番外

- 番外 - 初めの終わり

 今回は、おまけです。

本編を書き始める前に設定段階で想定したラスト4話のイメージを、書き上げた当初のまま上げてみました。

 名前や役どころなど公開した本編との違いは多々ありますが、まあまあ、こんな感じでありました。

 なお、中身を見直していませんので、誤字脱字などはご容赦くださいませ。


* * * * * * * * * * *


- 彩奈の想い -


2年前、ゆいねえが帰らぬ人となった時、私は悲しくて悲しくて胸が張り裂けそうになった。

この胸中に渦巻く激流のような感情を制御できずに、ただただ泣きじゃくっていた。

そんな私をゆうは優しく、そして力強く抱きしめてくれた。

まるで、俺が側にいるから大丈夫だと、私に言い聞かせるように…


5年前にゆうの両親は他界した。

そして2年前、ゆうのただ一人の肉親であるしんにいまで、ゆいねえとともに居なくなってしまった。

この時ゆうは私なんかより、ずっとずっと深い悲しみに沈み込んでいた筈なのに、何も言わず、ただ私を包み込んでくれていた。


私は嬉しかった。

ゆうの優しさが私に溶け込んで、とても穏やかな気持ちになった。

決してゆいねえが居なくなった悲しみがなくなった訳じゃない。

けれど、それすらも纏めて溶かしてくれるような、大きくて頼もしい温もりが、私を慈しんでくれていた。

この先ずっとずっと、一生包まれていたい、この温もりを離したくない。

そんな想いが、私から悲しみの涙とともに溢れ続けていた。


あれから2年、私はまた、ゆうに救われた。

ゆうがいてくれなかったら、私はもうこの世に居なかったかもしれない。


ゆうは眠り続けている。

けれど、私は信じている。

ゆうは強い。

だから、きっと私たちのもとへ帰ってくる。


ゆうが目覚めた時、今度は私が彼を優しく抱きしめてあげよう。

かつてゆうがしてくれたように、私の精一杯の想いを込めて…




- 帰るべきところ -


誰かがこちらを見ていた。

見覚えがある8つの瞳が、こちらを見つめている。


あれは父さんと母さん。

そして兄さんとゆいねえ。

今はもう居ないはずの4人が、揃って俺を見て微笑んでいる。


ああ、そうか、俺はきっと死んだんだな。


そういえば、あやは無事だったろうか。

いや、きっと大丈夫だ、あやは助かったに違いない。

だから父さんたちは、俺に微笑みかけてくれているのだろう。

あやを守ることができて良かった。

これで俺も安心して父さんたちと一緒に行ける。


でもどうしたんだろう。

父さんたちに向かって歩き出そうとしても、何故だか足を踏み出す事が出来ない。

そうこうしているうちに、4人は少しずつ遠ざかって行く。


なあ、待ってくれ、俺も連れて行ってくれよ

みんなが居なくて寂しかったんだ

だから、俺をおいていかないでくれ


けれど、4人には俺の言葉が届いていないのだろうか、誰も返事をしてくれない。


やがて、4人は笑みを深めて俺の背後を指差す。

まるで、俺が行くべき場所を示すように。


皆が指差す先へゆっくりと振り返った俺を心地よい空気が覆い、冷え切っていた俺の心を温もりで満たしてくれる。


ああ、俺はこの温もりを知っている。

いつもいつも、俺が辛い時に、悲しい時に、優しく包み込み癒してくれた、かけがえのないものだ。


そうだ、俺は帰らなきゃ

この温もりがあるところへ

あいつが待っているところへ


そうか、父さんたちはそれを教えるためにここに居てくれたのか。

俺はまだ微かに姿が見えている4人に視線を戻し、微笑んだ。


ごめん、そしてありがとう父さんたち、俺はまだそっちには行けない

こっちには俺にとって、とても大切なものがあるんだ

だから、そっちに行くのは、まだ当分後になりそうだ




- 目覚めの時 -


どうやら俺は長い夢を見ていたようだ。

ぷくぷくと水底から静かに湧いて出る泡のように、俺の意識は徐々に現実へと浮かび上がって行った。


まるで鉛のように重たい頭を持ち上げることが出来ず、固く閉じた瞼をゆっくりとこじ開けて行くと、天井の明かりが眩しくて思わずまた閉じてしまう。

肺に溜まった古い空気を吐き出すように長いため息をついて、俺は再び緩慢に目を開き、右手に感じている温もりの主に目線を向ける。


そこには彩奈がいた。


俺の右手を両手で包み込み、そこに頬を擦り付けるようにして、静かに寝息を立てていた。

よかった、どうやら彩奈に大きな怪我はなさそうだ。

あっても打撲や擦り傷程度で済んだのだろう。

俺は心底ほっとして自然と笑みを浮かべ、あまり力が入らない右手で彩奈の手をキュッと握りしめる。

すると彩奈の閉じられた瞼がピクリと震え、やがてゆっくりと開かれた瞳が、俺の目を捉えた。


「…おはよう、あや」


しばらく言葉を発していなかったからだろうか、なんとも言えないしゃがれた声が俺の口から漏れた。

彩奈は大きく目を見開き、しばし呆然としていた。


「…っ、ゆう、ゆう!」


次の瞬間、彩奈はその大きな瞳を潤ませながら、俺に覆いかぶさるように抱きついてきた。


「ゆう!よかった、よかった…、おかえり、ゆう…」

「…うん、ただいま」


俺は泣きじゃくる彩奈に何か気の利いた言葉をかけたかったが、目覚めたばかりのせいか、どうもうまいセリフが見つからない。

その後、彩奈は、彼女の泣き声を聞きつけて病室に飛び込んできた涼菜や看護師たちに引き剥がされるまで、俺にしがみつき、ただただ泣き続けていた。




- 穏やかな日々 -


幸い彩奈同様、俺にも大きな怪我はなく、外見上は打撲と擦り傷で済んでいたようだ。

ただ、頭を強く打ち付けたために昏睡状態となり、3日間病院のベッドにお世話になっていたと、彩奈が教えてくれた。

俺が眠っている間、面会時間には彩奈と涼菜が、ずっと付き添ってくれていたようだ。

しかも、2人とも学校に行く気になれなかったようで、俺が目覚めるまで欠席していたとか。

2人には本当に申し訳ないことをした。


そして今、俺は数日ぶりに我が家に帰ってきている。

目覚めてから精密検査を受けた結果、特に異常は見あたらず、すぐに退院することができた。

しかし、たった数日とはいえ寝たきりだったためか、どうも体がだるくて動作も鈍い。

なので、医師の判断もあって、あと2・3日は自宅療養することになっていた。


自宅療養の初日、金曜日の午後、俺がいつものようにリビングのソファーでラノベを読んでいると、玄関で開錠する音がして、パタパタとスリッパを鳴らしながら彩奈が入ってきた。


「ただいま!ゆう、調子はどう?」


彩奈はソファーの脇に鞄を置いて俺の隣に座り、俺の左腕を抱き寄せながら心配そうに顔を近づける。


「おかえり。まだちょっとだるさはあるけど、大丈夫だ。」


俺が答えると彩奈は安心したのか、薄く微笑みながら俺の肩にすりすりと頬を寄せる。

俺はラノベをテーブルに置き、いつもどおりに空いた手で彩奈の頭を撫でようとしたが、ふとリビングの入り口に目をやり手を止めた。

そこには、頬を赤く染めながら俯き加減に苦笑いを浮かべる神崎さんの姿があった。


「御善くんには必要ないかもしれませんが、君がお休みの間の授業のノートを持ってきました。」


そう言って、神崎さんは数冊のノートを手渡してくれた。


「今日は金曜日ですから、土日に目を通して月曜日に返してくれれば結構です。」

「ごめん、授業の進捗が気になってたから、すごく助かるよ。しかし、本当に丁寧に纏めてるな。いつもながら感心するよ。」


俺は受け取ったノートをパラパラをめくりながら、感謝の言葉を伝えた。


「い、いえ、そんな。ラ、ライバルとは正々堂々と勝負がしたいので。それに私は学級委員ですから当然のことです!」


焦るようにわたわたする神崎さんに、相変わらず小動物のようで可愛らしいなと思ったが、口にすると大変なことになりそうなので、ただ笑顔だけを返すことにしてその場をごまかした。


その夜、清澄家で晩御飯をいただき、自宅に戻って入浴後にリビングで一息ついていると、彩奈と涼菜が顔を出した。

L字ソファーの座面に投げ出した俺の足の間に、俺にもたれるように彩奈が座り、涼菜は俺の腿に頭を乗せてもう一方の座面に体を伸ばして寛いでいる。

2人とも相変わらずの距離感だが、これもなんだか心地良い。

これまで俺たちが過ごして来たいつもと変わらぬスタイルに、ようやく日常が戻ってきたという実感が湧いてきた。

そして、これこそが何にも変え難い、尊くも愛しい時間であることをしみじみと感じた。


俺が両の手を彩奈と涼菜の頭に添えて髪を漉くようにそっと撫でると、2人とも目を細めてくすぐったそうにしている。

俺はその様子にじんわりと胸が温かくなり、その温もりをゆっくりと堪能しながら、いつしか微睡に包まれていった。


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