第197話 10kmマラソン
参加する男子生徒全員が気を取り直してスタートラインについてまもなく、合図の旗が振られ、皆、一斉に走り出した。
しかし、校門を出るためには、ある程度の縦列にならざるを得ない。
すると早速ガチ勢が前方に躍り出て、そのあとは自然と縦長になって行く。
思わず感心してしまうほどに、統制のとれた集団だった。
校門を出てから、学園沿いにいつもの通学路とは反対方向へ向かう。
広めの歩道を走っているものの、走り出して間もない混雑状態なので、追い越しできるほど道幅に余裕はない。
俺はガチ勢の少し後ろに位置取りして、当面は普段あまり見ることのない街並みを楽しむことにした。
暫く進むと車道を挟んだ対面に、スーパーが見えてきた。
偶に行く大型チェーン店ほどではないが、我が家の近所のローカル店よりは大きい。
学園から然程離れていないので、下校時に寄り道がてら買い物をすることも出来そうだ。
そう考えると、俄然品揃えが気になりだす。
この時間帯であれば買い物客も少ないだろうからじっくりと品定め出来そうだが、残念ながら今は立ち寄ることは叶わない。
俺は後ろ髪を引かれる思いを残したまま、その場をあとにせざるを得なかった。
スタートから10分ほど走ったあたりで、女子生徒二人の後ろ姿が近づいてきた。
二人は歩きはしていないものの、実にゆったりした足取りで前に進んでいる。
俺は気になって、追いついたところで速度を落として声をかけた。
「二人とも、大丈夫? このまま走れそう?」
「え? み、御善くん?! だ、大丈夫! ゆっくり走ってるだけだから!」
二人のうちの一人が、返事をしてくれた。
見覚えがないので、ほかのクラスの女子のようだ。
いきなり声をかけたからか、随分と驚いている。
呼吸は安定しているようなので、言葉どおりゆっくり走っているだけなのだろう。
もう一人はと言うと、同じく目を丸くして、並走する子の言葉にコクコクと頷いていた。
その様子が可笑しくて、思わず笑ってしまった。
「くすっ、その様子だと平気そうだね、でも、無理しないでね、1周目でリタイアもありだと思うよ?」
「あはは、実はそのつもり、あたしたち、こういうの苦手で。」
返事をくれた子が苦笑いしながらそう言うし、走り方からもそれが窺えるので納得できる。
「そっか、本当に無理しないでね、じゃ。」
最後に一声かけてレースに戻って行くと、後方から黄色い声が聞こえた気がした。
男子の走る列が、随分と縦長になってきていた。
これならば、前を走る生徒を追い抜くことも可能だ。
俺がペースを上げて数人を追い抜いて行くと、男子生徒に女子生徒が混じり始めている。
普段あまり運動をしていない生徒にとって、10km走は酷なのかも知れないと思いながら、俺は先を目指した。
周回コースの2周めに入って程なくして、先頭集団と思しき数人が見え始めた。
集団の後ろにつこうと更にペースを上げていくと、今度は見覚えのある女子三人が走っているのが目に入ったので、近づいて様子を窺う。
「三人とも調子はどお? 無理してない?」
「あ、悠樹、もう追いつかれちゃったんだね。」
愛花はトテトテと、小走りに見えるけれどしっかりとした足取りで走り続けていた。
息も上がっておらず軽い会話も出来るようなので、心配はいらないだろう。
それどころか、このまま行けば三人とも、思った以上の好タイムでゴール出来そうだ。
ところで、返事がないまりちゃんと由香里さんはと言うと、二人とも苦笑いを浮かべるだけで答えるだけの余裕はないようだ。
それでも、呼吸は荒くなっていないしフォームに乱れはないので、このまま走り続けられると思う。
「じゃ、ゴールで待ってるね。」
「うん、後でね。」
俺は愛花と笑顔を交わしてから、再び前を目指してペースを上げた。
先頭集団七人に追いついたあたりで、最後尾の二人がジリジリと遅れ始めた。
二人は俺が前に出ると、ギョッとしてこちらを見ている。
よもや、自分たちについてきている生徒がいるとは思わなかったのだろう。
二人はもう余力がないのか、追いついてくることなく後退していった。
二人がいなくなったことに気づいたのか、最後尾になっていた生徒がチラリとこちらを向いて大きく目を見開いた。
「え、お前、なんで。」
既に顎が上がっているので掠れているが、ほかの四人にはしっかり声が届いたのだろう、皆、こちらを振り向いたかと思うと、グッとペースを上げ始める。
とは言うものの、まともに速度を上げられたのは前を行く三人だけで、後方二人はついて行けない。
結局先頭集団は、三人の後ろにピタリとついた俺を含めて、四人になっていた。
10kmマラソンの行程も残り僅か、ゴールまで1kmほどという場所で事は起きた。
俺の追走から必死に逃げる男子の一人が、前を走っていた女子生徒に追い抜きざまに接触して転倒させたのだ。
彼はしまったという表情を見せたものの、ほかの二人と共にそのまま走り去って行った。
「大丈夫?! 怪我は?!」
俺がその場で座り込んだ女子生徒に駆け寄ると、彼女は顔を顰めて痛そうにしている。
どうやら左腕と左膝を擦りむいているようで、両箇所とも血が滲んでいた。
* * * * * * * * * * *
先日お知らせしたとおり、明日からちょっと入院してきます。
コロナじゃなくて、簡単な手術を受ける予定です。
なので、9/26〜9/30は更新できません。
どうかご容赦くださいませ。
10/1から再開しますので、引き続きお読みいただけると嬉しいです♪
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます