢山の体験をすること、そして自分の書いた文章はどう読まれるか、と知ることが大切じゃないでしょうか」

「だったら寄宿学校に行った方がいいのかしら」

「そうですね。今後社交界に出るにしても、他の都会の令嬢達とのお付き合いを体験しておくことは大切でしょうね」


 そして先生は両親にはこの「お付き合い」を主張して、学校へ出すことを決めてくれた。



 ただそこからの三年は、田舎育ちにはなかなかしんどいものがあった。


「モニカ・サットンです。宜しくお願いします」


 私は編入という形だった。

 既に一つの秩序ができている様な場所へ、入り込んだ異物だった。

 紹介された時から、既に何やらおかしな雰囲気はあった。

 確か校則ではきっちりと髪を編んで置く様に、とあったはずなのに、大きなリボンで留めておくだけの同級生。

 派手だな、と私はまず目をやってしまった。

 この女の名がアルマということは、すぐに判った。

 成績優秀、品行方正、仕草は優雅、そしてまずまずの家格。

 そのリボン女の目を私はどうも第一印象の悪さで引いてしまったらしい。



 さあそこからは地味ないじめの日々だった。

 ただその地味ないじめと言っても、私はある程度まで受けたなら、あとは予想がつくものだった。

 要は、兄が私にやってきたことの縮小版だった。

 家だったら、私に伝える情報と、両親に伝えるそれをずらすこと。

 学校だったら、教師が両親の役に当たる。

 私は波風立てるのは好きではなかったので、できるだけ彼女達から伝達されたなら、別の情報の裏付けを取る様にした。

 ただし、何回かに一回は失敗して教師に怒られる。

 まあその程度で彼女やその取り巻きの憂さが晴れるなら放っておいた方が楽だった。



 私はそれより、ともかく図書館に行くことの方が大事だった。

 自分の学校だけでなく、市内にある図書館、美術館、博物館…… ともかくそれらに私はひたすら魅せられた。

 できる限り、見に行こうとした。

 そしてそこで、一人の男性に出会った。

 後に私の夫となるジェームズ・ロッドだ。

 男爵の三男坊ということで、博物館勤務を目指していたということだった。

 彼はひたすら重い本を読みふける女子学生というものに興味を抱いたという。

 ただやはり紳士でもあったので、無闇に声をかけたりはしなかった。

 まあ何だかんだ言って、寮での情報戦と、休日の図書館通い。

 私は家に居るよりずっと楽しい三年間を過ごした。

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