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Phase1:いつか観た夢[#1:変革]

#1:変革


「まずいな……」


「一応このペースでしたら駅まではあと5分ほどで到着しますし、講義に間に合うとは思われますが。何か忘れ物でもありましたか?」


「いや、少しね」


 ついついあることないこと勝手に想像して変に考えをこじらせてしまう癖。想定外のことが起こった時なんか特に、悪い方向へと考えが走りがちなのはよくあることだと思う。


「件の呼び出しですか」


 そういうものを一人で、頭で観測してしまう、私の悪い癖。いわゆる負のスパイラル。そしてそのことを裏付けるかのような返答。

(それにしてもコイツ分かって言ってるだろ……)


「呼び出しって、そんな言い方したら余計心配になるだろ……まだ用件だって確定したわけじゃあるまいし」


「申し訳ありません。しかしこれについては私にも分かりかねますね。一応データ上では全く問題がないように思えるのですが」


「まあでも、あの人のことだからどんな可能性もあり得るような気がして……」


 心情がそのまま足取りに反映されたかのように歩く速度が上がる。それに呼応して鼓動も早まる。そうしてまた思考は加速する。悪い方向に……


「そうでしょうか? 余計な心配はしない方が良いと思いますよ? 藤本教授のことですから、きっと研究やそれに関連した用件ですよ」


(今更フォローされてもな……)


「だったらいいんだけど、どうしても……」




 そうこうしている内に駅に着く。


「なんとか間に合いそうですね。分かっているとは思いますが」


「ああ、一応リニアも定期に金額上乗せすれば使えることぐらいは把握してるよ」


「なら説明は不要でしたね」


 いつもとは違う改札を通り、いつもとは違うホームに向かう。


【……今度の1番線に来る列車は、定刻8時40分発、特別快速、カルラント行きです。到着までしばらくお待ちください】


「しかし、リニアなんて乗るのは1年振りくらいかな?」


「そうですね、前回リニアに乗ったのは2062年2月25日土曜日ですから丁度1年ほど前になりますね」


【まもなく1番線に特別快速、カルラント行きが到着します】


(もう1年前なのか……)

 めまいがしそうなほど速い時の流れに置いていかれてしまいそうだ。一体いつからこんなに時の流れを速く感じるようになったのだろうか。大学に進学してから比較的日常の時間に余裕ができたからだろうか。


【1番線に到着の列車は特別快速、カルラント行きです。南北連邦線はお乗り換えです】


 そんなようなことを考えている内に列車はやってくる。


「うわ……」


 扉が開き、車内の様子が目に入る。いつも乗っている在来線の倍以上混んでおり、中は人でごった返している。当然ながら、慣れない満員の列車内に足を踏み入れるのは憚られるが、これに乗らないわけにはいかない。


【ドアが閉まります、ご注意下さい】


 列車が動き出す。慣れない加速度。体が追いつかないような、不思議な感覚。

(しかしリニアってこんな混んでるものなのか? 去年はこんなんじゃなかった気がするけど……まあそりゃあ通勤通学の時間帯だからある程度混むとはいえさすがにこれは……)

 車内アナウンスが霞んで聞こえてしまうような混雑。見渡すと、やけに大荷物の乗客が多い。旅行シーズンというわけでもないので余計疑問は深まるばかり。正直に言ってしまうとうんざりしている。予定を把握していなかったため、こうなってしまったということは自分に落ち度があるとはいえ、さすがにこうもストレスがかかる環境だと嫌気がさしてくる。ただでさえこの後が心配だというのに。

 本当ならいつもとは一味違う外の景色を楽しみたかったところだが、車内がこの調子だからそうはいかない。しかしながら不幸中の幸いというべきか、この列車はリニアモーターカー。目的地までの乗車時間は短い。先ほどの不安を反芻しながら到着までの時を過ごす。




【ご乗車ありがとうございます。間もなくヴェルム、ヴェルムです。スエリアス、ベルン方面はお乗り換えです。ヴェルムの次は、ヒューゲルハイトに停まります。ドアから離れてお待ちください】


(やっと降りられる……)


【ドアが開きます。お降りの際はお足元にご注意ください。……5番線に到着の列車は……】


 扉が開くと同時に大荷物を持った乗客がぞろぞろと降りていく。乗車時間はいつもの半分未満。それなのにやたらと長く感じた約20分。先ほどの不安とは打って変わって開放感で満たされる。だがそれとは別に、妙な違和感を覚える。

(なんだ? ……みんなここで降りるのか……イベントでもあるのか?)


「そういえば改札口ってどっちだっけ……」


「改札口は向かって左ですね、あとは掲示の案内に沿って進めば出られますよ」


 いつもとは違うホームから、いつもとは違う出口へ。掲示板を見ながら改札へと歩を進める。


「ぉわっ?!」


「わっ! すいません!! よそ見してたもんで、大丈夫っスか? 怪我とか……」


 掲示板しか見ておらず歩行者とぶつかってしまった。


「ああいえいえ大丈夫です。すみません、こちらもよそ見をしていたものでして……そちらこそお怪我は……」


「自分は大丈夫っス、怪我がないならよかったっス。では!」


 不思議な格好をした彼は、そう言うとせかせか走って行ってしまった。何やらとても急いでいた様子だが……


「よそ見をしていたら危ないですよ?特にこういった人の多い場所では」


「いやそれぶつかる前に注意するべきでは?」


 とにもかくにも、講義には間に合いそうなので安心した。


「しかし、一体何だったんだろうあの大荷物の集団」


「分かりません。特にこの辺りでイベント等が開催される予定もありませんし、集団のツアーという様子でもありませんでしたし」


「じゃあ本当に何だったんだろう……」




(さっきの集団……何で大学の方に? というか何してるんだ?)


 見ると、何やら先ほどの集団がキャンパスの前で荷物を置いて何かの準備をしていた。謎は深まるばかりだ。

 駅を出てキャンパスへ向かっていた時だった。


「ッ……なんだ?!」


 バンッ!! というような破裂音が突如として響き渡る。それと同時に悲鳴や怒号が飛び交い始める。


「ワイズさん伏せて下さい!!」


 突然の出来事に状況が全く飲み込めず狼狽してしまったが、かろうじて平静を保つことはできている。音の出どこはどうやら大学の方向。そちらへ視線を向けると、先ほどの集団の一人が何やら指揮を執っているように見て取れる。

(おいおいどういうことだよ……この様子じゃキャンパス内での事故の可能性はほぼゼロだし……あの集団大学前で何してるんだ?!)


「とりあえず安全な場所に避難しましょう!!」


「分かってる、一旦は駅構内で大丈夫そうか?」


「最善策ではありませんがここよりかは」


 周囲を見渡し多少の安全を確認しつつ駅へ向かい走り出した。後ろではものすごい剣幕でまくし立てるような言葉が飛び交っている。


「お前ら共同参画派の連中は差別主義者だ!!」


「そんなことしていて教育機関として恥ずかしくないのか!!」


「エクセリクティスを優遇するな!! 今すぐ特権を撤廃しろ!!」


 耳に入る言葉は様々な恨みつらみ、価値観に対する柔軟性を失い醜悪な偏見、レイシズムへと変貌を遂げた思想。人々というものはどうしてこう、受容ができないものなのだろうか。

(反エクセリクティス派……不穏分子の過激派組織か? しかしなぜ弊学でいきなりデモ……いや、あれはもうテロリズムの領域……最近いろんな場所で多発していたとは言え……)


「って、また?!」


 二度目の破裂音。まさかこのような事態の当事者になるとは思ってもいなかったという気持ちも相まって恐怖心が増大する。一心不乱にこの危険地帯から逃れようと足を動かす。


「……さんいいっスか? ……はい、ちょっと見誤っていて……あー規模的にはなんとか被害は……」


 聞き覚えのある声が私とは真逆の方向へ走り抜けていく。

(あれ? さっきの……って!)


「そっちは危ないです!! 一旦離れないと!!」


「ああ……ってさっきの!」


「どうして行こうとするんですか!!」


(『ああ……さっきの』って悠長なこと言ってる場合かよ……こんな場所でテロやら暴動やらを起こそうものなら近隣、なんならカルラントからすぐに保安部隊がかけつけるのに……もしやたまたま居合わせた保安局の? 何か装備らしきものはあったけど……いや、それにしても保安部隊の恰好には見えないしなによりあの集団に対して一人だなんて無謀なこと……)


「……了解っス……ではまた。……それじゃ、すぐ終わると思うんで安全な場所で待機しといて下さい!」


「ちょっと!!」


 そう言うと、先ほど駅でぶつかった彼は走って行ってしまった。

(何考えてるんだ一体……あんなの引き止めても……こんな状況でリスクは犯したくないし)

 そうして現場を後にした私は駅に逃げ込んだ。


「なんとかある程度の安全は確保できたでしょうか」


「多分……しかしさっきのは銃声か、爆発物か……」


「本来であれば銃は規制がありますから、その可能性は非常に低いですがあの実行力、そして過激派組織である彼等であれば十分にあり得ますね」


「物騒にも程があるだろ……だいたいこんな場所で、まさか自分がテロに巻き込まれかけるなんて普通考えられないだろ……弊学一体何したんだ?」


「さあ……」


(それにしてもさっきの彼は一体何者なんだろうか。もしテロを止めるようとしていたのならあまりにも無謀な行動だし、だからと言ってなんの考えもなしに正義感だけで動くような人物には見えないし……しかもあの行動に何やら自信ありげだったし……でも……)

 モヤモヤとした気持ちだけが募っていく。彼を全力で止めるべきだったのか、疑念と後悔ばかりが膨らんでいく。ただ今は、一刻も早い事態の収束と死傷者が出ないことを願って……




 5分ほど経過しただろうか、保安部隊らしき集団がぞろぞろと現場へ向かって行くのが見える。


「しかし……やけに静かに感じるのだけれど」


「そうでしょうか? 依然騒然としてはおりますが」


 駅構内の喧騒が先ほどの事態で増しているとはいえ、ここからそう遠くはない場所、ましてやあれだけの騒ぎになっているのだから、それらしい音や声の一つや二つくらい聞こえてきてもおかしくないように思えるが……爆発音も私が現場で遭遇した二回きり……それがどうにも違和感に思えて仕方がない。


「そういえば教授に連絡しないと。まあ分かってくれるとは思うけど一応」


「そうでしたね、では……」


 教授に連絡をしようとした時だった。


「えーお知らせします。一連の事態の収束及び周辺の安全が確保されました。よってこれより立ち入り禁止の表示がある場所以外、グラインへイル工科大学キャンパス内にお入りいただけます。繰り返します。事態の……」


「え?」


(部隊さっき来たばかりだろ? ……どういうことだ? テロとはそんな簡単に抑止できるものなのだろうか。しかしこの様子なら彼を含めて死傷者も出ていなさそうだが……)

 あまりにも早い事態の収束宣言に困惑する。


「まあ……終わったならそれでいいか……早いことに越したことはないし」


「そうですね」


 様々な疑問は残るものの、教授には軽く連絡をしてとりあえずキャンパスへ向かうことにした――――

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