第127話 尋問

 朝、目覚めると、腕の中で眠っていた筈の愛花がいなかった。

時刻を確認すると8時50分、まもなく起きる予定の時刻になる。

ベッドの上には、愛花が纏っていた甘い香りが微かに残っていた。

彼女はどれくらい前に、この部屋を出たのだろうか。


 顔を洗うため、部屋着を着て1階に降りると、リビングに誰かがいる気配がしたので顔を覗かせた。

そこには…


「あら、おはよう、悠樹くん。昨夜はお楽しみでしたね?」


某有名ゲームシリーズの宿屋主人のようなセリフを吐く美菜さんが、悠然とソファーに座っていた。

そして、ローテーブルを挟んだ彼女の向かい側には、パジャマドレス姿の愛花がちんまりとカーペットの上に正座していて、助けを求めるようにこちらに視線を送っていた。




「さて、悠樹くん、話を聞かせてもらいましょうか。」


 俺は奉行所のお白洲に引き出された下手人のように、愛花の隣に正座させられていた。


 なぜ愛花が美菜さんに捕まっていたかと言うと、俺より20分ほど早く起きた彼女が、洗顔とフェイスケアのため階下に降りたところ、彩菜に用があって訪れた美菜さんとかち合って、現行犯逮捕されてしまったということらしい。

そして、リビングでの取り調べ中に、主犯の俺がのこのこと現れたという訳だ。


「取り敢えず、お嬢さんから、名前と、悠樹くんとの関係を聞いたところよ。あなたのクラスメイトで、つい最近、彼女になったんですってね。間違いない?」

「間違いありません。先週の金曜日から付き合ってます。」

「そう、うちの娘たちは承知してるの?」


 美菜さんの言葉を聞いて、愛花が目を丸くした。

美菜さんは素性を明かしていなかったようだ。

多分、彼女の迫力に、愛花も相手が何者かを確認することすら出来なかったのだろう。


「もちろんです。二人とも祝福してくれました。」

「ふーん、そうなのね。わたしには、報告がなかったけど?」

「すみません、後手に回りました。俺のミスです。」

「ま、良いけどね。その子と恋仲になって、娘たちはどうなるのかしら。」

「何も変わりません。二人とも、大切な恋人ですから。」

「あらそう、あなた、体力あるものね。」


 そう言って、俺を睨め付ける美菜さんの後ろには、鎌首を持ち上げた大蛇が見える気がした。

きっと俺の後ろには、怯えて動けなくなったカエルが見えることだろう。

俺は美菜さんに逆らうことなど出来はしないのだ。


「じゃあ、ここからが本題だけど…」


 泰然とした態度でソファーに座っていた美菜さんが、足を組み替え、前のめりになって、俺と愛花を睨みつけた。

はたして、俺たちにはどれほど恐ろしいことが待っているのだろうか。


「あなたたち…」

「「(ごくり)」」



「週に何回やってるの?」



「「…はい?」」


 美菜さんの問いかけは、これから投げかけられるであろう厳しい言葉を覚悟していた俺たちの、斜め上を行くものだった。


「それって…、どういう意味ですか?」

「そのままの意味よ。で、どうなの?」

「この子とは、昨夜が初めてですけど…」

「え、嘘でしょ? 神崎さん、本当なの?」

「は、はい、本当です…」

「信じられない。こんなに可愛い子と付き合って、1週間も手を出さなかったって。あなた、本当に悠樹くんなの?」

「俺を何だと思ってるんですか?!」


 結局、美菜さんとしては、彩菜と涼菜が納得していて、姉妹の面倒をこれまでどおりに見るのであれば、俺が誰と恋愛しようと口出ししないとのことだった。

併せて、愛花との間に子供が出来ても流石にケアは出来ないので、自分たちで何とかしろとのお達しをいただいた。

まあ、それは当然のことだろう。

寛大な御奉行様の御沙汰に感謝したい。


 ちなみに、美菜さんが本題と言っていた件は、自分の娘たちのことではないけれど、差し入れくらいは増やしてやろうと思い、数を聞いておこうと思ったとのこと。

わざわざ『本題』と言ったのは、単に俺たちを揶揄っただけだった。

何とも有難いことだ。




 この後、もののついでと言う訳ではないが、愛花の大学進学と合わせて、彼女をこの家に迎えることについて美菜さんに相談したが、即答は出来ないと言われ、後日返答をもらうことになった。


「それにしても、ホントに可愛らしいわね。最初は、悠樹くんの隠し子かと思ったわよ。」

「美菜さん、俺の歳、知ってますよね。」

「あなたなら、幼稚園の頃には精通があったんじゃない?」

「美菜さん、ホントに俺を何だと思ってるんですか…」

「神に祝福されし"性職者"ってところかしら。」

「それ、一文字目が違いますから!」

「じゃあ、"生殖者"?」

「確かに子種はありますけど、凄く嫌です!」

「あの、すみません…、『精通』って何ですか?」

「男が子作り出来るようになった証のことよ。」

「幼稚園で子作り出来る証…って、悠樹! 今まで何人孕ませたんですか?!」

「きみまで何言ってるの?!」


「うるさいなあ、朝から何騒いでるの?」


 あまりの騒がさしさに、彩菜と涼菜が起きてきてしまった。

俺はこれ以上騒ぎが大きくなる前に美菜さんにご退場いただくべく、彼女を玄関に追いやった。

美菜さんはカラカラと楽しげな笑い声を残して、我が家を後にした。


 結局、彼女がどのような用があって我が家を訪れたのかは、聞かずじまいだった。


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