第33話 ラーフェンの独断専行
ユードリッド男爵の命を受けて出発した青年騎士ラーフェンを長とした前衛隊。
前衛隊とは本隊が前進する前に経路上を進み、安全を確保する任務を持つ部隊のことである。それは敵の存在を確かめるだけではなく、確かめたならば素早く排除することが求められている。
ラーフェンを長として総勢十六名の部隊ながら、聖騎士エスメラルダ・パラ・エストラーダ直属の近衛騎士、司祭、斥候兵に、ラーフェン自身の直属の部下や従兵、術士を含めた数名の超人を連れてきている。
よほどの事がなければ負けることなどあり得ないとラーフェンは思っていたし、それはこの隊にいる全員の共通認識だった。
警戒のために無理には急がずに
彼らが征くのはなだらかな、だが、途方もなく長い尾根の坂道。その両脇に生い茂る広葉植物の原生林の切れ間切れ間に、差し込むように吹く潮風を感じながら悠然と進む。
整備されているとはいえ、さほど広くない山道でラーフェンは器用に馬を操り、聖騎士エスメラルダの隣りに位置を変えた。
「エスメラルダ、貴女に確認したいことがある」
「ラーフェン殿、何ですか?」
「貴女はユードリッド男爵の味方になりますか?」
真剣な瞳で問い掛けるラーフェンに、エスメラルダは訝しげな視線を向けた。
「一体、どういった意味でしょうか? ラーフェン殿」
いくら田舎出身の元農民で政治に興味がないと言っても、さすがに意味ありげに話し掛けてくる貴族が無邪気に聞くことではない事柄ぐらいは分かる。
警戒されることも織り込み済みなのだろう。ラーフェンはそのまま話し続ける。
「文字通りの意味です。聖騎士エスメラルダ・パラ・エストラーダは茨十字騎士団副団長の敵になるのか、ならないのか。文字通りの意味で聞いています」
「ラーフェン殿! 敵地での任務中に聞くようなことではありません」
エスメラルダが答える前に、後ろにいたリリアーヌが大声で割り込んだ。
ラーフェンはそれを無視したが、エスメラルダまでも無視するとは誰も思っていなかった。
「ユードリッド男爵が勅命を逸脱しない限りは……味方であり続けるでしょう」
「聖騎士として、貴女は勅命をどこまで追求すべきかと思いますか?」
「…………」
「ラーフェン殿、聖騎士を政治に巻き込むのが貴方の騎士道ですか?」
二人に無視されていようがお構いなしにリリアーヌが口を挟むと、子爵家の一員であるラーフェンは端正な顔に苛立ちを滲ませて睨み付けた。
「リリアーヌ、私は今帝国貴族として会話している。侍従長とはいえ口を挟むな」
「確かに私は取るに足らない貧乏貴族出身でありますが、皇帝陛下の勅命により侍従長の任を命ぜられた以上、聖騎士の安全に関する事項は例外なく関与することになります。ご理解下さいませ」
「では、貴女も共犯者となって頂こう」
青年騎士が臆することなく口にした言葉の不穏さに、リリアーヌは眉をしかめた。
「
「今我々に必要なのは秘密ではなく、この遠征に参加している者たち全員の総意だ」
「ラーフェン殿は何を為さるお積もりで?」
冷め切った視線を隠しもせずにエスメラルダはラーフェンに視線を向けた。
「出発前、ユードリッド男爵がエルフの女王だけを捕らえ、他は捕縛できなくても仕方がないと言ったこと。覚えていますか?」
「ええ、覚えています」
「ですが本音の部分では、副団長は既に作戦の成否に関わらず、もう帰ろうとしているのです」
「良いことではありませんか。本国に戻る頃には、出立から二年を超える。ご家族に顔を出すには丁度良い頃合いかと思います」
エスメラルダははっきりと己の意志を示した。
「ええ、タイミング的には確かに最善でしょう。ですが、ここから本国まではどんなに早くても――転移魔方陣を使っても半年以上は掛かる」
青年騎士は勿体振ったように言葉を句切った。
「ならば、もう手を少し伸ばせば届くところにある栄光を手にするために、一日二日旅の時間が延びたとしても誰も問題にしない。腰の引けた副団長に代わり、我々が先陣を切って砦に強襲を仕掛けるか、港町を陥落させてエルフたちを捕らえれば、この戦いは完璧な結末を迎えることになる」
「このまま神州国との戦争を継続すると?」
疑問を示すリリアーヌに対して、ラーフェンは一瞬何を言っているのかと目を見開き、それから大声を上げて笑った。
「あの弱兵どもなどものの数ではありません。赤鎧の若侍以外、注意すべき敵がいないのは昨日の攻城戦ではっきりと分かっているではありませんか。これではゴブリンの方が手強いといえますよ」
同意を示すように周囲の騎兵たちも笑い声を上げた。
笑わないのはエスメラルダら四人だけ。
リリアーヌはその様子を見て、ラーフェンは既に根回しを終えていると判断した。
「一昨日までは、ラーフェン殿もそれなりに慎重でしたが」
エスメラルダは、頭に血が上った自分を注意したラーフェンのことを忘れてはいなかった。
そんなことなど無かったように青年騎士は蕩々と続ける。
「敵はもう十分に観察し、分析し終えた。我らに太刀打ち出来るのはあの若侍一人しかいない。多勢に無勢。囲んでしまえば敵ではない。ああ、窮鼠猫を噛むで、逃げ惑うだけだったエルフ共が魔法を使うでしょうが、エスメラルダの防壁を越えることは出来ない。ええ、それは今までも、これからも。だからこそ、我々は攻め続けるべきだ。昨夜の仕掛け爆弾こそ不意を打たれ、第一中隊にそれなりの犠牲が出ましたが、我が騎士団の第二・第三中隊は未だ健在。術士もほぼ犠牲が出ていない。厄介だったのは城主とエルフの魔術師のみ。何か、他に躊躇う理由が存在するのですか?」
「敵を侮る以上の危険なことはないと思っておりますので、私は主力であるユードリッド男爵を待ちたいと思います」
エスメラルダがラーフェンの誘いをきっぱりと断ると、リリアーヌは内心拍手喝采だった。
ラーフェンが行おうとしているのは独断専行だ。
確かにそれを行うだけの価値がある場面であればリリアーヌとて反対しないが、今ラーフェンたちの一団がやろうとしていることは、いたずらに神州国との戦火を広げるだけのような気がしていた。
「ふむ。では、我々は機を見て動くとしますか」
ラーフェンは素直に引いた。彼にとってエスメラルダを味方に引き込めなかったのは残念だが、だからといって手駒に困るほど彼らに余裕がないわけではない。
さらにはエスメラルダが仲間にならない可能性も考えて、今回は術士も連れてきている。
なんと言っても敵は弱兵の神州国軍なのだ。
戦力的には不足はない。
ラーフェンは馬に軽く鞭を入れて、元の隊列に戻った。
ラーフェンの配置と距離を確認してから聖騎士エスメラルダはリリアーヌに向き直った。
「リリアーヌ、ちょっと相談があるの」
「何ですか?」
エスメラルダは視線を少し
彼女が頭を振る度に、ポニーテールに青いリボンで纏められた赤みがかった金髪が陽の光を反射して煌めく。
眩しいばかりの金髪と健康的な白い肌と凜々しい美貌が合わさって、今のエスメラルダは本当に戦の女神の生まれ変わりか何かに見えてしまうほどだ。
「どうにかして私たちだけで神州国の、あの赤鎧の若侍とリリアーヌが言ってた目付きの悪い少年兵を生け捕りにすることが出来ない?」
「意味が分かりませんが」
「そのままの意味よ」
「少年兵はまだしも、あの赤鎧の若侍はとても私たち四人だけで生け捕りに出来る生易しい敵ではありません」
「そう思うよね、やっぱり」
自分から言っておきながら、エスメラルダはさして落胆した様子も見せない。
リリアーヌは首を傾げ、二人の会話を聞き取ろうと女騎士のアイダと女司祭のエカチェリーナも寄ってきた。
「今の話し、少し聞こえたけど正気? あの若侍だけは洒落にならないわよ」
アイダがいつものように周囲を警戒しながら声を掛けてくる。
彼女は自分一人の時よりもエスメラルダが近くにいる時こそ警戒心を強くする。
「私も同意見です。初日は、あの若侍一人に戦局をひっくり返されました。敵ながら、将来は間違いなく英雄となる逸材。生け捕りなどと気を遣うことなど出来ない相手です」
戦場での経験は浅いエカチェリーナでさえ、八面六臂の大活躍とは、あの若侍の戦い振りを示すのだろうと思う。
あの戦い振りを思い出すと背筋が寒くなる。
槍を振るえば馬ごと騎兵を斬り倒し、魔術を唱えれば大地から飛び出る岩の槍。
重装甲騎兵で幾重にも囲もうとも、無尽蔵の体力と巨人のような怪力で蹴散らす。
魔術も弓矢も無詠唱の土壁で凌ぎ、驚異的な技量で味方の首を刎ねていく。
祖国に語っても、誰にも信じて貰えない殺戮の光景。
それを生み出した男は余りにも危険すぎる。
「なぜ、急にそんなことを思い付いたのですか?」
エカチェリーナの疑問は、アイダとリリアーヌの疑念を代弁したものだ。
エスメラルダは偶に突拍子もないことを言い出す娘だが、常識がないわけではない。
「昨日の夜、夢の中で神のお告げがあったの」
聖騎士の少女が小声で告げた一言で、三人は文字通り顔色を変えた。
「夢での、お告げですか? 内容は?」
エカチェリーナは慎重に訪ねた。
司祭である彼女にとっては即座に色々と質問攻めにしたいところだが、まずは内容だ。
「神様に会うのは六年振り……聖騎士になるために帝都に行く時以来だったわ」
「それで?」
エカチェリーナに代わり、アイダが問う。
リリアーヌは微妙に離れ、他の騎士たちが近づくには邪魔となる場所へと馬ごと移動する。
「近々、ここに界獣が現れるわ」
何気なく告げられたエスメラルダの一言に、リリアーヌら三人は絶句した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます