第13話 帝国の打開策

 この世界では魔術師は極めて貴重な人材だ。

 魔法まで使う魔獣や恐竜のような巨大生物が闊歩する世界で、人間を始めとする人族が生き残るには科学か魔法の力が必須である。

 異世界からの流入があるとはいえ科学が未だ近代レベルへと到達していない以上、魔法や魔術がなければ、この世界の人類は滅亡するといっても過言ではない。

 それほど重要な魔法を操る魔術師や神官は、国家にとっては正に戦略兵器といって差し支えない。

 有能な術師は、無能な貴族などとは比べ物にならないほどの重要人物である。

 それを無期限で差し出せと言われて、首を縦に振る国家元首などいるはずがない。


「結果、僅か一年足らずでオルデガルド帝国に国境を接していた国は全て滅ぶか、属国となりました。もはや一刻の猶予もないと、私たちの氏族は生まれ育った故郷の森を捨てて逃亡を決意したのです。帝国も、まさか私たちが森に背を向けて砂漠が広がる大陸中央部へ逃げるとは思わなかったのでしょう。私たちは砂漠で得た時間で、なんとかここまで逃げおおせたのです……」

「ソフィア女王……貴女は」

「ここからは憶測が入ります。帝国は搔き集めた魔術師たちに、特に優秀な者たちには召喚門の完全閉鎖か、界獣が通る門になってしまった原因追究とその対策を命じているはずです。次に我々人族の最終手段である異世界からの勇者召喚を、前例のない大規模召喚術として準備していることは間違いありません。森人を集めるのは第一に、大規模召喚術を成功させるために必要な魔力炉として生贄に捧げる算段なのでしょう。勇者召喚術は大量の魔力を必要としますが、技術としては完全に確立された術式です。有能な使い手を多数失い、手間と時間は掛かりますが、それでも失敗はしないでしょう」

「しかし、それでは根本的な解決には至らないかと……」

「彼らとしては、その場しのぎでも構わないのでしょう。第二の目的として召喚門の完全閉鎖等の術を使うにしても、私たち森人を魔力炉として生贄に捧げるはず。そうでなければ、手あたり次第に大陸中の森人を襲うことなどしないでしょう……もはや、人が行う所業ではありません」


 その一言を言い終えると、今までの旅を思い出したソフィアは俯きながら華奢な右手で目元を隠した。

 走馬灯のように思い浮かぶ苦難の数々。

 古の約定だけを信じて歩き出した、数万キロにも及ぶ逃避行。

 雪原を越え、砂漠を越え、草原を抜けて山脈を越えた。

 出発当時、逃亡を選択した千人を超えた仲間たちも今や二百人もいない。

 仲間たちは見知らぬ土地の風土病に倒れ、時に治癒魔術でさえ効かず、看病の甲斐もなく死んでいく。

 持ち出した路銀が無くなれば、食料の調達さえ覚束ない。飢えに苦しみ、子に食べ物を与えて死んでいった親や、厳しい旅に耐えられず衰弱死した子供たちも多い。

 亜熱帯の密林近くでは、豹や虎などの大型猛獣にも襲われた。心を交わしていない獣にとって、やせ細った森人など容易く狩れる獲物にすぎない。

 独立系の都市国家にたどり着いても、帝国の息が掛かった者や懸賞金目当の者に拉致された。

 国王である夫も茨十字騎士団の手先に殺された。

 求心力を失い、意見が異なる一部の家臣たちは離反して何処かへと消えた。

 最善を尽くそうとしたが、最善の結果など一度も出来なかった。

 いつも助けようとした誰かが零れ落ちた。

 魔術師として一流であっても、何もかも出来るわけではない。

 綺麗事だけでは何もできない。

 誠意を示しても無駄になることも多い。

 ソフィアにとっては、それらを思い知らされただけの二年間だった。


 太田森からは女王の悲しみに翳り帯びた目元が見えたが、それに例えようもない色気を感じて背筋が泡立った。

 それを押し隠して、太田森は胡坐を組んだまま深々と、畳に額が付きそうな程に頭を下げた。


「よくぞ、この地まで無事に来られました。数々の貴重な情報、鎮西軍総大将に代わり御礼申し上げます」


 太田森はその姿勢のまま動かない。

 せめて女王から何か一言なければ、頭を上げるのは礼を失すると思った。


「太田森殿、もう顔を上げて頂けませんか」


 静かな懇願に応じ、ゆっくりと姿勢を元に戻す城主。

 だが次の瞬間、太田森にとっては想像していなかったことが起きた。 

 ソフィアは太田森の禿頭を自らの豊かすぎる胸の谷間に埋める様に搔き抱いた。

 柔らかい甘い体臭が鼻を突き、いつの間にかはだけていた浴衣の胸元。

 太田森の頬に触れた白磁の肌は、見た目以上に滑らかで、股間から湧き上がる獣欲にくらくらする。


「女王……陛下……」


 それでも何とか理性を保つ。

 半ば無意識に抱き締めようとした二の腕を何とか止めたが、盃は畳の上を転がり酒をばら撒いた。


「…………私は狡賢い女です。太田森殿」

「真に…………狡賢いものは自らの正体を言わないものです。ソフィア女王……」


 絶世の美女の耳元をくすぐるような熱い囁きに、太田森は喘ぐように返した。

 ソフィアは抱きしめていた腕を解くと、男の胸元にしな垂れかかるように滑り込んだ。

 縋るように男の太い首に腕を回し、豊満な胸を押し付けながら、男の胡坐あぐらの中に腰を下ろす。

 耐えきれなくなった男の無骨な両手が、彼女の細いくびれをがっしりと掴む。


「今宵だけはソフィアとお呼びください」


 今にもいきり立った男根を腰に打ち付けてきそうな男に、煽るように甘い吐息を吹き掛ける


「で、ですが……」

「夫を失った哀れな女を慰めることはお嫌ですか?」

「い…………いえ」


 顔に掛かる男の酒臭い、荒い吐息にさえ美女は微笑む。


「約束さえ守って頂けましたら、私を一晩好きなようにしていいのですよ」

「や、約束……とは」


 森人の女王はするりと男の胸から離れて膝立ちすると、喘ぐように獣のような呼吸を繰り返す男の目を見据える様に見つめた。

 欲望に塗れた男の視線が絡むように、女の双眸に突き刺さる。

 この時、男は初めて森人の女王の右目が淡く金色に輝いていることに気付いた。

 だが、もう遅い。


(今なら……!)


 ソフィアは密かに体内で練り上げていた魔力を一気に解き放ち、暗示に偽装した強要魔術ギアスを放つ。

 疑似魔眼による無詠唱魔術。

 魔術としての力は弱いが、確実に対象者の不意を打ち、篭絡する。

 この魔術を逃れられた者は逃避行中、ただの一人もいない。


「我が一族を帝国よりお守り下さい」


 太田森に死を強要するに等しい、半ば呪いの言葉めいれい

 成功したならば、対象者の目は一瞬だけ焦点を失う。


「…………」

「…………え?」


 だが、男の目が焦点を外すことはなかった。

 むしろ、先ほどまでの荒い呼吸は影を潜め、酒に酔っている気配さえない。

 美貌の女王が今まで経験したこともない未知の現象に狼狽え始めると、中年そのもの容姿をした城主は優し気な表情を浮かべた。


「では、この約束の代価を頂きましょうか」


 そう言って腕に力を込めて抱き寄せる。

 華奢でありながら豊満な熟れた肢体は、再び男の腕の中に戻った。


「……そ、その……怒って、いないのですか…………術を掛けたことを」


 この言葉遣いが、この女王の素なのだろう。

 小娘のような言い様が微笑ましくて、自然と笑みがこぼれた。


「無駄骨でしたな、女王様。少しばかりは怒ってもいます。私もかなり見縊みくびられたものだと」


 太田森は腕の中で、さらに小さくなる女王に胸の内を吐露した。


「ですが、理解は出来ます。民を率いる者として、その身を削りながら、ここまで逃れてきたのでしょう。少々不快になりましたが、それだけのことです」

「失礼しました。貴殿に、心からの謝罪を」

「ええ、それでもう十分です。お互い忘れましょう。元々、私はそうするつもりだったのです。強要魔術の類いが効かなかったのは、きっと女房の願掛けのおかげでしょう」


 先ほどまでの躊躇いなど、どこに行ったのか。

 太田森は西瓜のように大きな胸に五指を食い込ませて、捏ねる様に揉みしだき、固くなり始めた乳首を浴衣の上から指で強く摘まんだ。


「うっ……ぅんっ!」


 快楽に身を捩る女の耳元で、先ほどとは逆に男が囁く。


「本国に辿り着きましたら、幕府に帝国の内情をお伝えください。お願い致します」

「お、太田森殿、貴方は……最初から死ぬつもりですか」

「そうでなければ、この山城では……奴らを半日も足止めできません」


 森人の女王は真っ直ぐに男の瞳を覗き見た。

 その奥底にある覚悟を確かめるように。


「……太田森殿。貴方も小なりとはいえ、私と同じ人の上に立つ者。本当に、ここに残る覚悟ですか?」

「後のことは加藤に任せました。第一、御帝様の子である兵たちを預かる城主として、貴女たち森人だけではなく、ある程度の部下たちも逃さねばなりません。そして生存者がいなければ、本国の官僚どもにはこの一大事の重要性は伝わりますまい」

「……わかりました。大陸で起きている、この騒動を必ずや伝えましょう」


 その言葉を聞いて、太田森は話は終わったといわんばかりに、女王の起伏に富んど女体を組み敷いた。

 さらさらの金髪を撫でながら、どこか困ったように視線を逸らす。


「この世で最期に抱く女が女房じゃないのが少々後ろめたいが……あとで、どやされましょう」


 ソフィアはその言葉に目を細めて微笑んだ。

 明日には死ぬと決めた男が見せた、妻に対する後悔と気遣い。

 それでも抱くのを止めようとしない、抗いがたい生存本能。

 その躊躇いを取り除くように、細い指先で勃起した男根を優しく包み込むように白い右手で撫でた。

 ビクンと跳ね上がる男の腰。

 だが、女王の左手は男の金玉を柔らかく包み込んで放さない。


「女王……」

「ソフィアですよ、今は」


 ソフィアは男に組み敷かれながら、煽情的に身体を捩り、着崩れた浴衣から熟れた肢体を晒して、無邪気に微笑む。


「……ソフィア……」

「ええ、その名を何度でも囁いてください。それが私を今宵限りの妻にする、魔法の言葉ですよ」


 その一言で我慢を止めた太田森はそそり立つ己の逸物を、ソフィアの濡れた蜜壺へと荒々しく突き入れた。


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