第4話 茨十字騎士団

 曇天の空が霧雨を降らす昼下がり。

 雨雲の切れ間から存在を主張し始める太陽と青い空。

 その陽光を受けて輝く白銀の洋甲冑に身を包んだ三騎の騎兵が、まだ生温かい骸が散らばる初夏の戦場を駆け抜ける。

 一刻ほど前までこの地は雨の如く無数の矢は降り注ぎ、破壊的な火球と砲弾が飛び交う戦場であった。

 戦の趨勢は決し、今は雄叫び一つ悲鳴一つ聞こえない場所。

 陽の恵みを受けた鮮やかな新緑の大地を、鉄臭い赤黒い血糊が塗り潰していた。

 放置された二百は下らぬ物言わぬ骸たち。

 魔術師と英傑たちが放った大魔術が、草木を吹き飛ばし、大地を抉り、多くの兵を燃やして骸に変えた。

 視界を埋め尽くす無惨な死に様が、先ほどまでの戦いの凄惨さを訴える。

 ある者は四肢が欠け、首を跳ね飛ばされ、血と泥が混じった水溜まりの中に沈み。

 また、ある者は燻るだけの炭と化し、今も草むらの中で狼煙のように煙を上げる。

 気の早い鴉が上空でご馳走を見つけたと喜び勇んで群れを呼び、蟻と蠅は内臓から食い尽くさんばかりに肉片に群がる。

 現世に具現した、地獄絵図の如き戦場跡。

 だが凄惨さに耐え、物言わぬ骸たちをよくよく眺めれば、どちらが勝ったかは一目瞭然。

 三騎の騎士と同じ型の西洋鎧を身に付けた金髪碧眼の骸は僅かしかない。

 大多数の骸は、紺色の軍袴を身に付けた黒髪黒瞳の兵たちであった。


 骸散らばる戦場を、無人の荒野を駆け抜けるが如く三騎の騎士が走り続ける。

 恰幅の良い中年の男性騎士を中央に、前に男、後ろに女の騎士の縦列で突き進む。

 先頭を行く美丈夫の青年は彫刻のように整った顔に、戦場には似つかない微かな憂いを帯びた表情を浮かべていた。

 青年の名はラーフェン・フィレンツィ。

 彼が持つ、交渉を求める意味を持つ青旗を括り付けた斧槍ハルバードからは今も血潮が滴り落ちる。

 それを右腕一本で高く掲げながら、栗毛色の軍馬を走らす。


 青年に続くのは既に人生の半ばほどに達し、髪が薄くなってきた壮年の男。

 男の名はオズワルド・ユードリッド男爵。

 少しばかり太っているのは年の影響もあるだろうが、それでも見苦しいほどではない。

 むしろ、その胴周りの太さと比例しているかのような太い二の腕は、肥大化した筋肉は丸太のように膨れ上がり、気の弱い者はそれを見ただけで萎縮するだろう。

 さらに男は厳粛さと野蛮さが混じり合わさったような、一種異様な雰囲気を身に纏っていた。

 顔を見ればギョロリとした大きな目に潰れた鼻、禿げ上がった額に刻まれた古傷と厳つい顎骨。

 武骨さを感じるもの全てを詰め合わせたような顔であった。


 それから僅かに遅れて白馬を走らすのは、赤みがかった金髪を一つに結い上げた美少女。

 透き通った色彩の青い瞳。切れ長でありながら、少し丸みを帯びた目の形。真っ直ぐに通った鼻筋。

 彼女の名はエスメラルダ・パラ・エストラーダ。

 日の光を浴びて光り輝く白銀の鎧には魔術刻印が揺らめくように浮かび上がり、左腕に括り付けた丸盾は工匠マイスターが執念と変わらぬ一念を以て仕上げた鏡面仕上げ。

 左腰には、見事な装飾の短剣が一振り。その刀身は魔術刻印が施された逸品であり、それ一つで一財産になりえるもの。

 それらを身に付ける少女の美しさは見る者に可愛いではなく、凜々しいと言わせるたち美貌もの

 騎士として鍛えられているためか、馬上の姿勢は極めて良く見事な物だった。

 女性としては背も高く体格もいいが、それを感じさせないほどに女性らしく見事な曲線を描く胸と腰。青い瞳は理知的で怜悧さを宿し、それは遠くに見える山城を睨み付けたまま離れない。

 少女とはいえ、骸散らばる草原を眺めても顔色一つ変えず、愁眉を顰めることさえない。

 胆力からして常人とは比べものにならない強靱な精神力を有していた。


 この三人で最上位者は中央に位置する壮年の男であり、そしてもっとも険しい表情を浮かべていたのもその男だった。

 それはとても真剣な表情であった、余りにもそれが過剰で滑稽さも感じさせた。

 だが、それを指摘して笑い飛ばすような者はいない。

 仮にそのような無礼者がユードリッド男爵の目の前に居たら、彼は躊躇することなく腰に吊した鎚矛メイスで頭蓋骨を粉砕するだろう。


 彼らは屍山血河の草原を抜けて、山城がある山の麓へと一直線に向かう。

 その山城はこの地域一帯の要衝であり、断崖絶壁に囲まれた峠の関所でもあった。

 地形的には大陸から突き出した細長い小さな岬の根元に辺り、そこには小高い山がちょっとした山脈のようにそびえており、その両側は断崖絶壁になっている。

 この山の峠を越えれば、なだらかな傾斜が続き、その先にある小高い岬にはちょっとした港町と灯台を兼ねた小さな砦がある。


 三人の騎士たちは彼らが追い求めている者たちが、這々ほうほうていでその港町へ向かっていることを掌握していた。

 そして茨十時騎士団は山城の城主から、三日前に関所の通過を拒否されている。

 つまり、立ちはだかる山城を力尽くで攻略せねば茨十時騎士団は前進不可能で、さらに一年以上も追い続けた獲物は、彼らの手の届かない海の向こうへと逃げようとしている。

 であるならば、彼らもその道を行かなくてはならない。

 例え、卑怯者と誹られようと追いつかなくてはならない。


 人類が言葉の次に使用する手段ものは昔から変わらない。

 単純な、極めて単純な方法である暴力を双方が用いた。

 その結果が、草原に散らばる物言わぬ骸の山である。


 さらなる鞭を入れられた軍馬が嘶き、口角に泡を吹きながら疾走する。

 だが、三騎の騎馬が細い山道へと差し掛かろうとするところで、彼らの予定は狂った。


 見窄らしい少年が藪から現れて、三人の騎士の前に躊躇うことなく立ち塞がったからだ。

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