第115話 プロポーズ

 文化祭の余韻が消えきれていない水曜日の午後、俺は昇降口で祖父が来るのを待っていた。


 稜麗学園高校では文化祭が終わったこの時期に、個別面談が行われている。

授業を午前の4時間のみとして、午後の2時間を使って1日あたり10人の面談を行なうことになっていた。

 面談の順番はてっきり出席番号順=五十音順になると思っていたのだが、1年1組は逆順となっていて、俺は、和田→湯原→山下→村岡→御善ということで、初日の5番目に割り振られた。


 予定では既に到着している筈の祖父が中々来ないので、心配しながら校門の方を見ていると、面談が終わった山下さんが昇降口に通りかかった。


「御善くん、お先に。今、親待ち?」

「うん、そうなんだけど、ちょっと遅れてるんだよ。」

「村岡さんの前に休憩入ったから、まだ大丈夫なんじゃない?」

「そうだね、あ、今来たよ。爺さん、こっちだよ。」

「え、お爺さん?」

「両親が亡くなってるんでね、じゃあ、また明日。」


「すまない、悠樹、渋滞に巻き込まれた。」

「まだ、大丈夫だよ、ほら、これに履き替えてくれ。」


 祖父はどこへ行くにも自分で車を運転して移動する。

少し長めの移動の際は途中の混雑を見越して早めに家を出るのだが、今日は予想外に時間がかかったとのことだった。


 祖父を先導して教室前に行き、廊下に用意されている待機用の椅子に腰を下ろした。


「最近の暮らしはどうだ、お嬢さんたちは元気か。」

「ああ、おかげさまで、不自由なく暮らせてる、あやとすずも元気だよ。」

「なら良かった、お前も元気そうだから、何よりだよ。」


祖父に近況を報告しているうちに、村岡さんが母親と思しき人を伴って教室から出てきた。


「御善くん、お待たせ、もう、入って良いって。」

「村岡さん、ありがとう、お疲れ様。」


 開けっ放しの入口で一礼して教室に入ると、担任が立ち上がって待っていた。

大人同士の挨拶の後、席を勧められて担任の対面に座ると、早速面談が始まった。

俺の成績や学園での様子、家庭での生活状況など、お定りの遣り取りの後、進路の話になった。

先日行われた2回目の進路希望調査の時は志望大学欄に『未定』と書いて提出したので、それを前提にした内容だった。


「お孫さんは1年生ですので、急いで決める必要はありませんが、今の成績で行けば、T大も十分視野に入ります。」

「先生方のご指導のおかげです。進路は本人に任せていますので、今後とも、宜しくお願いします。」

「承知しました。こちらもお孫さんには期待しています。」


「悠樹、あんな感じで良かったか?」

「ああ、ありがとう、助かったよ。」


 面談は何事もなく終わり、教室を出て昇降口へ向かっている。

時間があればうちで晩御飯でもと祖父を誘ったのだが、今夜はお付き合いしている女性と約束があるのでと、辞退された。

 聞けばお相手は40代で、俺と歳の近い子供が一人居るとのこと、遠くない将来に若い祖母と同世代の叔父か叔母が出来るかも知れない。


「大学は決めたら教えてくれ、院に行く気ならそれもな。」

「K工科大にするよ、院の予定はない。」

「何だ、決めてたのか。約束どおり、卒業までは面倒をみるから心配するな。」

「ああ、ありがとう。」

「私に何かあれば、財産分与の話が出るが、そこはキチンとしておくよ。」

「え、爺さん、もしかして…」

「今夜、プロポーズする。」


 前言撤回、新しい祖母と叔父もしくは叔母が出来るのは、『遠くない将来』ではなくて『ごく近い将来』になりそうだ。

70歳にしては若々しく見える人だが、まだまだ現役続行中らしいし、更に親類が増える可能性さえある。

それだけ元気があるのだから、財産分与の話が出るのは、ずっと先と言うことになるだろう。




「え、お爺さん、再婚するの?」

「まだ、相手がどう返事するか分かんないけどな。」

「じゃあ、この前、あたしたちが行った時には、もう、お付き合いしてたのかなー」

「お袋が、爺さんは結婚前はモテたらしいって言ってたから、女性にはマメなのかもな。」


 晩御飯の時の話題として、祖父の今夜の予定について話をした。

彩菜と涼菜は驚きはしたものの、俺の祖父ならあり得ると納得しているようだった。

理由は敢えて聞かないことにした。


 風呂から上がってリビングで汗が引くのを待っていると、スマホに着信があった。

祖父からのメッセージが入っていたので、見てみると…


「爺さん、再婚決まったってさ。」

「わー、やったね、すごーい!」

「ゆうに親戚が増えるってことね。」

「まさか、こうなるとは、思わなかったよ。」


詳しいことまでは書かれていないが、相手は即答でOKしてくれたようだ。


 早速お祝いのメッセージを送信すると、そのうち俺に会わせたいと返信が来た。

俺としては、祖父の世話になっている身なので、その時が来たらこちらから出向こうと思っている。

 当然、彩菜と涼菜を伴ってなので、お相手を驚かせないよう祖父には予め話をしてもらわなければならないだろう。

もっとも、流石の彼も浮かれてしまって、それどころではないかも知れないが。


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