第11話 北海の森の氏族の女王ソフィア
神州国鎮西軍第八派遣隊に属する藤亜十兵衛と蘭、そこに身を寄せる北海の森の氏族の姫であるオルフィナとフェリシアがいる山城にも名はある。
鎮西軍第八派遣隊の根城は、鳴り子城とも呼ばれていた。
断崖絶壁の峠の山頂に建てられた関所を兼務する城で、この山の背後には突き出た形で小さな岬があり、そこの端にはそこそこの港町があった。
中央大陸の端に位置する無数の諸島の連合国である神州国。
その対岸に建てられた対大型魔獣迎撃用の山城。
出来ればその場で魔獣を打ち倒し、最悪でも本国が迎撃するまでの時間を稼ぐ砦。
故に、鳴り子城と名付けられた。
異国での辛く、危険の多い任地であり、それを加味して、ここでの軍役は本国での軍役よりも短い期間で終えることが出来る。
長々とやるより、短く軍役を終えた方が得だと考えるものも多い。
現に今期城主として赴任した
その事実を、城主の太田森は正しく掌握していた。
悪いことをした。
彼は自然とそう思った。
だが太田森はその胸の内を言葉にすることなく、城の天守閣から、満月の光に照らされる城内を見下ろした。
篝火が盛大に焚かれた城内では、疲れ切った足軽たちが壁や木に背を預けて寝落ちしていた。地面にそのまま横になって寝ている者もいる。初夏でなければ、その様な事も出来ないだろうが、みな疲労困憊で意識を失うように寝てしまったのだろう。
今日一日で城内にいた兵たちの約半数が殺された。
間違いなく、疑うこともなく、大敗である。
軍隊という組織としては、もはや壊滅に近い。
兵たちの精神的ショックは隠しようもない。
それでも見張りの者たちは寝ていないし、加藤や藤亜のような武将や古参兵たちは上手く休憩を執っている。
太田森自身も鎧を脱いでいる。
今夜、敵の夜襲はない。
鳴り子城主として、太田森はそう読んでいた。
大陸の西側から来たオルデガルド帝国の茨十時騎士団は今朝、野戦で太田森が率いる神州国鎮西軍第八派遣隊に圧勝した。
彼らとしては、明日は残敵掃討のようなものだろう。
であれば、今日はむしろ逆襲を受けるかもしれないと警戒しているだろう。
そう。兵力が劣る側が勝つことだけを考えれば、取りうる手段は通常奇襲か夜襲となる。
茨十字騎士団側としては夜襲以外怖くない。
つまり、今宵は従者たちを警戒に立たせ、騎士たちを明日備えさせた方が効率的だ。
その上、それを選択しても帝国側に不利益は一切生じない。
故に、太田森は自らの読みを疑っていなかった。
それ故の余裕である。
そんな彼でも読み切れないことがあった。
「しかし……貴女から晩酌に誘われるとは思いませんでしたよ。ソフィア女王陛下」
太田森は照れたように禿頭を右手で撫でながら振り返った。
彼の視線の先には、北海の森の氏族の女王ソフィアが慣れぬ畳の上で足を崩して佇んでいた。
「いいえ、太田森殿。こちらこそ時間のない中、私のお誘いを受けて頂き、礼を言います。本来であれば出会ってすぐにすべきことでしたが、体調が優れず失礼しました。私たちは出会ってまだ一週間ほど。お互いを知るためにまず会話が必要です。酒の席であれば、少しぐらいはお互い本心で話しやすくなることでしょう」
艶然と微笑む森人の女王に気負いも緊張も見られない。
高貴な血筋を証明するかのように、絶体絶命のこの状況下でも毅然としていた。
北海の森の氏族の女王ソフィアは美しすぎる女だった。
美というものが、ただそれだけで人々を
切れ長で知的な光を宿した透き通るように青い瞳。整った眉が描く柔らかな曲線。完璧なバランスで配置された鼻筋。桜色で彩られた肉厚でありながら小さな唇。白磁のように白く染み一つない柔肌。光を受ければ絹のように艶やかに輝く、腰まで届く長い金髪。
隠すことなど出来ないほどに豊満すぎる胸と尻。アンバランスなほどに細く括れた腰。
それだけで男の獣欲を刺激するには余りある。
その上細長く華奢な手足は、ただ動かすだけでたおやかに揺らめくようにさえ感じる。
色を知らぬ童も枯れた老人でさえ奮い立ちそうな色薫る女の肢体。
オルフィナとフェリシアと娘を二人も産んだとは信じられないほど、全く崩れていない身体の曲線美。
年を得て身に纏う大人の色気と、不老である森人特有が持つ少女のような清楚さを併せ持つ矛盾した美女。
女王という身分を裏切るように時折見せる優しさに、森人と人間との区別もない。
強大な敵騎士団にしつこく襲撃され続けながらも、数万キロもの逃避行を続けた指導力。
そんな女傑が薄い浴衣一つだけで、この密室にいた。
太田森は規模は違えど同じ指導者として、そして男として、ソフィア女王に完全に魅了されていた。
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