第184話 友人

 愛花との同居が始まってから最初の登校日、右手に彩菜、左手に愛花と、両手に花を携えて学園へ向かっていた。


 三人で他愛のない会話を楽しみながら歩を進めていると、少し前をまりちゃんと由香里さんが歩いているのが見えた。

普段ならもっと早い時間帯に登校している二人に出くわすのは珍しい、と思っているうちに追いついてしまう。

歩く速さが随分と遅かったので、不思議に思い事情を聞いてみると…


「あはは、わたしが昨日、足首痛めちゃって、それでゆっくり歩いてたんだよ。」


 由香里さんの足下を見ると、湿布を当てているのだろう、ソックスの右足首あたりが僅かに膨らんでいる。

靴はいつものローファーを履いているので、腫れは然程酷くはなさそうだ。


「軽く捻っただけだから、あんまり腫れてないんだけど、まだちょっと痛いんだよねぇ。」

「南雲さん、無理しない方が良いよ、うちの人足貸そうか?」

「人足、ですか?」

「それが良いですね、悠樹、鞄。」

「ん、ありがとう、まな。」


 恋人二人と繋いでいた指を解き、肩にかけていた鞄を愛花に預けてから、由香里さんに向き直った。


「え、あれ、悠樹くん?」

「由香里さん、ちゃんと掴まっててね、よっと。」

「うひゃあ?!」


 由香里さんの背中と膝裏に両腕を回して徐に抱き抱えると、彼女は悲鳴を上げながら、必死に俺の首にしがみついてくる。

あまりにもギュッと力を入れるものだから、頬が触れそうなほど顔が近づいていた。


「くすっ、ちゃんと掴まってとは言ったけど、ちょっと顔が近いかな?」

「へっ?! ご、ごめん! で、でも、ええっ?!」


 突然お姫様抱っこをされた由香里さんは、目を白黒させて大声で叫びながらも、暴れ出したりはしなかったので、抱き上げた方としては助かった。

ただ、これだけ騒げば流石に周囲の興味を引くわけで、登校中の学園生がチラチラとこちらを気にしながら追い越して行く。


「ゆーちゃんさー、そろそろ行ったほうが良くね?」

「そうだね、ここで立ち止まっていても仕方ないし、行こうか。」

「ううぅ、これ、恥ずかしいんですけどぉ…」


 真っ赤になって俯いている由香里さんの意見を笑顔で却下して、俺たちは学園へと足を向けた。




 その日の昼休み、今日から来週の学年末試験の準備期間に入ったので、図書室ではなく教室で昼御飯を摂っていた。

いつもの如く俺とまりちゃんの机をくっつけて、いつものメンバーで駄弁りながら箸を動かしている。

俺にお姫様抱っこをされて登校した由香里さんは、朝こそクラスメイトに弄られていたものの、この時間になれば皆から何か言われることもなくなり、気持ちも落ち着いてきたようだった。


「ねーねー、神崎ちゃんさー」

「あの、鷹宮さん、それって私のことですか?」

「ほかに誰がいるってのさ、あ、それとも、御善ちゃんって呼ぶ?」

「わっ、それ良いですね! それでお願いします!」

「ちょっと、神崎さん、何言ってるの?! まりちゃんも、違うでしょ?!」


 まりちゃんは愛花の呼び名を、『被害者1号』、『愛人1号』、『側室1号』、そして『本妻3号』と、俺との関係性の変化に伴い変えてきたわけだが、どうやら一周回って元の苗字呼びに戻すつもりのようだ。

ちなみに、『側室1号』は愛花本人が言い出したものだったりする。


「イヤさー、アタシ、清澄姉妹のことは、姫君と妹君いもうとぎみって呼んでるじゃん? だから、神崎ちゃんも、それっぽく呼ぼうと思ったんだけど、中々良いのが思いつかなくて。」

「それで、元に戻そうと思ったんだね。」

「そ、最初は、ちっちゃい姫君ってことで、『ちっちゃい姫』か『小姫君』にしようと思ったんだけど、それじゃ言いづらいし、元々神崎ちゃんって呼んでたから、それで良いかなーって。」

「はぁ〜、数ヶ月がかりで、ようやく普通に呼んでもらえるんですね。」


 愛花は溜息をつきつつも、まりちゃんの苗字呼びを歓迎している。

これまで数ヶ月の遍歴を考えるとまだまだ油断は出来ないけれど、願わくばこのまま定着してくれると有難いのだが、はたして。


「ねえ、まりちゃん、結局、神崎さんに何の用だったの?」


 すっかり冷静さを取り戻していた由香里さんの問いかけに、まりちゃんだけでなく愛花までもがキョトンとしていたけれど、直ぐに二人で顔を見合わせてぷっと吹き出していた。


「そうでしたね、鷹宮さん、私に何のご用だったんですか?」

「いや〜、すっかり忘れてたわ、今朝のことなんだけどさ、姫君もそうだけど、自分の彼氏が目の前で由香里をお姫様抱っこしてるの、笑って見てられるってどうなの、って思ったわけ。」

「まりちゃん、それ蒸し返すの?!」


 自ら藪をつついて身悶えしている由香里さんはさておき、愛花はまりちゃんの言葉に少しも動じることなく、笑みさえ浮かべている。

そしてそれは、俺も同じことだった。


「そうですね、私たち三人が南雲さんの手助けをしようとした時に、今回は悠樹が手を貸すのが一番良いと思ったからです。友人の力になるのなら、それが一番だと。」

「神崎さん…」

「由香里さんには恥ずかしい思いをさせちゃったけど、足に負担をかけないようにするには、ああするのが一番だと思ったんだ。あやもまなも、同じことを考えてくれてたってことだよ。」

「なるほどね、ゆーちゃんたちにとっては、そんなの当たり前ってことかー」

「そっか、そんな風に言ってもらえると、嬉しいよねぇ…(やっぱり、恥ずかしいけど…)」


 気の置けない友人が困っている時に、手を差し伸べるのは当然だと思う。

出来ないことならまだしも、自分の手で出来るのならば迷うことはない。

それは、俺が由香里さんの気持ちを知っているかどうかに関わらず、何ら変わることはないのだ。



* * * * * * * * * *


 余談です。

 今日、随分PV数があるんですけど、

 何が起きているんでしょうか…

 嬉しすぎてちょっと怖いです…

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