第72話 お揃い

 9月最初の土曜日、私はお気に入りのケーキ屋さんに来ていた。

隣では長い黒髪を垂らした日本人形のように白い肌の美人さんが、妹さんのためにバースデイケーキを注文している。


 二人で一緒に入店してから店員さんの視線は彼女に釘付けで、常連の筈の私など眼中にない様子に少しムッとしてしまった。

けれど、ここのケーキはどれも美味しくて浮気する気にはなれないので、結局また来てしまうことになるのがちょっと悔しい。


 彼女が注文を終えて二人でお店を出ようとした時に、ようやく店員さんが私の存在に気づいて大慌てで『いつもありがとうございます』と声をかけて来たので、振り向いて会釈だけ返した。

きちんと笑顔を作れていたかどうかは、はたしてあまり自信がない。


「愛花ちゃん、ありがとう。すず、喜んでくれると良いな。」

「喜んでくれるに決まってるじゃないですか。大好きなお姉さんが選んでくれたんですから。」


 そのお姉さんは妹さん大好きオーラを飛ばしまくっている。

本当にこの姉妹はお互いが好きで好きで堪らないのだろう、多分喧嘩などしたことがないのではなかろうか。


「うーん、喧嘩は覚えがないなぁ。多分したことないと思うよ?」

「それ、凄いと思いますよ? 最近はありませんけど、うちはしょっちゅう口喧嘩してました。」


 最近、私と京悟が喧嘩をしないのは、私たちが年の近い異性の姉弟だから、どこかに遠慮や気恥ずかしさがあるのだと思う。

きっと、同性の兄弟・姉妹だと、もっと遠慮なく言い合えるのではないだろうか。

そう思うと、清澄姉妹の仲の良さがますます際立って感じられる。


 彩菜さんが、この後用事はあるけれどまだ時間に余裕があると言うので、時間潰しを兼ねて自宅へ招待した。

友人を家に招くのは果たして何年ぶりだろうか。


 家族にとってはある意味珍事だったのだろう、彩菜さんと顔を合わせた両親と京悟が彼女に対して失礼なリアクションを取ってしまうハプニングがあって恐縮してしまった。


 さらに、私の部屋に入ってからの会話で彩菜さんから過分な言葉をもらったりして、今日の私は恥ずかしい思いばかりしているような気がする。

彩菜さんに持ち上げられて、私の顔は真っ赤になっているに違いない。


 エアコンが効いている筈なのに、部屋の温度を暑く感じてしまう。

これはもう無理矢理にでも話題を変えないと、私の心臓が保ちそうにない。


「そう言えば、ケーキは頼みましたけど、プレゼントはどうするんですか?」

「今年はブレスレットを送ることにしたの、今日買いに行こうと思ってるんだよ。」

「そうなんですね、どんな感じのものがあるのか楽しみですね。」

「実はもう決めてあるの、シルバーの細いチェーンなんだけどね、シンプルで可愛かったからすずに似合うと思って。」

「わあ、良いじゃないですか。それなら学校にも着けて行けそうですね。」

「流石に中学校は無理だろうけど、来年、学園には着けて行けるんじゃないかな。」


 きっと涼菜さんならどんなものでも似合うだろうけど、シンプルなアクセサリーをさり気なく着けて様になるのは、やはり美人さんならではだろう。

ならばいっそのこと…


「涼菜さんだけじゃなくて、彩菜さんと悠樹くんもお揃いで着けると凄く絵になりそうですよね。」

「ふふ、実はね、私とゆうも同じのを買おうと思って。」

「あ、そうだったんですね、それって素敵です。」


 私の思いつくことなど彩菜さんにとっては当然のことなのだろうな、と、ちょっと落ち込みかけたけど、お揃いにする理由は私が思っていたこととは違ったようだ。


「私たちの同居生活って、本来、すずが中学を卒業してからの予定だったの、その時に記念になるように、何かお揃いのものを買おうと思ってたんだよ。」

「ああ、それでですか。」

「うん、私とゆうの誕生日が4月1日と2日だから、二人でプレゼント交換して、すずにもってね。」


 彩菜さんがさらっと言うのでスルーしそうだったけど、彼女と悠樹くんの誕生日って4月1日と2日だったんだ。

1日違いだと聞いてはいたけど、それでは学年が違ってしまう訳だ。

1日違いが1年違いに繋がってしまうなんて、場合によっては二人にまるで接点がなくなってしまうこともあり得るのだから、運命の悪戯にしてもタチが悪すぎるのではないかと思ってしまった。


「ゆうに相談したら賛成してくれたから、早速買いに行こうと思ってね。」

「ふふ、ってことは、今日はアクセサリーショップの店員さんがお二人のイチャイチャを見せつけられるってことですね。」

「お生憎様、ゆうは行かないんだよねぇ。」

「え、お二人一緒じゃないなんて珍しいですね。」


 私はもう慣れてしまったけど、悠樹くんと清澄姉妹の辞書には『人目を憚る』という言葉が載っていないのではないかと思うくらい、三人はいつも所構わずイチャついている。

最近は寧ろ、それを見ないと落ち着かなくなっているほどだ。


「今日はね、すずの同級生がうちに来てるの、ゆうはそっちのおもてなしなの。」

「そうだったんですね。」


ならば…


「あの、よろしければ、私も連れて行ってもらえませんか? 私も涼菜さんに贈り物を選びたいと思うので。」

「うん、もちろん、じゃあ、早速行こうか。」


 私たちは家を出て駅に向かう。

今日は午後からも彩菜さんとお出かけすることになった。

先ほどは道案内だけだったけど、今度は二人でお買い物。

こんなことは初めてなので、ほんの少し緊張してしまう。


 まずはどこかでお昼御飯を食べよう、そう言えばショップはどこへ行くんだろう。

これからの時間ことを考えると、私はワクワクが止まらなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る