第164話 家庭教師

「はい、正解です。これで課題はクリアですね。」

「ふわー、良かったー、愛花さん、ありがとうございました。」


 月曜日の夕方、俺と彩菜が学園での司書当番を終えて帰宅すると、愛花が涼菜の受験対策に付き合ってくれていた。


 普段は俺と彩菜が涼菜の勉強を見ているのだが、月曜日の放課後だけは二人揃って帰宅が18時半頃になってしまうので、その間、涼菜は一人で黙々と受験勉強を熟していた。

ただ、それだと躓いた時にタイミング良くフォローすることが出来ないし、何よりも一人でいることで、涼菜に心理的な負担がかかるのではないかと危惧していたところ、愛花が面倒をみると言ってくれたのだ。

『家族が助け合うのは、当然ですからね。』と彼女は弁ずる、本当に頼もしい限りだ。


「ありがとう、愛花、助かるよ。」

「いえいえ、私に出来るのはこれくらいですし、涼菜さんは飲み込みが早いので、教え甲斐があります。」

「愛花さんの教え方が上手なんですよ、すっごく判り易いです。」


 以前、愛花が涼菜に教えていたのを見た時に、彼女は躓いたポイントを押さえた上で、解き方の見本を示すことはせずに、ヒントを与えて正解への道筋へ導いていた。

出来るだけ自ら考えて答えに辿り着きたい涼菜の取り組み方と合っているのだろう、今日も躓きそうになった箇所はあったものの愛花のおかげで寧ろ理解が深まり、2時間有意義に受験対策に勤しめたようだった。


「もう少ししたら、お隣に行こうか、着替えてくるよ。」


 二人が学習に使っているダイニングを出て2階に上がる。

司書当番がある日は清澄家で晩御飯をいただいているので、いつも俺と彩菜が着替えて準備が出来次第、お隣に顔を出すことにしていた。


 つい最近、美菜さんに和食の手解きを受けることにした。

なので、お隣でご相伴に与る回数も増えているが、キッチンで手順を見せてもらったり食卓で味わう度に、俺ではまだまだ敵わないと実力の差を思い知らされる。

けれど、折角教えてもらえることになったのだから、その味を引き継げるように、しっかりと精進しようと思っている。

 残念ながら、今日はいただくのみになってしまうけれど、それでも我が師の手料理を味わうことで様々なことを学ぶことが出来る。

受験勉強に限らず、すぐ傍に頼れる師がいてくれるというのは、本当に有難いことだ。


「私までお邪魔してしまって、すみません。」

「何言ってるの、涼菜の勉強を見てもらってるんだし、遠慮しないで。」


 今日は愛花も清澄家にお呼ばれしていた。

出会った時の印象ゆえか愛花は多少肩に力が入っているものの、美菜さんの人柄は理解しているので、表情はリラックスしているように見える。

我が家で暮らせば顔を合わせる機会も増えることだし、きっとそのうち、肩の力も抜けることだろう。


「愛花ちゃん、すずはどんな感じ? 首席で合格出来そう?」

「断言は出来ませんけど、その可能性は高いと思います。ただ、他の受験生もいますから、何とも言えませんね。」


 愛花は自分が感じたことを正直に口にした。

本人と家族が居るからと言って変に期待を持たせることや、適当なことを言って誤魔化すことは、時として失礼にあたることさえある。

彼女は今がその場であることを弁えていた。


「でも、涼菜さんの実力は並外れていますから、今からでも弱い部分を補強すれば、更に可能性は高まると思います。」


 愛花は彩菜に向けていた視線を涼菜に移し、彼女に問いかけた。


「涼菜さん、もうあまり日にちはありませんけど、私にお手伝いさせてくれませんか? これから入試まで、出来れば毎日、お付き合いしたいんです。」


 これには、この場にいる皆が驚いた。

確かに愛花が学習指導にあたってくれれば、涼菜の学力が伸びるのは間違いないだろう。

けれど、毎日我が家に来てもらうと言うことは、彼女の生活リズムを変えなければならないし、何よりも彼女自身の学習時間を削ることにもなりかねない。

それでは申し訳なさ過ぎる。


「愛花、気持ちは嬉しいんだけど、きみの負担が大き過ぎるよ。」

「そんなことないと思いますよ? 私が悠樹の家に住み込めば良いんですから。」


 俺たちの心配を他所に、愛花はにっこりと微笑んで見せた。




「じゃあ、いつでも引っ越して来れるってことなの?」

「はい、両親は京悟と一緒に丸め込…、こほん、ちゃんと説得しましたから、春休みには移って来ようと思ってます。」


 元旦に開催された神崎家親族会議(仮称)で承認に至っていた、愛花が俺たちと同居する案件について、施行時期が決定されたようだ。

どのように両親を丸め…、もとい、説得したのかは敢えて聞かないことにしようと思うけれど、そうであれば、彼女に涼菜の面倒を見てもらうことに関する憂いは相当薄くなる。

あとは、涼菜の意志にかかってくる訳だが…


「愛花さん、ぜひお願いします。あたし、絶対に首席になりたいんです。だから、あたしを助けてください。」

「はい、涼菜さんの気持ちは良く分かりますから、出来る限りのお手伝いを約束します。ただ、本気の私は厳しいですよ? 逃げ出さないでくださいね?」


 自身の提案を承諾した涼菜に対し、愛花は茶目っ気たっぷりに、可愛らしく脅しをかけた。


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