第203話 恋人冥利

 3学期の最終日、俺と彩菜、愛花の高校生組は、修了式と各々の打ち上げを終えて早々と帰宅していた。


 俺と愛花が参加した1年1組の打ち上げは、クラスの3分の2が参加してカラオケ店で催された。

我が家では皆、あまりテレビを見ないしラジオも聞かない。

両親が使っていたオーディオ機器はあっても、音楽をかけることはほとんどない。

更にはスマホでも動画アプリなどを使うことがないので、俺も愛花も最新のミュージックシーンに疎く選曲に難儀してしまった。

 彩菜のクラスも、やはりカラオケ店に行ったようだ。

彩菜の音楽環境も俺たちと同じなわけだが、彼女の場合は『私、歌わない』と一言告げれば下々はそれ以上追求して来ないので、結局、歌わずに済ませたらしい。

流石は学園の姫君、俺たちとは格が違うと言ったところか。


 リビングで皆とまったりしているうちに夕方になり、そろそろ晩御飯の支度をしようかと思ったところで、涼菜から声をかけられた。


「ゆうくん、来週、お買い物に付き合ってもらいたいんだけど、良い?」

「ああ、良いよ、ブラだろ? そろそろかなと思ってたよ。」

「えへへ、正解です。やっぱり、分かっちゃうよねー」

「あやとまなも行くよな、二人もそろそろ替え時だろ?」


 彩菜と愛花に尋ねると二人とも行く気があるようで、特に愛花は随分と乗り気になっている。

それと言うのも…


「私、胸がちょっとだけ大きくなってるんです。ここ数年サイズが変わってなかったので、なんだか嬉しくて。」

「それって、ゆうと付き合ってるからだよね、やっぱり恋人の効果って大きいんじゃないかな。」

「うんうん、あたしたちもそうですよ? ゆうくんに優しく触ってもらって、きっと胸も喜んでるんですよ。」


 もしも、それで彼女たちに喜んでもらえるのなら、俺としても喜ばしい限りだ。

夜の生活にも張り合いが出てくるし、恋人たちが望むなら何でもしてあげたいと思えてくる。

取り敢えずは、彼女たちに満足してもらえるように、今夜もしっかりとお相手することにしようと思う。


「ただ、少し不安もあるんですよ。」

「え、愛花ちゃん、何が不安なの?」

「身長が伸びてないのに胸だけ大きくなると、バランスが悪くなりそうで、あまり大きくても良くないかなと思って。」

「んー、なんて言ったか忘れたけど、昔は背が低くてメリハリがあるボディの人が注目されたこともあったみたいだし、全然気にしなくて良いと思うよ?」

「それって、トランジスタグラマーのことですよね、私の場合、お尻は身長なりなので、ちょっと違うと思いますけど…」


 なぜ愛花が1960年代に流行った言葉を知っているのかはさておき、彼女たちがどのようなスタイルであろうと、それは各々の個性なのだから、何も気にする必要はないと思う。

少なくとも俺は気にしないし、恋人たちを愛おしいと思う気持ちに変わりはない。

それを皆に伝えようとしたところで、直ぐ傍からおずおずとした声が聞こえた。


「あの、少しよろしいでしょうか。」


 これまで俺たちの会話に入ることが出来ずにいたアデラインが、小さく右手を上げて発言を求めて来た。

彼女は頬を桜色に染めて少し恥ずかしそうにしながら、皆に疑問を投げかける。


「皆さん、お兄さまのおかげで、お胸のサイズが大きくなられたと仰ってますけど、やはりお付き合いしている男性がいると、そうなるものなのでしょうか。」

「うわー、アディーの口からそういう話が出るとは思わなかった、ちょっとびっくり。」

「もう、涼菜、揶揄わないでください、私、真剣なのですから。」

「ごめんごめん、今までアディーとこういう話したことなかったし、女子校の子ってしないのかなーって思ってたから。」

「涼菜さん、それは誤解です。寧ろ、女子校の方が男子がいない分、共学より凄いことを話してると思いますよ?」

「愛花先輩の仰るとおりです。私は共学から女子校に編入しましたから比べられますけど、女子校での会話はとても恥ずかしくて、男性には聞かせられないと思いました。」

「そんなに凄いの? 例えば?」

「え…、あ、あの…、男性との行為のこと、ですとか…、ご自分でされる時のことなども…、その中に、男性に触られて大きくなったと言っていた方がいたのですけど…」

「それ、中学生だよね、凄いね、私たちはなかったよ。」

「彩菜さん、ご自分のこと、完全に棚に上げてますよね。初めては中学生の時でしたよね。」

「うん、中3。」

「あ、あの、お相手は…」

「もちろん、ゆうだよ? 私、ゆうとしかしたことないし。」

「そ、そうですよね、あの、それでは、涼菜はいつ、お兄さまと?」

「あたしは、中1、あやねえよりちょっとあとで、お誕生日にしてもらっちゃった♪」

「それがお誕生日プレゼントだったのですか?!」

「えへへー、あたし、ずっとゆうくんが好きだったから、凄く嬉しかったよ♪」

「中3と中1…、と言うことは、お兄さまは中2の時が、その…、彩菜さんが初めてなのですか?」


 女子トークになっていたので、俺は先日の彩菜同様、菩薩と化してやり過ごそうとしていたのだが、話を振られてしまったからには何も答えないわけにはいかない。

しかし、俺は答えに窮してしまう。

 何故なら、正直に答えれば、亡くなった結菜のことに触れざるを得なくなる。

かと言って、信頼を寄せてくれているアデラインに嘘はつきたくない。


 アデラインは翠眼をキラキラと輝かせて、興味津々に俺の言葉を待っていた。


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